ついこの間あったバレンタインだが、もうすぐにホワイトデーが迫ってきていた。
きららがいつものごとく、轟の部屋兼アトリエで作業をする傍ら、轟も部屋でホワイトデーに贈るものを探しているらしかった。ちらっときららの方を見ては、画面にまた視線を戻し、しばらくするとまたきららを見て、また画面に戻してと随分お悩みのご様子である。

冬美や冷にも相談しているが、これといったものが決まらない。
その時、轟のスマホに夏雄からメッセージが飛んで来た。開いてみると、夏雄も夏雄でホワイトデーのお返しに悩んでいるようで、同じ彼女持ちとして轟が何を選んだのか参考にしたいようだった。
だが、肝心の轟もまだ悩み中である。それを伝えると実に意外そうな返事が返ってきて、「焦凍はもうあれ贈るんだと思ってた」と何やら具体的なものまで浮かんでいたらしく、何を贈ると思っていたのか聞いてみると「なにって……ほら、指輪。焦凍はもうきららちゃんと結婚するつもりなんだろ? てっきりそういう系かと思ってた」「指輪……」夏雄のその返答は轟にとってまさに青天の霹靂であった。

そういわれるともうそれしかない気がした。むしろなんで今まで思い至らなかったんだと思うほどである。まだ学生の身とは言え、4年後には結婚すると決めているのだ。成人式のことがなければ2年後には結婚していただろう。将来をそこまで見据えている相手に、指輪の一つもまだ贈っていなかったという事実に、轟はやっちまったとばかりに項垂れた。
こうなったら最高の指輪をきららに贈ろうと決心し、夏雄に「ありがとう。最高の指輪をきららに贈るよ」と送ると、夏雄も夏雄でこの驚異の決断力と行動力に「え、焦凍!? ほんとにそれでいいの!? てか俺の相談は!?」と返ってくるが轟はもうスマホを見ていなかった。頭の中は指輪でいっぱいだったのだ。







「芦戸。この中でどの指輪がいいと思う……?」
「え。それ、アタシに聞く……!?」
「芦戸はきららと仲いいだろ。きららの趣味もわかるんじゃねぇかと思って……」
「ああ、そういう……そういうことなら協力するよ!」
「ありがとな」

轟はまず、どんな指輪にするかから冬美と冷に意見を貰った。指輪も色々あるらしく、どの指につけるかで意味合いも変わって来るらしい。きららにホワイトデーのお返しとそういう意味で贈るのであれば、薬指にはめれるものが良いだろうと教えてくれた。他にも小指にはめるピンキーリングもあったのだが、轟的にも薬指が望ましかったため、そちらのサイズの指輪を探っていた。
直にきららに聞こうかとも思ったのだが、サプライズというのも大事らしい。女子たちが見ているドラマでやっていた。それでサプライズをするためどんな指輪のデザインがいいか、仲のいい芦戸に意見をきくことにしたのだった。


「そうだなぁ……きららはねぇ、結構女の子らしいんだよね。キラキラ感とかすごいこだわるけど、可愛さも大事にしてる」
「ああ、わかる。ピアスもハートの赤いやつも超おきにだ」
「ね。デザイン自体はシンプルでも凝っててもどっちでもいいと思うよ。色はこだわるかもしんないけど」
「うん。ラインストーンっていうのか? あれいつもすげぇこだわってる。似たような色ばっかで俺には違いわかんねぇんだけど……きららは全部把握してんだ。色彩感覚が神ってるんだと思う」

轟の至極真面目な返答に芦戸は思わず笑ってしまった。本当轟って天然だよね、きららがべた惚れなのわかると思ってしまう。逆にあの初期のガンギマリ具合から、よく天然って見抜いてたなと心中できららの審美眼に拍手した。


「それはそうと、これって何の指輪? 普通にカップルリングってことでいいんだよね?」
「ああ……いや、4年後に結婚するから、その予約でも――」
「ええええ!? それほんとぉおおお!? おめでとおおおお!!!」

過去一の恋バナ提供だった。興奮してはしゃぐ芦戸の声を聞きつけ、なんだなんだとみんな集まりだしてきた。それに芦戸が「轟たち、4年後に結婚するんだって!」と教えると「けけけけ結婚!? と、とととと轟くんっ、おめでとう!!」「おめでとう轟くん!! 結婚式には是非呼んでくれ!!」「お、おう」「やっぱそこ一番乗りだよな!」「わぁあ! 轟くんついに既婚者になっちゃうんだ! お幸せにーー!!」「ありがとな」とそれはもうてんやわんやだった。


「4年後のいつ頃って決まってんの? 記念日とか?」
「いや、成人式終わったらすぐ入籍しようと思ってる。ほんとは俺が18になったら結婚しようと思ってたんだけど、成人式は振袖着たそうだったから……その後にしようって」
「18でとか即じゃん!? おまえほんと飾好きね!?」
「すこすこのすこって感じだ」
「最初は轟からそういう言葉出るの驚いたけど、今じゃ違和感ないよね。むしろ轟っぽいっていうか……」
「それな。まぁ、なんつーか、お似合いだと思うよ」
「……そうか」

意外な組み合わせだとよく言われたものだが、お似合いと言われるまでにいつしかなっていたことに、轟は嬉しくなって柔らかく微笑んだ。
そうしてA組のほとんどが参加した指輪選びは、ついに轟が思わず目を止めた指輪に満場一致で決まることとなった。
後に、この指輪物語は結婚式で思い出話として話されることになる。確実に一つずつ、大事な思い出を重ねていっていた。







そうしてホワイトデー当日、轟は色々考えた末に、やっぱりここで渡すのがいいなと自室で渡すことにした。ここは最も長くきららと過ごした場所で、きららのアトリエだから。


「きらら」
「ん? え」

急にひざまずいた轟にきららは瞳をぱちくりとさせた。そしてぱかっと開けられたリングケースに鎮座した指輪を見ると、みるみる顔を赤くさせた。
轟は柔らかく笑うと、殊更優しい声音で語り掛けた。


「4年後に俺と結婚してくれ。予約をしてぇんだ」
「もうマジの婚約じゃ〜ん!」
「ああ。もうずっと、おまえとしか考えられねぇんだ」
「それはきららも〜! きゃぱい……」

感極まったのか涙目になっているきららに「うれぽよぴえんだな」と笑う。
返事はもうわかっていた。気持ちが同じなことはずっとわかっている。それでも確かな約束が欲しくて、轟はダメ押しとばかりに笑った。


「……予約、してもいいか?」
「もちのろん〜〜! 大好きだよしょーとぉ!」
「俺もきららが大好きだ」

きららの右手を取って、薬指に指輪をはめた。左手はまだプロポーズのときに取っておこう。その時に相応しい場所ももう考えてある。4年後に最高のプロポーズをしよう。きららが自分に魔法をかけてくれたように、今度は自分が夢の力を借りて……魔法をかけよう。

この年のホワイトデーは特別なものになった。それは何年経っても、宝物のようにキラキラ輝く思い出であったという。


 


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