三月下旬、街からヒーローが消えた日。――その通信が入ったのは、突然であった。



「――ぇ」


映っていたのは敵連合の蒼炎の使い手、荼毘。彼はドメスティックな告発を電波で流した。
本名、轟燈矢・・・。瀬古杜岳で焼けて死んだはずの――轟家の長男だった。電波に乗せて轟家であった悲劇が流れていく。

「エンデヴァーの悲願」「個性婚」「見限られた長男」「最高傑作」「虐待」「ホークス」「泣いて逃げる敵」「ベストジーニスト」「揺らぐヒーロー」

それらが電波を通って駆け巡っていた。



「これ、本当にとーやん……?」
「面識あったんですか?」
「いやなんていうか……中学生くらいのときの写真は見たけど、亡くなったって聞いてて……。本人かどうかはわかんない」


きららも燈矢のことは聞いていた。お父さんが大好きだった轟家の長男。エンデヴァー以上の火力を宿しながら、冷の体質を受け継いだばかりにその個性に身体が耐えられなかった。
それでもエンデヴァーの野望を引き継ぐことを諦めきれず、一人でずっと特訓をしていた人。
けれど、自らの炎に焼かれ亡くなってしまったはずだった。

映像に映る荼毘の顔は……写真の中の燈矢とは変わっていた。まったく面影がないかと言われたらそうではないかもしれないが、本人だという確証も持てなかった。

でも、荼毘の瞳の色は――エンデヴァーと、轟の左眼と……よく似ていた。







「パワーローダー先生! 一生のお願い!! あたしをセントラル病院に連れてって! このとーりだから!!」
「おまえね……今の状況わかってる? 外は大パニック、敵の幹部も数名捕縛したものの、主要人物のほとんどが逃亡中。おまけにタルタロスも陥落してダツゴクがうようよしてる。今ここから外に出るなんて得策じゃないよ」


何を言い出すかと思えば。雄英に帰ってきて早々、パワーローダーはきららに捕まり、直談判を受けていた。



「わかってるよそんなん! でもメッセージでも電話でもなくて、会ってちゃんと伝えたいの!」
「恋愛も青春のうちだけど、分別はつけなさい。第一、あそこは今――」

パワーローダーが落ち着かせるように諭す。
けれどきららはそれを遮って、わかってるよと涙目になりながら必死で訴えてきた。


「たくさんの人がおとーさまに責任を押し付けてるんでしょ! 知ってるよそんなん! 知ってるから行きたいの! 知ってるせんせ、おとーさまって意外と繊細なんだよ! 愛情表現はへたくそだし! 本当は優しいとこもあるのに誤解を招きやすいし! それに何より、ああ見えておとーさまって子どものこと本当に大事にしてんの!」
「いや……飾、ちょっと」
「しょーともしょーとですごい頑張り屋さんで優しい人だから、自分が頑張んないとって背負っちゃうんだよ! せんせっ、あたし伝えたいことたくさんあんの!」
「いやだから落ち着――」
「あたしっ、世界中の人たちがしょーとたちを責めたってっ、絶対味方でいるって決めてんだもん〜〜!! せんせお願いだから連れてって〜〜!!」
「――ああ、もう泣かない。わかった、わかったからもう……連れてけばいいんでしょ連れてけば」
「うわぁ〜んっ! せんせありがと〜〜!!」


パワーローダーは頭を抱えながらも梃子でも動かぬ様子についに折れた。正式に婚約――大分先ではあるが――したのも聞いたばかりであったし、唯一の障害であったエンデヴァーも今ではきららを気に入っているのも知っていたため、学生の恋愛ごっこと一蹴するには難しいものもあった。
荼毘が電波で流した告発もあり、心配するのも無理はなかったし、第一連れて行かなかったらそれこそ大事になっていただろう。



「発目。この通り飾は連れてくから、その発明品の出番はないよ」
「あ、お気付きでしたか!」
「ダメって言っても勝手に出ていくつもりだったデショ。それこそ大騒動だからやめてネ。ただでさえ人手足りてない上に、ほんと危ないから」


思わずため息をついた。この発明狂たちは何が何でも強行突破するつもりだったらしい。その分で言えば、まだ自分に頼んできたのは冷静な判断だった。
未だに鼻を啜っているきららに、本当はずっと飛び出したくてしょうがなかったんだろうなと思うと、しょうがない奴だなと少しだけ許してやろうと思う。まぁ、手がかかる生徒に変わりはないが。







「めたんこ人いる……」


きららは車内から見えた、セントラル病院に押し寄せる人々に圧倒された。
その多くが、エンデヴァーたちに荼毘の告発は本当なのか、大被害に対する責任を問うていた。けれどそれは否定してほしいという気持ちも多くを占めていたのだろう。否定して、安心させてほしい。縋るような想いがきっとそこにはあった。

予感はあった。多分、荼毘は轟燈矢その人なんだろうという予感。
だってあまりにも目の色が、その形がよく似ていたから。火傷で皮膚が爛れていたけれど、轟家の遺伝子を感じる顔の整った青年だった。

そうであるならば、伝えたいことがあるのだ。
きっと轟家の人々は、当たり前であるはずのそのことに気付けていないだろうから。
無責任でも、なんでも。きららは伝えたかった。



「ちゃんと伝えてくるんだよ」
「うん。わがまま聞いてくれてありがと、せんせ。大好き」
「ハイハイ。……行ってらっしゃい、飾」
「……行ってきまーす!」


きららは決めている。たとえ世界中の人々が轟家の人々を呪おうとも、自分だけは味方でいると。
魔法使いは、魔法をかける人を選ぶ。
きららはずっと前から決めている。
この人に魔法をかけようと、その人の世界がキラキラしたものであるように。
だって彼が……轟が、きららをヒーロー魔法使いにしてくれたから。



「おまえが俺の個性をキラキラしたものに変えてくれた。クラスの奴等にも結構好評だったぞ。おまえの個性は、人を笑顔にできるすげぇもんだ。おまえの力が……俺をなりたいヒーロー自分に押し上げてくれてる。おまえが俺の個性を理想だといってくれたように、俺もおまえにたくさんの力をもらってんだ」

「俺も、俺が来てみんながほっとするような……そんなヒーローになりたい。不安な気持ちを……拭えるヒーローになりたい。きららがキラキラさせてくれるこの個性なら……見ている人を笑顔にできるんじゃねぇかと、俺は思う」

「これからもよろしくな。俺のヒーロー魔法使い

「きららが変えてくれたんだ。俺の個性を世界で一番キラキラしてるって言ってくれて、人を喜ばせることができるように輝かせてくれた。きららが俺に魔法をかけてくれたんだ。俺はそこで初めて……この個性に生まれてよかったと思えた」

「おまえって……なんか、虹みてぇだな」

「輝く未来へと繋ぐ架け橋。希望の象徴。おまえがいてくれるから、俺は――」

「彼女は……魔法使いなんです。世界を広げて、キラキラ輝かせる……人々に希望を与える、そんなすごい魔法使いなんです」



――しょーと。あたしもね、同じなんだよ。なりたい自分にしょーとがさせてくれてる。しょーとがそんな風に言ってくれるから、あたしも頑張ろうって思うし、しょーとに恥じない自分でいたいと思える。しょーとにとって、きららがそういう人間であれるのなら、きららはいつだって、どこだって駆けつけてしょーとに魔法をかけに行く。

きららの脳裏に轟家の人々が浮かんでくる。
不器用なおとーさま、優しくて穏やかな冷ママ、明るくて面倒見のいいふゆみん、家族想いななっつん、そして……年下のおにーさまじゃなかった、とーやん。


「……ああ、おまえが魔法・・をかけてくれるなら。俺もそれに応えよう」


飛んでいく。秒で駆け付ける。それでみんなが前を向けるなら。希望を照らせるのなら。きららはきっとどこだって駆けつける。
飾きららは知っている。バッドエンドにはまだ早いって。
絶対的な味方であるきららだけが伝えられることがある。それを今、伝えに行くために駆け出した。


 


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