「よかった、みんな大集合じゃん!」
「!? きらら……なんで……」
「わー! しょーとすごい大怪我! 喉痛いね……無理して喋んなくていいからね」


轟の病室に行く途中、すれ違った芦戸に轟が冷たちと一緒にエンデヴァーの病室に行ったと聞いたきららは、自身もそちらに向かうことにした。どうせそちらにも向かう予定だったのだ、一緒にいるというのは逆に都合が良かった。
突然の雄英にいるはずのきららの来訪に轟は非常に驚いていた。外の様子が芳しくないのは知っていたし、寮制になった経緯が経緯である。きららが今ここにいるということ自体が、信じられなかった。



「パワーローダー先生に無理言って連れてきてもらったの。どうしても、伝えたいことがあって」
「つたえたい……こと……?」
「うん。おとーさまにも、冷ママにも、ふゆみんにも、なっつんにも伝えたいこと」
「私たちにも……?」
「え、なんだろう……」


きららの表情は柔らかかったが、それでも一瞬身構えてしまった。
轟はきららがその伝えたいことを口にするより早く、自身の口を開いた。言わなければと思った。きっとあの配信を見ているだろうから。いや、見ていなくとも……きららには言わなければならないと思った。



「燈矢兄が生きてた……」
「あ、うん。そうみたいだね?」
「……結構ケロッとしてるね、きららちゃん……」
「最初からダビデがとーやんって疑ってたわけじゃないけど、あの配信見て、よくよく見てみると……ああ、目が同じだなって」
「……」
「知ってる? おとーさまとしょーとの左眼と同じ色で、冷ママの目の形に似てんの。それってさ――ほんといいとこどりじゃんね!」
「……え」


きららがあっけらかんと「轟家らしい神遺伝子。ありゃ本人だなって思う!」と続けるものだから、轟家の面々は呆気に取られてしまった。
これに慌てたのは冬美たちで、恐る恐る、きららに確認を取った。



「きららちゃん……あの配信、最初から最後まで見てた……?」
「見てた見てた。いやぁ、めっちゃやばたんだったよね。とーやん演出の才能あるんじゃない? 映画監督とかにもなれそう。オスカーって感じ」
「ええっ……」
「きららちゃん、燈矢は……荼毘になってからたくさんの罪のない人を手に掛けたわ。それは……理解してる?」


冷は心配げな顔をしてきららを見ていた。実際に会ったのはこれで二度目だが、きららの性格は文通もあって知っている。前向きな解釈をする子で、周りが沈んでいる時ほど頑張る・・・子だというのも。
自分たちに気を遣って色々我慢しているのではないかと思った。でも、違った。



「分かってるよ、冷ママ。だからこそここに来なくちゃ、みんなに伝えなきゃって思ったの」
「……伝えたいことって、何……?」
「みんなさ……優しいし、色々あったし、周りの人のこととか考えちゃって、多分当たり前のことに気付いてないんだろうなって思っててさ」
「当たり前のこと……?」
「あのね、めっちゃ酷いこと言うね。不謹慎だけどさ、悪いことばっかじゃないと思うの」
「いや、それは……え。結構最悪だと思うけど……」
「さすがに……逆に良いことって……」


これには轟家のみんなが困惑した表情を浮かべていた。
轟が続きを促すようにきららに小首を傾げる。きららはほんと、やっぱりみんな優しいなと笑ってしまった。



「だってさ、とーやんに伝えたかったこと、言えなかったこと、してあげたこと、もっとこうすればよかったとか、そういうの全部、死んじゃったら後悔しか残んないじゃん。でもさ、とーやん生きてたんだよ。じゃあまだ、できることこれからたくさんあんじゃんね」


荼毘の被害者遺族が聞いたら、きっと許せないだろう。そんな酷い言葉をきららは笑って口にした。
伝えたかったこと、言えなかったこと、してあげたこと、もっとこうしたらよかったという後悔。それらは轟家の誰しもが何かしら抱えているものだった。

きららはただ一人、荼毘が……燈矢が生きていることを好意的にとらえていた。
まだ終わってない、あの日、瀬古杜岳で失われた何もかもが現代に繋がっている。あの日から後悔しているものをちゃんとぶつける相手は生きているのだから。



「っ……ぅっ……!」
「え、おとーさまぴえ――」
「あーあーあー……そっとしといてあげて……」
「そういうふゆみんも……って、なっつん……え、冷ママも!? しょ、しょーとは……あ、よかった無事!」


逆に言えば轟以外全滅だった。エンデヴァーは人目を憚らず涙を流しているし、夏雄も目を覆いながらも「きららちゃんっ……滅茶苦茶すぎっ……」とか言いながら号泣している。冷も冬美も静かに泣いている。
きっとずっと大きな後悔を抱えていたのだろう。荼毘が犯した罪の責任を家族として、ヒーローとして取るために決起した轟家は、燈矢の生存を喜ぶ間なんて少しもなかった。その思考さえ許されないと思っていたのかもしれない。

きららは轟家の味方だ。荼毘が、燈矢がどんな大犯罪者でも、それでも希望を捨てることはない。



「まぁ、とーやん? えっとダビデ? を止めないとだけどね。それからもまぁ、大変だろうけどさ。でもそれで終わりじゃないじゃん? 大変なのも生きてこそってね。あたし、みんなで映画の世界にも夢の国にも遊びに行きたいし、そこにとーやんもいてほしいって思うよ」
「きらら……」
「でねでね、とーやんのこと年下の義兄おにーさまかぁと思ってたから、しばらくはおとーと扱いもしたいな。って、さすがにおこかな?」
「……いいんじゃねぇか。ちょっとくらい困らせてやっても。多分……何だかんだ、仲良くなってそうだ」
「だといいな〜! まぁマブになるのに努力は惜しまんけども!」


きららは当たり前に荼毘を、燈矢を家族の輪に入れている。当たり前に和解できると信じて、家族のありふれた日常を思い描いて口にしていた。

それに轟家の面々は諦めかけていた家族の形を思い出す。まだ、まだ間に合うのだ。燈矢が生きていてくれているから。
きららがそれに気づかせてくれた。そうあることを肯定してくれた。自分たちが夢見ることを憚れたそれを、絶対的味方きららが描いてくれた。



「っ、きららちゃんならすぐだと思うよ……!」
「ん、燈矢兄には滅茶苦茶振り回されたから……むしろ振り回してほしい。俺も、手伝うから」
「マ!? じゃあとーやん帰ってきたらさ、まずみんなでイタズラ祭りしよ! ビデオにも録ってさ、毎年年越しに鑑賞会しよう!」
「いいわね。そうしましょう」
「私も……すごいイタズラできるように、今から考えとくね!」


相変わらずエンデヴァーは泣いていた。けれどその涙は……息子と戦えないと泣いた涙とは違ったものだった。
轟家の雨は止んでいた。雨上がりに虹が架かるように、完全に晴れ渡ったわけではないけれど、それでも曇り空の中で確かに希望の架け橋は繋がれていたのだった。


 


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