名前を呼ぼう




 異動の諸業務のために高専へ顔を出したその翌日には、すぐに任務へ引っ張り出されてしまう。
 案の定というか、まだ休暇申請してないから今のうちに馬車馬の如くこき使ってやる、とか思われていそうだ。それに、春特有の不安定な気候に煽られて、虫たち同様に呪霊も湧いて出ているのだろう。
「新学期より早く任務が決まってしまった……」
 しかも一級呪術師が二人がかりでなければいけないとは、骨が折れるものに違いない。車から降りると、今日のパートナーと同時に、ふぅ、と長いため息をつく。
 私の腰のベルトには剣とポーチが付けられている。何度も何度も使ってきたが、手入れをした良いものだ。明らかに不穏な空気が漂う廃ビルを眺める。あらゆるところが朽ちており、植物が建物の中へ外へ、鬱蒼としている。補助監督の方が帷を下ろしてくれたのを確認すると、建人くんがメガネを抑えて不敵に笑う。学生時代よりも肝が据わっているように見える。
「まあ、そんなものですよ。さっさと終わらせて、飲みにでも行きましょう」
「そうだね」
 夏油さんの手伝いをしていたといっても、祓うことに関しては本当に久しぶりだ。吹けば飛んでいくようなものしか祓っていなかったから腕が鈍っているのは確実で、建人くんの足を引っ張らないようにせねばと気合を入れ直す。
「一級レベルが一体で、低級は不特定数いるとのことですが」
 報告を確認し合い、軽くプランを練るのは学生時代から変わらないこと。ただ、やはり現役時代同様に立ち回れるかが不安なところ。
「低級メインで体慣らしてもいい?」
「元よりそのつもりですよ。佐山さんは一階からお願いします。私は上階から向かいます」
「了解。ありがとう」
 手袋をしっかりとはめて、おどろおどろしい廃墟に足を踏み入れる。暗がりに幾らか逃げていくのが見えたのでそちらから祓っていこう。
「建人くん!」
 階段の方へと行こうとする後ろ姿に、声を掛ける。振り向いた彼に、学生時代のように笑って親指を立ててこう言う。
「やばかったら呼んでね」
 昔のように無愛想に、ではなく、私を真似て親指を立てて軽く笑って応えてくれた。
「あなたも。無理は禁物で行きましょう」

 良い顔みれた、と気分よく暗がりへと踏み込んでいく。うようよとしている呪霊は恐らく二級にも届かないくらいだろう。報告外の一級以上に遭遇しては堪らないので、この辺りのものも捕まえておいて損は無いだろう。
 聞き取れない呻き声を出し続ける呪霊達は、私に向かってやってくる。これは大漁。
 ポーチに入れていた小さな本を取り出して、鼻歌交じりに剣を引き抜く。この本は前に夏油さんの手伝いをした時に運良く仕留めた二級ほどの呪霊。「呪従与名じゅじゅうよめい」という術式で物に変換して呪力を貯めているのだ。
 一冊使うまでもないだろう、数ページ破って剣で突き刺す。
「呪従書乱しょらん
 呪力を貯めた物を剣で破壊し、呪力を吸い取る術式だ。わらわらと襲いかかる呪霊たちを切っていく。雑魚は荷物になるだけだから、半分以上は切り捨てていく。
「うわー、ほんとにめっちゃいるな」
 つい独り言を漏らすくらいには居る。どうしてこんなに集まったんだか。
 そうこうしていると一階の奥に辿り着く。いかにも陰鬱としたものが溜まりそうな場所だ。二体、目玉がいくつも付いたものと、タコのような姿の呪霊。見積もって二級くらいだろうから、捕まえておこうと剣をペンに持ち変えた。私の呪力がこもったインクをいれてある。
 私に気づいて向かってくる。丸腰と思って笑い声のようなものを上げている。
 もちろん私は剣がなければ完全には祓えないが、それが目論見なのだ。私は靴の踵に仕込んだ刃を出して、二体に蹴りを数回食らわす。

「お前は『目玉キャンディー』ね」
 名前というのはひとつの呪いだ。
 この術式、呪従与名はそれを具現化する。自分の掌に書き付けた名前を押し付けるように、呪霊を平手打ち。こうすると呪霊は、私が望む物体に変化させられるのだ。昔駄菓子屋でよく見たような、大玉の飴のようなおはじきに姿を変えさせた。それを掴んでポーチへ突っ込み、もう一体にも名前をつける。
「『たこすけ』だな」
 名前はなんでもいい。考える時間も面倒だから適当に書きそいつも叩く。これは先程使ったもののように、小さな本の形に変えた。
 食べ物や生き物には形を変えることが出来ない。管理のしやすい小さなものか、剣で突き刺しやすい冊子などにすることが多い。ちなみに、本にしたものの中身は白紙だ。

 二階に上がっても同じような具合で、いくらか捕まえておいた。三階に上がろうとしたところ、地震のように建物が揺れた。これでは潰れてしまっても笑えない。

「奈波!!」

 階段の上にいた建人くんにすごい剣幕で呼ばれた。



……七海視点……

「建人くん!」
 ああいう風に佐山さんに名前を呼ばれると、気恥しいよりも、単純に嬉しいという感情が勝った。任務の現場といえど悪い気はしない。つい昨日、卒業ぶりに再会し、予想外に浮かんだ彼女に対する一つの思いを理由にしてしまいそうになる。
 佐山さんが暗闇へと進んで行ったのを見送り、雑念を払うように息を長く吐き出す。腕捲りをして、私は階段を駆け上がる。五階建ての廃ビルは呪霊の温床だった。報告通り低級呪霊が山のように出てくる。
 出来れば佐山さんより先に、一級呪霊は見つけ出しておきたい。彼女が一人で対峙して渡り合えるのかと考えると、心配が勝ってしまうのだ。佐山さんが一級を保っていることを踏まえると、そこまでする必要は無いのかもしれないが、無理をさせたくない。
 時々夏油さんの手伝いをしていたと言っていたが、それもこのような任務ほど体力的な負担は無かっただろう、ということは想像に難くない。あの人のことだから、取り込む直前の呪霊玉を佐山さんに渡し、変形を頼んでいたのだろう。学生時代からそうだった。夏油さんが呪霊を取り込むのが苦しそうだからと言って、佐山さんはよく術式でビー玉のように変えていた。
 彼女の呪霊を捕縛し変形させる術式は、低級であれば問題ないだろう。だが、現場にあまり出ていないとなると、感覚も鈍っている可能性もある。学生時代の頃のように、軽やかに、靱やかに立ち回り、切り倒していくことが容易い、とは言えない。だからこそ、リスク回避と効率を考えた計画を立てたのだ。
 鉈で祓っていくが、一向にそれらしい呪力が感じられない。五階、四階と順調に祓い終えて、また階段へと向かう。もしや報告ミスだろうか。そう思ったところで、地響きがした。急いで階段をかけおりると、ちょうど上がってきている佐山さんが見えた。そして前方、三階の低級呪霊の群れの奥から飛ぶようにこちらへと向かってくる。私が死角で見えておらず、標的は佐山さんのようだった。判断するや否や、彼女の名前を叫んでいた。
「奈波!!」
 私の叫びに急いで階段を駆け上がってきた。私と並んで立ち彼女は剣の柄に手をかけた。
「仕留めます。援護を!」
「了解ッ!」
 あの頃のように、自信に満ち溢れた笑みを私に返して、彼女はビー玉を数個空に投げ剣で砕き割った。私は道を作るべく手前の呪霊を数体払って、一級呪霊に走っていく。図体がでかく、速度も大抵のものではない。
「あなたの相手は私ですよ」
 術式で的確に打つべき所を見極め、急所へと当てていく。だが再生が早く、一人ではやっとというところだ。私の周囲で祓っている佐山さんに向かおうとするくらいには、余裕がありそうだ。何か呪物を取り込んだのか。
 胴の辺りに数度連続で叩き込んでいく。目の端で本を突き刺した佐山さんを捕える。自分の相手が緩んだ隙に、彼女の背を目掛けて牙を剥いた最後の一体を蹴り飛ばす。
「ありがと。助太刀するわ」
 左手に回った彼女は剣を構え直す。心配なんてしたことが失礼だったと思うくらいだ。一分足らずで蔓延っていた低級呪霊を一掃していた。
「私の後に続けて切り込んで」
 佐山さんは私にちらりと目線を向けて、微笑み、頷く。

 結果として、大きな傷を負うことなく呪霊を祓い終わった。再生が早いくらいで、一級という情報に間違いはなかったようだ。佐山さんは腕に切り傷を負っているが大したことは無いという。
「佐山さん、他に痛いところはありませんか?」
 彼女の腕を自分のネクタイで止血しながら尋ねた。自分は打撲のみで、目の前の彼女の痛みを庇えなかった、とまた失礼にも考える。佐山さんは「大丈夫」と言ってキツく結んだネクタイを撫でる。すこし良くない気が起きてしまいそうになるが無視して、瓦礫を退けながら廃ビルの外を目指していく。
「きついかもしれませんが、家入さんに見て貰う間では我慢してください」
 佐山さんは頷いて、子供じゃないから大丈夫だよ、と繰り返す。あの日々と変わらない笑顔にほっとする。
「建人くんは」
「私は大丈夫です」
「かっこよかったなぁ。久しぶりに見たからかな」
 具合を聞いたわけではなかったのか、と私は咳払いをして隣を歩く彼女を見る。私を見上げていて、私よりもずっと澄んだ瞳と視線がかち合う。
「……佐山さんも、流石の動きでしたよ」
「奈波」
「え」
「名前で呼ばないの?」
 柔らかな笑顔のまま私の言葉を待っている。
「佐山さんと呼んでいるじゃありませんか」
「さっき名前で呼んでたじゃん。雄くんですら奈波ちゃん呼びなのにさ」
「それは……」
 口ごもる私の腕をトンと叩いて、軽るく瓦礫を飛び越えていく。
「あはは、ごめんごめん。強要しないから気にしないで。あと、褒めてくれてありがとう」
 帳が上がった陽の下で、伸びをしている。あの頃よりも短くなった髪が、光って夕日に赤くなる。その姿に声をかけた。
「奈波さん」
 振り返る彼女の表情は逆光で見えなかった。




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「はーい! それでは、佐山奈波ちゃんの歓迎会を始めまーす!」
 都内某所。それなりに良いお店を一件貸し切って、大学生の呑み会のようにコールでもしそうな約一名素面の先輩。ここは居酒屋ではないのだけれど。
「奈波は今日呑む? 私はとりあえずビール」
 アルコールメニューを眺めていると硝子さんに聞かれた。
「呑みます! とりあえずビール、は苦手なんで、レモンサワーにしようかな」
 皆、五条さんは無視して注文を取っていく。
「乾杯ぐらいはしようよー!」
 五条さんはオレンジジュース片手にいつまでウロウロしているんだろうか、と少し可笑しくて下を向くとスマホに通知が来ていたのに気づいた。「渋滞ハマった!」というメッセージと、涙を流すパンダのスタンプを雄くんが送ってきていた。「気をつけてきてね」と返してテーブルに戻すと、夏油さんも任務終わりにやってきたのが見えた。手を振って笑うと、疲れていたような顔も幾分か柔らかくなったように見える。
「夏油さん! お疲れ様です」
「奈波もお疲れ。横、失礼するね。そういえば、喫煙スペース向こうにあったよ、硝子」
 夏油さんは私の左側、硝子さんとは反対側に座る。
「奈波が帰ってきたから禁煙」
「気遣わないで下さいよ。隣で吸わない分には大丈夫ですよ?」
「え、タバコ苦手だったの?」
「はっ。そんなことも知らないとは、まだまだお前に奈波は早いんだよ、夏油」
 謎のセリフを吐き捨てて、硝子さんが私の右腕を組む。多分来る前に一杯入れてきたんだろうなあ、と好調な毒舌に苦笑いする。
「まあ、でも私は吸わないから問題ないよね。奈波これ好きじゃない? 頼む?」
 別のメニューを広げて、海外の料理を指差している。結構好みはしっかり覚えてくれているのだな、と思って嬉しくなる。
「わ! こんなのもあるんだ〜。久しぶりに食べたいです。建人くんは飲み物決まった?」
「えっ、あ、はい……」
「大丈夫?」
「はあ、こんなはずでは……」
 私の向かいには頭が痛いと額を押さえる建人くん。任務後の五条さんの無茶振りで疲れたんだろうなあ、と水を差し出しておく。メッセージに「しんどかったら早めに帰りなよ? 私もそのつもりだし」とこっそり入れておいた。正直、私も早めに帰って寝たいな。





……

愉快な仲間たち!

佐山 奈波
 案外動けたので、普段から健康のために運動していてよかった〜と安心する。普通の人間は鼻歌まじりに抜刀なんかしないのだが、自分もネジ抜け呪術師だということに、いまいち気づいてない。使っているのは洋剣。刀身が細いもので斬撃も可。こだわりは特になく、あんまり重いのは嫌だからという理由で選んだ。手袋はインクで汚れるので付けているだけで、使い捨て。呪霊につける名前のセンスは小学生レベル。
 七海に名前を呼ばれてびっくりしたけど、普通に嬉しかった。普段からそうしてくれていいのにな、と思っている。夏油とは食の好みが合うので、食事に行くのは楽しいと思っている。他者をどう呼ぶかは、最初に考えた上で決めているのはここだけの話。嫌いじゃなければ言われた呼び方で呼ぶが、近づきたくない人には、ガチガチの敬語&敬称。お酒◎、タバコ×

七海 キュン死寸前 建人
 昨日の今日で奈波と任務に行くことになって内心ガッツポーズ。つい名前で呼んでしまったけど、学生時代にこっそりと心の中で呼んでいた(無自覚の好意)。名前を呼ぶ度にソワソワする。初心な少年じゃあるまいし!と思っているが、そろそろ自分の心臓諸々の心配をした方がいい。スマートにサシ飲みに誘おうとしたら、五条に邪魔をされて、はっ倒してやろうかと思った。が、奈波が楽しそうに話しているのを正面で見ることができているので、ひとまず許した。L…NEに入っていた気遣いメッセは即スクショ。

夏油 限界オタク 傑
 地味にマウントをとりながら、遠回しに七海を牽制している。タバコはミミナナのためにやめた。悟もたまにはいい事するじゃないか、と歓迎会の店候補をピックアップした。食の好みの把握は胃袋掴み作戦の一環。「推しが好きなものは私も好き」過激派オタクムーブのおかげで、奈波にはいい感じに勘違いされている。私も名前で呼ばれたい、と機会を伺っているが、普通に頼んだら呼んでくれることに気づいていない。さっさと頼みな〜?

五条 ジャイ〇ン 悟
 歓迎会はこの人の思いつき。みんな早く任務終わったんならご飯行こう!と勝手に決めていた。
Q:どうして一級同士を組ませたんですか?(By 某出戻り)
A:「面白いからに決まってるでしょ☆ 別に毎回行かせるわけじゃないし、奈波には傑とも行ってもらうつもりだからね!」

家入 姉貴 硝子
 飲み会などでは必ず奈波の隣を死守している。奈波に酒を覚えさせたのは私だ、ということで愉悦に浸っている。高専時代にタバコを吸っていたところ、懇々と叱られたので奈波の前では絶対に吸わない。

灰原 お兄ちゃん 雄
 任務帰りに渋滞にハマった。運転中の補助監督に奈波からのメッセージを自慢している。「この子がくれる一言って、何とっても百点だよね!そう思うよね!伊地知くん!!」






……


おまけプラス

七・夏・五・虎・?

♡「(勉強仕事作業諸々の)やる気が出ない…」
に対して。


ななみん「とりあえず、手を動かせばいいですよ。ほら、私も手伝いますから、さっさと終わらせましょう」



すぐる「じゃあ、もうやめてしまう?……やるんだね。そう言うと思った。私は君の頑張りを見てるよ」



ごじょせん「そっかあ。じゃあ、頑張って終わらせたら、スペシャルサービスで、僕のハグとよしよしをセットにしまーす! ね、やる気でたでしょ」



ゆーじ「そういう時もあるよな〜。でも、何だかんだちゃんとするの俺知ってるよ。俺も居るからさ、もうちょいがんばろーぜ」


(作業が全然進まなくて泣きそうになってた時に現実逃避に書いた。その後ちゃんと終わらせた)

めぐみ「できるじゃん」





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un reve fraise