内緒、煌めいて
時間軸としては、#3より前。
…
晴れた昼下がり、自習の時間。自習とは名ばかりで、各々遊んだり居眠りしたり、生徒がすることは呪術高専であっても、普通の高校であっても変わりないものだ。そして、実習や任務もなく、まさに高校生らしい一日だった。
この日は春にしては気温が高く、教室にクーラーもないため、下敷きでパタパタと顔を仰ぐ佐山奈波は窓際の席でため息をついた。手元の教科書を読むでもなく眺めている。長い髪と首を隠したインナーが余計に暑くさせているだろうに、と七海は思うがそんなことはおくびにも出さず本を読む。
「ねー、アイス食べたくない?」
奈波は横を向いて同級生二人に声をかける。灰原は大きく頷いた。
「今日暑いもんね〜。奈波ちゃんはダッツならどれが好き?」
「え、雄くん奢ってくれるの?」
キラキラと目を輝かせるところは年相応の少女のようで、傍目にこっそりと見ていた七海はすこし顔が熱くなった気がした。
「ちがうちがう。好みの話だって」
「なんだ残念。私はいちごかなー。でも抹茶も好き」
「っぽいね! 僕はクッキークリーム。七海は?」
「特にない」
「甘いもの苦手なの? 建人くんは塩系お菓子が似合うな。しょっぱいチーズのクッキーとか」
「あー! わかる! パンもそんな感じだもんね」
「……まあ、アイス食べたくなる時もありますけど」
奈波と灰原が美味しいアイスがあるカフェや、期間限定の商品についてあれこれと楽しげに話している。七海は交わることはせず、聞き流して本のページをめくった。平和な、こんな毎日であれば、と人知れずため息をつく。
「だめだ、こんな話してると、アイスの口になっちゃった」
「ジャンケンして、負けた人の奢りで買いに行くのは?」
「いいね。絶対勝つ」
「七海もね! 最初はグー! ジャンケン」
遠慮しておく、という間もない早さで会話を進めていく二人に、七海は強制的に参加させられる。ぽん、出た手を見れば、灰羽の一人負け。
「ちぇー、結局僕か。二人とも何がいい?」
「私、いちごのやつ! 無かったら何でもいーよ」
「佐山さんと同じで」
「おっけー! じゃあ買ってくるね!」
バタバタと教室を出ていく。
「建人くんも実はいちご好き?」
「いや、考えるのが面倒だったから……」
「なるほどね」
彼女は笑って言うと、机の中に手を突っ込む。
「建人くんは暑いの得意?」
「暑すぎるのは苦手です。穏やかな気候がいい」
「分かる」
七海は、彼女には秋や冬が似合うな、と本を片手に横目で見る。奈波はポーチと鏡を取り出して机の上に置き、ヘアゴムとコームを手にする。
「珍しいな」
沖縄の空港任務でも下ろしていたのに、と七海は思ったままに呟いた。あそこはクーラーも効いていたから、その必要がなかったのだろう。奈波は肩を竦めて、ささっと髪をまとめている。
「ちょっと今日は暑くてムリなの……」
ポニーテールにした奈波は見慣れない。いつも隠れている耳が見えているからだろうか。右耳に三つ連なったシルバーのピアスがそう思わせるのか。
「ピアスしてたんですね」
「うん。あれ? 知らなかった?」
奈波は軽く耳朶に触れ、はにかんで聞く。
「いつも隠れてるので」
「そっか。意外?」
「まあ……真面目そうなのになと思って」
「そんなことも無いけど。本当は左も開けたいんだけどね、利き手じゃない方だから上手く出来なさそうで」
「誰かに頼めばいいんじゃないですか?」
奈波は考えてから、首を少し傾げた。
「なら、建人くん手伝ってくんない? 今日の放課後とか」
頼られるのに悪い気はしない。七海は小さくため息をついて返事をする。
「いいですよ」
「ほんと? ありがと! ピアッサー持ってくるから、ここ居てね」
嬉しそうに両手を合わせて言う仕草は、普通の女子高生と何ら変わりない。七海がそうやって考えていると、出ていった時と同じように駆け足で灰原が戻ってきた。
「いちごなかったー!」
あちぃー、と言いながらアイスの袋をふたつ出す。なんで二つなのか、と見れば片方は半分に分けて食べるもので、七海がそれに気づけば灰原がウインクをしてくる。なんのアイコンタクトなんだ、と思うがアイスをねだった張本人は無邪気なものだ。喜んで受け取っている。
「雄くん、ゴチでーす! これも好きだし全然大丈夫。はい、建人くん」
二つに分けた片方を奈波が差し出す。少し指が触れたら、二人の間を水滴がぽたりと落ちた。
「あ、ありがとう」
生き返る、と大袈裟に、機嫌よくアイスを口にする奈波。そんな彼女を見て、男子二人は自ずと笑みを綻ばせるのだった。
午後の授業を終えて、奈波は急いで教室を出ていった。
「奈波ちゃん、用事なのかな?」
灰原も教室を出る支度をして、七海に話しかける。
「……みたいですね」
「普段クールにみえて、ああいうとこ可愛いよね。そうそう! 僕これから夏油さんに体術教えてもらうんだけど、七海もどう?」
「いや、今日はやめておきます。勉強したいから」
「おっけー! ほんと七海は真面目だね! あんまり堅物すぎても、あの子に愛想つかされちゃうよ」
「あの子って」
「とぼけちゃってー。ぼんやりしてたら、他の人に取られちゃうよ! じゃあ、また後で!」
騒がしく出ていった灰原を呆然と見届けて、七海は置いたままの本の表紙に視線を移した。
何故「自分との予定だ」と言わなかったのだろう、と彼自身不思議に思っていた。悪いことであるはずは無いが、彼女に頼まれたということに対する少しの優越感があったことは否めない。それに、「あの子」が誰かなんて分からないほど馬鹿ではないけれど、灰原の言うような気持ちがあるわけではないのだ。恐らくは、と七海が一人考え込んでいるとヒールの足音が戻ってきた。
笑顔で奈波が教室のドアを開ける。手には急いで寮に取りに戻ったものが握られている。
「おまたせ! すぐ終わるから」
軽く上がった息を深呼吸して整えようとしている。
「用もないし、焦らなくて大丈夫ですよ。というか、座ったら?」
「あ、はは。ありがと」
奈波は机のうえに、持っていた四角い箱と保冷剤を置く。
「この四角いのがピアッサーで、えと、保冷剤で冷やしてからパチッとやってもらうんだけど、ちょいまち……」
言いながら鏡と化粧ポーチを出す。ペンのようなもので耳に印を入れている。
「それは?」
「アイライナー。どこに開けるかの目安書いてるの。よし」
奈波は椅子を引いて、隣に近づく。ピアッサーを七海の手に渡し、彼女自身は保冷剤を左耳に当てた。
「ん、つめたっ……」
そんなひとりごとも、年頃の健全な男子には少々刺激的で、七海は気を紛らわせようと外箱に書いてある説明を見て、プラスチックの本体を取りだした。
「建人くん、大丈夫そう?」
奈波はより近づこうと、また椅子を寄せた。
「使い方は分かりました」
「んじゃ、よろしくお願いしまーす」
横顔を七海にみせて、走ってきたからかまだ頬が軽く赤い。何も考えるまい、と七海は彼女の顔が動かないように手を添える。
「まっすぐね」
「分かってますから、黙って」
「スミマセン……」
ピアッサーを片手に持ち、奈波の左耳、黒い印が書かれたところにピアスの針がちょうど当たるよう照準を合わせる。奈波は少し目を伏せた。睫毛が頬に影を落として、人に任せる緊張ゆえか、それとも七海の指摘ゆえか、唇はきゅっと閉ざされている。
バチン
予想外に大きな音に、七海はピアッサーから手を離してしまった。カランカランと音を立てて床に落ちたとき「痛ッ」と奈波が呟く。
「大丈夫ですか?!」
自分のせいかもしれない、と七海は少し慌てた。青い石が小さく光った彼女の耳元を確認するように、また輪郭に手を触れると、頬と耳が桃に染っていた。痛みからだろうか。
「うん、ちょっと引っ掛っただけ。ね、後ろまだ残ってる?」
耳の後ろを指さすので、七海は少し姿勢を変えて覗き込む。透明なプラスチックの破片が残っていたので、外してやろうと手を伸ばしかけたが、止める。驚かせてはいけないから。
「破片が。……痛かったらすみません」
「うん」
そっと触れるとピアスだけを残し、破片は取り除かれた。
「取れましたよ」
「ありがとう」
至近距離のまま、奈波が目を合わせるように顔を動かした。一瞬息がとまる心地がして、七海は斜め下を向く。用済みのピアッサーが、床に転がっている。
「いえ、ちゃんと空いてるか確認してくださいよ」
「上手だよ。斜めじゃない、最高」
「それは良かったです」
落ちていた物を拾って元の箱に戻す。
「やっぱ両耳あるほうがかわいいよね」
嬉しげに七海に見せるために、首を軽く左右に振る。
「あなたが満足ならいいんじゃないですか」
「そうだね〜。建人くん、ありがとう」
そう言ってから、奈波は置きっぱなしにされていた教科書や、鏡などを機嫌良く片付けだした。七海も本の栞を挟みなおすふりをして、独り言かのように話す。
「……その色も、似合ってますよ」
驚いたらしい奈波は、目を丸くして彼を見る。表情は緩やかに驚愕から喜びに変わり、彼女は頬を赤くして、ありがとう、とまた感謝を口にして笑った。
「あ、これ開けてくれたこと、秘密にしててね」
奈波はまた、青いピアスに触れると、少し小声でそう言った。
「なんでまた」
ピアスをしていることを隠したいわけではないようなのに、と不思議に感じて訊ねた。
彼女は何でもないように、肩をすくめる。
「失敗が怖くて開けてもらったとか、ちょっと恥ずかしいじゃん?」
無意識に七海が期待していた答えは、何であったのだろうか。青い頃では到底気づくことはできなかった。
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おまけ(?)
実習終わり、奈波は携帯の画面を見て軽く叫ぶ。
「今すぐ行かないとやばい!」
「何時からだっけ?」
「十九時開演ですね。直行したら間に合います」
補助監督が待機している場所へと戻り、七海がスムーズに行き先を伝える。目的地は都内某所、ライブハウス。
「制服参戦かぁ……」
後部座席に乗り込んだ奈波は鏡を取り出しその顔を写す。汚れていないか、傷がついてないかと確認している。
「黒っぽいし大丈夫じゃない?」
隣に座った灰原は、奈波の肩に付いていた埃をはたいて落とす。
「ありがと。でもさ、この前硝子さんと買いにいった服着たかったんだよね……」
「また次の機会がありますよ」
七海は助手席から、後ろで項垂れている人へ慰めの声をかける。彼らの本音は「自分たちだけの時に新しい服を着て欲しい」というものだが、奈波には知る由もない。
「てか、二人ともほんとについてきてくれるの?疲れてない?」
大事にしまっていたチケットが三枚あるかを確認しながら二人に聞く。
「全然っ! 奈波ちゃんと同じで楽しみにしてたしね!」
「どちらかと言うと、佐山さんが疲れて倒れないか心配ですけど」
もう何度目かの付き添いで、七海も灰原も慣れたものである。初めは奈波の余りチケットを消費する目的だったのが、いつのまにか彼らも初めから一緒に行くつもりで居るようになった。防犯というのが大きな理由ではあるが。
「そんな弱っちくないつもりだけどな……」
ライブハウス近くで下ろしてもらった三人はチケットを握りしめて、長い列に並んだ。時たま、奈波の知り合いらしい女性たちが声をかけては写真を撮っている。楽しそうな奈波の様子をみて、灰原は七海を小突く。
「奈波ちゃんさ、ギターの人が好きっぽいよ」
聞き耳を立てていたようだ。七海は声を落として返事をする。
「……どっちのですか」
「いつも左側のひと」
「クールな感じの方ですね」
「タイプなのかもね」
「はあ……」
どのメンバーが前に出てきても騒いでるような気がするが、と思う七海は携帯でバンドメンバーの情報を見ていた。奈波は戻ってくると七海と灰原を見上げて首をかしげる。
「お待たせ! 何の話してた?」
「何でもないです」
「奈波ちゃんが楽しそうでいいねって話だよ」
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愉快な同期三人組
佐山奈波
中学時代の友達の影響でピアスを開け、ライブにいくようになった。七海に青いピアスを褒められて嬉しかったので、同系色のアクセサリーが増える。他者から向けられる恋愛感情に対してだけ(恐らく)鈍感。派手に装飾したうちわに「Love♡ こっち見て!」と書かれてなければ気づかない程度。
ナンパやキャッチは面倒なので無反応を決め込む。社会人になってからはライブに行かなくなるが、曲だけは聴いているし、いまだに好き。
七海建人
セコム@
ピアスを開けてと言われて手伝ったその日の夜は眠れなかった。青いピアスを気に入っているのか、自分が開けたから気に入っているのかとしばらく悩まされる。奈波に対して抱いている感情は、恋愛ではなく友情だと思っている、というよりも、気まずくなりそうなので恋愛だと思いたくない。周りには(奈波以外には)バレバレ。
ライブ後に男性に声をかけられる奈波を偶々みてから、危なっかしいとついて行くようになった。一応、奈波が勧めてくれた曲は全部聴いている。
灰原雄
セコムA
奈波のピアスは痛そうだなあと思うが、似合っているので褒めることしかしない。ライブの同伴をしているうちに、奈波と一緒に歌えてしまうくらいハマるので、連れて行かれる回数は七海より多い。奈波をナンパする輩を祓ったこと数知れず。
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