隣は誰のもの




 懐かしい静かな廊下は、もう10年近く前になるあの日々と変わらない。
 年取ったな、なんて内心で笑う。でも今日の私は買ったばかりの服とアクセサリーを身につけているので、そんなことは関係ないのだ! と、ランウェイを歩くモデルよろしく姿勢を正して歩く。
 毎日ご機嫌に仕事に励むには、如何にして自らの士気を上げるかが大事だ。私にとっては、服だとかメイクがその役割を果たしている。要は武装していくのだ。この呪術界という、五条さんの言葉を借りれば「腐った蜜柑のバーゲンセール」を闊歩するには、大切なことである。

「おはようございます」
 職員室に入ると同時に挨拶をする。今日も誰もいない。咳払いをして、自分に割り当てられた席で今日の仕事の準備を始めることにした。

 今日は一年生が全員揃うというので楽しみな日でもある。真面目な伏黒くんはよく質問もしてくれるので教えがいがあるが、やはり教室に一人では寂しいだろう。個別授業から方向転換せねばならないし、クラスの雰囲気を掴むためにも軽いアクティビティなどあってもいいだろう。どんな生徒かある程度書類でも知ることはできるが、会ってみなければわからない。担任が五条さんなのは、ちょっとかわいそうだな。

 そんなことを考えて資料を閉じると、夜蛾先生、現学長が入ってきて挨拶をする。
「相変わらず早いな」
「おはようございます。授業は段取りが八割なんで」
「それをお前の先輩にも聞かせたい」
 誰とは言わないが、どの先輩かはまあ理解出来る。私は苦笑いを返して、起動したパソコンに顔を向けた。他の職員たちもぱらぱらと出勤してきだした。

「佐山さん、今日のスケジュール更新していますので」
 補助監督の方が行動表を共有してくれていたようだ。
「はい、ありがとうございます」
 授業もしくは任務の変更があった場合は朝の段階で、確認のために声をかけてもらっている。基本はメールだが、私が職員室にいるとわかっているので口伝えというわけだ。
 そんなことはさておいて、今日は変更無しの平常日程のはずではなかったか。大体変更があれば前日には、難しくとも変更後すぐに連絡を、と口酸っぱく言っているのだが……とウィンドウを開くと、空きコマの認識だった午後イチの時間、「一年体術、TTチームティーチング」の文字に首を傾げる。後で夏油さんに確認しようとひとまず閉じておく。

「おはよ、奈波」
「硝子さん、おはようございます」
 本来は職員室に顔を出す必要もないそうだが、私の顔を見に来ているというので少しどころでなく、嬉しい。朝から美女を見るって心が躍るから。
「その服、欲しいって言ってた新作?」
「そうなんですよ。昨日届いたんで早速」
 この袖のとこが可愛いですよね、とヒラヒラさせてみると「いーじゃん、似合ってる」と微笑んだ。私の隣に椅子を引っ張ってきて、ぼんやり手元を覗いているのだ。たまに書類の誤字を指摘される。
「夏油さん、おはようございます」
「おはよう。奈波は今日も輝いてるね」
 向かいのデスクに夏油さんがやってきた。謎のセリフは寝言と思い、にこやかに対応する。
「ありがとうございます。あの、知ってたら教えて欲しいんですけど、今日の一年生のこと、いつ決まったんですか」
「昨晩だけど……あれ、メールしてなかった?」
 スマホを出して個人連絡用のメールボックスを開けば、「午後の空きに体術もよろしく!」との一行メールの受信は二分前を示している。さっき思い出しました、ということがありありと伝わってくる。こちらにも色々とやることがあるということはお構いなしだ。
「ほんともう、あの人どうにかなりませんかね?」
「諦めな、五条だからな」
 硝子さんは、気の毒にな、と笑ってあくびをした。朝から何だか気が遠くなる。溜息をついて下を向くとおろしたての可愛い服が視界に入る。大丈夫、今日は最高の服を着ているし、なんだってやれる! あとで超高級グルメを五条さんに請求してやる。心に決めた。
「五条さんですしねぇ……。ところで、なんで私もなんでしょうかね?」
「今回は個人じゃなくて対複数の訓練をするから、奈波も呼んだんだよ」
「あー、そうだったんですね……、じゃあ夏油さんも?」
「そう。君を推薦したのは私だし」
 にっこりという音が聞こえそうなくらいの笑みを見せる。私には悪魔の笑みに見えてしまうのは仕方ないことだろう。空きコマに進めようと思っていたことが山ほどあったのに。
「何やってくれてるんですか」
「私と奈波の連携プレーを学ばせる格好の機会じゃないか」
 呆れて何も言えない、と私と硝子さんは顔を見合わせ、
「頑張れよ、生徒と組んでやっちまえ」
「生きて帰ります」
 強く頷き、今日も一日が始まった。



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一限目:古典(二年)

「奈波、また悟に無茶振りされたって?」
 教室の扉を開けた途端パンダくんが言う。最初は夜蛾先生の呪骸が生徒だと聞いて驚いたが今や慣れたものだ。
「え、情報早いね」
「ツナ、高菜」
 神妙な面持ちで棘くんが頷いている。もしや誰か聞き耳立ててたのかな。教科書などを教卓に置いて苦笑いで尋ねてみる。
「職員室いたの?」
「しゃけ!」
「一年も増えんだっけ?」
 頬杖をついて真希さんがいう。
「そうだよ。優しくしたげて」
 二年生はフラットな対応を好む生徒が多いのでやりやすいのだが、先生と生徒の距離をこちらがそれなりに考えて接さないといけない。他の教師陣が、主に目隠し先輩が、グレーゾーンを爆走しているので、意味ないと言えば意味ないのだけれど、そこは私の信念というところだ。
「でさ、今日全員補習なっちゃったんだよね」
「急に話題変わるね。数学の小テストやらかした?」
 パンダくんの唐突な方向転換に苦笑して答える。あんまり補習なんかしていないはずだが、よっぽど悪かったのだろう。
「おかか! 高菜、明太子……」
「え、違うの?」
「前にやるはずだった授業がすっ飛んで、その分の詰め込みなんだよ」
 真希さんが心底めんどくさそうに頬杖をつく。棘くんとパンダくんが大きく頷く。
「そんなに任務詰め込まれてたんだね……」
 基本的に「ざっくり」しているこの学校のカリキュラムだが、足りなくなるくらいの状況とは同情する。ましてや出張に行かされているもう一人の二年生のことを思うと、学生を働かせすぎだ。
 今日の授業範囲の教科書と進行などを書いたノートを開き、ちらりと腕時計を確認して、三人の机の上を見る。
「じゃあ、あと一分で始まるから、教科書とノート出してくださいね」
「「は〜い」」
「しゃけ〜」





二限目:英語(一年)

 その前に、教科書とプリントなどを取りに一度職員室へ戻り、いそいそと出て行こうとすればすれ違いざまに「奈波」と夏油さんに呼び止められる。
「お、っと……どうかしました?」
 つんのめって落としそうになった教科書をキャッチして、顔を向ければいつものように、眉を下げて私をみた。
「すまない。三限のことで、ジャージ必要だったら用意あるよってことを伝えたくて」
「わかりました。わざわざ、ありがとうございます」
 本当にそれだけだったようで、彼は片手をあげて仕事に戻った。
そういえば、さっきちらりと五条さんと建人くんを見かけたような気がしたが、新規の任務でもあるのだろうか。


 一年生の教室に向かっていると生徒の賑やかな話し声が聞こえてきた。響く笑い声に、仲は良いのだな、と安心して扉を開ける。
「おはようございます」
 伏黒くんが私の方を向いて言う。それに習って、虎杖くんと釘崎さんも「おはようございまーす!」と挨拶をする。最近の生徒たちは素直な反応をしてくれるから可愛らしいのだが、呪術界こっちでは珍しい。ほんの少し癒される心地だ。
「おはようございます。二人は初めましてだね」
 教卓に向かうと、まだ授業は始まっていないが席についてくれた。「お前ら、教科書くらい出しとけよ」と伏黒くんが注意するのも微笑ましい。
「虎杖悠仁です! 宮城から来ました!」
「釘崎野薔薇よ」
「うん、二人のことは五条先生から聞いてるよ。佐山奈波です。国語と英語の授業は私の担当なので、これからよろしくね」
 よろしくお願いします、と言う三人分の声に口角が上がる。

「はい、では今日はここまで」
 授業の内容を最後に軽く復習した後、教科書を閉じて三人に告げる。
「気になることはありますか? 無ければ早いけど終わりましょう」
「はいっ! 俺、佐山先生に質問!」
「はい、何でしょう、虎杖くん」
「先生ってここ出身なん?」
「そう。ちなみに五条先生の一つ下の学年」
「じゃあ、ナナミンと同い年だ! ……あ、でもナナミって被ってんね。ややこしくないの?」
 建人くんはこの子にナナミンって呼ばれてるのか。少し吹き出しそうになるのを咳払いで押えて答える。
「うーん、多少はね」
「名前もだけど、あの人たちの後輩ってだけで面倒そうね」
「だろうな」
「その通りですよ。でもまあ、信頼はできる人たちだから」
「尊敬はしてない?」
 虎杖くんが何故かワクワクとしながらそう聞くので苦笑した。あまり他の先生のことをとやかく言うものでもないし、と思うと丁度よくチャイムがなり、
「じゃあ、授業は終わりましょうか」と切り上げた。



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五限目:体術実技(一年)

 準備運動はさすがにしておいた方が良いなと思い、柔軟をしていると、影が私を覆う。見上げると、目隠し不審者。
「奈波がジャージって珍しいねぇ〜、あ、僕とお揃いにしたかったとか?」
「お疲れさまです、五条先生」
 開口一番それは無いだろう、と挨拶で返す。いつも授業に遅れると言うが、今日は早いご到着のようだ。今日は雪が降るのだろうか。
「うわっ、今絶対めんどくさいって思ったでしょ! 酷いな〜、傷ついちゃう」
「面倒ですね。あ、夏油さん、お疲れ様です」
 いつものように五条さんはスルーして、やってきたもう一人の先輩に声をかける。
「お疲れ。足元はやっぱりそれなんだね」
「さすがにスニーカーは無いので……でも刃は出さないので心配しないでくださいね」
「奈波はそんな事しないだろうよ。ただ……」
 壁際に立てかけていた竹刀と私を交互にみて、ふふ、と笑い声を漏らす。
「竹刀はなんというか……懐かしいね」
「あはは、似合わないって言っていいんですよ」
 よっ、と立ち上がって竹刀を手にする。こうして外に出て、先輩たちと並んでいると学生時代を思い出す。

「先生いっぱい居んね〜! あ! 佐山先生さっきぶり!」
 虎杖くんがぴょーんと跳ねるように走ってきた。後ろから釘崎さんと伏黒くんも歩いてくる。
「佐山先生って英語と国語じゃないの?」
「お前ら敬語つかえよ……すみません」
 後二分ほどで授業開始だ。私のところに来た一年生にもやっぱり説明とかはないみたい。
「いえいえ。今日は五条先生と夏油先生に頼まれたから、体術はイレギュラーですよ」
「へー! 楽しみ〜!!」
 目をキラキラとさせてそういう虎杖くんに、同感だと他の二人も頷いている。
「先生……うん、いいな、でも名前で……」
 ぶつぶつと夏油さんがなにか言っているが、あまりよく聞こえなかったので、首を傾げてみるが、「何でもないよ」といつもの笑みを返された。

「よし、一年生も来たね! あとは」
 ルンルン、と音でも出そうな五条さん。何か嫌な予感がするな、と眉をひそめて夏油さんと顔を見合わせたところで、聞きなれた声が背後から聞こえた。
「は? 何であなたまで?」
 振り向くと、建人くん。
「こっちのセリフ……」
 てかなんかデジャヴ、と思わず呟けば、五条さんが見事な弧を口元に描いて親指を立てる。
「やっぱナナミンズを見せてやんないとでしょ」

「「連絡くらいしてください」」

「さっすが〜」とおもちゃを喜ぶ子供みたいな反応をされてしまい、私と建人くんは額を抑える。
「ナナミンズ⁉︎ なんかカッケーね」
「子供か、虎杖。というか、七海さんと佐山先生って何級なの?」
「あれ、釘崎も知らなかったか? この人たち一級だぞ」
「「一級!」」

「悟、どういうことかな? 私は彼女と組んでやろうという提案をしたはずなのだけど、連絡もしていなかったと言うし奈波が困ることはするなと言ったよね?」
 夏油さんは五条さんに笑顔で圧をかけている。生徒の前で何をやっているんだか。それより気になるのは、空きコマに引っ張り出すことで私が困るとは考えなかったのだろうか。
「団体演習なら人多い方がいいでしょ! ちょうど七海が来てたからさっき誘ったんだよね」
 ということは先程見かけた時に決まったのか、と思いつきで事を進めていくこの先輩にはほとほと呆れる。
 そんなことよりもだ、大事なのは子供たちの時間である。時間がもったいない。
「チャイム鳴ったんですが、先輩方、今日の授業は?」
 早く始めんかい、とこの時間の担当である二人に進めるよう促す。
 頼りにならない大人は放っておいて、勝手に準備運動をしておいてくれている一年生はよく出来ていると感じざるを得ない。彼らはストレッチをしながら、二人の先生から説明を聞いている。
 ごめん、声掛けてやれなくて、と反省しながら、仏頂面の建人くんに耳打ちする。
「多分組まされるやつ」
「ハァ……でしょうね」
「ななみ〜」
「「はい?」」
「佐山の方ね。慣らすのに一対一から野薔薇と組んで〜」
 おや、と思い片眉をあげる。釘崎さんが走りよってきて「よろしくお願いしまーす」と軽く頭を下げる。
「はい、よろしく」
 五条さんは「僕は次で加わるからね」と話を続ける。
「脱サラの方は」
「言い方」建人くんの息をするようなツッコミ。
「悠仁とペア、傑は恵と組んで二対二で手合わせしてね」
 その組み合わせはなんだか予想外だな、と少し笑えば「奈波との座を狙って頑張れ!」などと聞こえてくるでは無いか。
「はあ⁈」


「佐山先生も苦労するのね」
 もうそれはガチバトルではないのか、という激しさを見せている男子グループを横目に、私は釘崎さんと手合わせ中だ。
 彼女に竹刀で攻撃を与えていき、躱し方や力の分散の仕方を教えている。俊敏に動けているし、見える範囲の対応は私から見ると合格点以上だろう。担任がなんと言うかは知らないが。
「そうだね。ま、おしゃべりよりも集中ですよ」
 私へと伸びてくる釘崎さんの腕を竹刀で払って、その下をくぐりぬけながら、注意が疎かになった軸足を蹴りで払う。

「わっ!」

 ぽす、と転けかけた彼女を腕で受け止めて立たせる。体術訓練だから仕方ないとはいえ、準備段階で砂まみれは嫌だろう。
「スマート……」
 胸元を手で抑えてそういうのがおかしくて、笑いが漏れる。
「あはは、釘崎さんはもうちょっと防御とか受身の鍛錬をした方がいいかもね。ぶっ飛ばされるなんてざらにあるし」
「はーい……っていうか、佐山先生はいつもヒールなの?」
 私の足元を見て目を輝かせている。こういうの好きなのかな、と話に乗っかる。あっちがまだ終わらないようだし、休憩ついでだ。
「うん、仕込みブーツってやつだからね」
 す、とソールに隠した刃を出してみせる。
「こんな感じ」
「うっそ、やっば。十センチはある?」
「んー、これは七センチかな。一番脚が綺麗に見えるし、テンション上がるし、馴れたら大したことないですよ」
「かっこいい〜!! 走りやすい靴教えて欲しいです!」



 一方その頃。
「あーあ、また奈波がファン増やしてるよ……」
 きゃいきゃい、とファッショントークで盛り上がっている二人を五条が脇目に捉える。別の方では熱線を繰り広げている四人、というより置いてけぼりになった虎杖と伏黒が五条を呼ぶ。
「ごじょーせんせー! 全然終わる気配ないんだけどー!」と、虎杖はブンブン両手を振っている。
「この人ら、体力化け物かよ……」
 伏黒はすでに息が上がっているようで、膝に手をついていた。
 彼らの背後では戦線離脱している生徒に気付いて終わりたい七海と、興が乗ってきて後輩いじりに精が出る夏油が顔を合わせている。
「奈波の隣はここ数年は私の定位置だからね」
「そうですか。でも彼女の動きを最も把握しているのは同級生である私です」
「そんなこと、私も分かるさ」
「……夏油さんとは六割の労力でやっていたと聞きますが?」
「ふふ、ほんとにやりたいようだね」
「しょうもないのでやめたいです」
 夏油と七海、火花が飛び散りそうなそこに、笑いながら五条が間に入る。
「はい! めっちゃ面白いけど、そこまでね!」
「もうジャンケンで決めたらどうですか?」
 いつの間にかやって来ていた佐山が苦笑いを向けている。子供じゃないんだから、と付け足した彼女の言葉を聞いて、夏油は構えていた腕を下ろした。
「奈波が言うんなら仕方ないね」
「ほんとにこの人は……」
 呆れて溜息をつく七海は服についた土埃を払っている。

「ほら、ささっさとしましょう。せーの、ジャンケン……」


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おーっと、その前に!
Super Pretty Looking Teacher 五条☆悟からルール説明だよ!
耳の穴かっぽじってよぉぉ……く聴くこと!

今回の団体戦演習は、呪術高専式鬼ごっこだよ!
ルールは至ってシンプル。
背中に付けた「おなまえシール」を取ったら勝ち、取られたら負けだ。
制限時間は十分。

領域展開や殺傷の恐れがある行為はもちろん禁止!
生徒チームは、禁止事項以外は何でもしていいよ〜。
教師チームは術式禁止だけど、小道具は使ってよしッ!

え? 僕? ヤダなー、無下限は使わないに決まってるじゃーん。

ここまで確認できた?
じゃ、気を取り直してゲームを始めよう!














みんな大好き分岐点!

グー  → 「団体演習@」
チョキ → 「団体演習A」
パー  → 「団体演習B」







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「団体戦演習@」

<一年生 vs 担任+ナナミンズ>


「これさ、後で雄くんが聞いたら『なんで呼んでくれなかったんですか!』とか言いそうじゃない?」
 渡されたシールに平仮名で書かれた名前。「ななみけんと」と書かれたものを背中にペタンと貼ってやって、笑いをこらえる佐山。子供向けの黄色いキャラクターのシールがやけに可愛い。しかも妙に色味が合っているのがいい。
「……そうですね」
 虚無顔になっているのも余計面白いのだが、と佐山は自分の背中にもシールを貼ってもらった。
「よーし、僕も本気出し」
「さすがにダメですよ、生徒相手に本気は」
「奈波は甘いね。君は本気出しなよ? あの子たちマジで来るから」
「はあ……」
「一年ズ〜! 殺さなきゃ何使ってもいいからね〜! 全力で来い!」
「また物騒な」
 独り言のように言った七海に佐山は頷く。しかし、釘崎は先程のことから何だか燃えているようだし、虎杖は術師たちと手合わせできるということ自体にワクワクしているようだし、伏黒からは担任に、日頃の不満を込めて全力でぶつかってやろうという気概を感じる。
「なるほどねー……」
 佐山は、確かに「マジで来る」ということはわからなくもない。とはいえ経験・階級差もあるので、全力に見えるくらいの程々で相手するのがベスト、とナナミンズは導き出した。両者ともに、子供にはとても甘いのであった。
「五条さん無視で動きましょうか」
「そうだね」

 ジャンケンで負けた夏油が、今まさに呪霊を取り出さんとするほどの不満顔でホイッスルを鳴らすと開始。

「うわ、はや」
 ビュン、と音がするほどの速度で走る虎杖に、佐山は目を丸くする。これは先にシールを取ってしまうか逃げ切るかだ、と七海に目線で伝える。頷き合って二人は左右に分かれて走る。
「伏黒! そっち!」
「玉犬ッ!」
「何でもって、それもあり?!」
 佐山は二匹の犬に追われながら抗議するように声をあげる。
「もちろん!」
 笑いながら軽く走っている五条は、「先生速すぎ!!」と虎杖に追いかけられている。
「もらった!」
 釘崎は方向転換した佐山の目の前に現れるも、佐山が跳躍し、急停止できずに玉犬が釘崎の足元で止まる。
「なッ?!」
 佐山は微笑み、余裕というように背中をみせる。「さやま ななみ」のかわいいシールが見えて駆け出そうとしたが、
「まだまだですね」
 釘崎の背後にはすでに七海がいたのだ。その手には背についていたはずのピンク色のシール。
「あんた達任せたわよ!!」
 階段に腰を下ろして休憩する釘崎をちらりと見ると、虎杖は後方から迫る影に飛び上がった。
「もうリタイアかよ! っぎゃー! ナナミンきた!!」
「虎杖くん、私ばかりに気を取られてはいけませんよ」
 七海の言葉に虎杖が別の方向を向いた瞬間、佐山の足がすっと、足元を払うように伸びてくる。
「こんな風に来るかもしれないからね」
「佐山先生こわっ!」とその上を飛び越えたが、その拍子に背中に軽い感覚。
「そして背後に注意です」
 佐山が立てた人差し指には、犬と猫のキャラが書かれた「いたどりゆうじ」の名前シール。
「えっ、まじか!」
 とぼとぼ、と肩を落として端で座っている釘崎のところへ行く虎杖。
「早すぎんだよ」「釘崎もだろ〜!」
 という脱落組の様子を見て、佐山と七海はまたも目を合わせる。
「あとは五条さんに」
「そうだね」
 残された伏黒を大人三人で追いかけるのは流石に可哀想だ、と出来た大人のナナミンズはさっさと退散するのだった。
「恵ぃ〜ラストだよ〜? もっと頑張って走れ〜」
「あんたに言われたくねえ!」
 最後は伏黒と五条、その後ろを式神が続く追いかけっこをみんなで見守った。









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「団体戦演習A」

<一年生 vs 担任+呪霊ハンターズ>


「特級二人て!」
 という虎杖の悲鳴に伏黒と釘崎も大きく頷く。一年は運動場の北側、教師陣は南側からスタートする。
「……佐山先生をメインで狙うか」
「そうね。ただあの人の足技に気をつけなきゃ死ぬほど痛い」
 一年生たちの様子を見て、「お、作戦会議してるね〜いいねえ!」と五条は機嫌よく独り言を言う。夏油も微笑んで、隣で無表情に徹している佐山に声をかけた。
「私たちもする?」
「しませんよ」
 ため息をついた彼女の脳内では、この時間やるはずだった仕事の段取りが進んでいた。

 はじめの合図として、「なんでまだここにいなきゃいけないのか」という顔で、面倒くさそうに立っている七海が気の抜けたホイッスルを鳴らした。

 ひとまず向こう側に行くか、と走り出した佐山は違和感に眉を顰める。
「夏油さん」
 呼びかけられて、にっこりと顔を向ける夏油。
「なんだい、奈波」
「近いんですけど」
 見上げると、佐山は自分の背中に添えられた夏油の手をちょい、と後ろ手に竹刀でつつく。
「「「夏油先生それはずるい」」」
 一年生たちが運動場の反対側から叫んでいる。南側へと向かっていた虎杖と釘崎は、特級がついている状態の佐山に気づいて、彼らの一度ブレーキをかけているし、伏黒は構えて鵺を出しているところだったが、教師の行動に本人は呆れを隠そうともしない。
「過保護かよ」
「伏黒くんもっと言っていいよー」
 佐山は動きづらいというふうに夏油から距離を取る。
「ひどいじゃないか、奈波。君すぐ後ろ取られるんだから、サポートしようと思っていたんだよ?」
「夏油さん、そういうところですよ」
 本日何度目かのため息をついて、奈波は「ほら、大人気ないんで離れてください」と別の方向へと走り出す。
「あれじゃどっちが鬼ごっこか分かんないね〜」
 と五条が可笑しそうに同期と後輩を見て、虎杖に語りかける。
「え、うわ、先生いつの間に来たん?!」
 突然現れた担任に驚いて距離をとる虎杖と五条が、砂埃をあげながらの鬼ごっこを開始した。
「悠仁、もっと本気で走れるでしょ〜」
「おれ! いま! じゅーぶん! ほんき!」
 悲鳴を上げながら担任に追いかけられている虎杖の様子を認めると、伏黒と釘崎は顔を見合わせる。
「虎杖も引っ張ってくればよかったか?」
「馬鹿か。それよりもあの二人でしょうが。私は佐山先生の方行くから、あんたは夏油先生頼むわよ。あの目隠しは無視で」
「はあ……鵺、いけ」
 佐山から夏油を引き剥がすために、伏黒は二人に向かって式神を送る。釘崎は、佐山の方向へと金槌を構えたまま走っていく。
「あッ! 奈波気をつけて!」
 鵺に追いかけられながらも、至って余裕の表情で佐山に声をかけている夏油は、前方に回り込んだ伏黒に気がつくと、いつもの胡散臭そうな笑みを向ける。
「いい式神だね」
「どうも」
 ばちばちと目線で火花を散らす夏油と伏黒を他所に、佐山を追いかけていく釘崎。足元にいくつも釘を撃ち込まれながらもうまく避けている。
「はいはーい、大丈夫ですって、…よっ」
 ヒールを狙って撃たれたのに気付き、跳躍し、竹刀を支えに着地。
「だと思った!」
 と釘崎が打ち込んだ五寸釘が竹刀を折る。
「おっと」
 バランスを崩した佐山が手をついて着地すると、背中に手を伸ばす釘崎。
「私の勝ち…」
「まだまだ」
 体制を変えて、釘崎の足を払おうとすると、ぴたりと二人の動きが止まった。
「「あれ?」」
 そう声を出したのは佐山と釘崎の両方で。
「だから言っただろう? 後ろすぐ取られるって」
 右手に佐山を抱き上げて、左手に釘崎のシール。
「マジで引くわ……」
「降ろしてください」
 二人分の冷たい視線を受けながらも、夏油はニコニコとしている。
「もうこの人たちなんなんだ……」
 自分の目の前から消えていた教師を呆然と見ながら、伏黒がつぶやく。
「伏黒ー! 後ろー!」
 いつの間にかシールを取られて離脱していた虎杖の声に伏黒が振り向くと、急に近づいた気配に鳥肌がたつ。
「あ」
 一年生にほっとかれて不貞腐れた最強が、猫みたいに伏黒の首根っこを掴んだ。



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「団体戦演習B」


<一年生+奈波 vs 最強タッグ+脱サラ呪術師>

「私が勝っちゃった」
 なぜかジャンケンに参加している佐山。開いた手を見て笑っている。しかも一人勝ちである。
「「なんで?!?!」」
 夏油と七海は叫ぶ。
「何となく?」
「アハハ! 最高だね! じゃ、奈波は生徒と組んでね」
 首を傾げた佐山に五条は爆笑している。
「奈波〜、面白いだろうから見に来た」
 休憩がてら野次を飛ばしに来た家入がひらりと手を振る。手を振りかえす佐山だけを眼中に、男性陣はフル無視である。
「んじゃ、硝子が審判ね。はい、タイマーとホイッスル」
 半ば無理やり五条に押し付けられている家入と苦笑を交わすと、佐山は生徒たちの方へと歩み寄る。
「よし、みんな頑張りましょう」
「おう!」
「先生たちぶっ潰しましょー!」
 意気揚々と声を上げる虎杖と釘崎に、佐山は目を細めて頷いている。
「佐山先生、どんな感じで動きますか?」
 伏黒の問いかけに肩をすくめる。
「君たちのための授業だし、私はサポート役だと思ってくれたらいいよ。何かいい案がありますか?」
 それに、一年生三人は考え込むように数秒考えると、釘崎と伏黒が幾らか案を出した。
「あと、虎杖は囮になれ」
 びしっと指さした釘崎に、指された本人と佐山は目を丸くし首を傾げる。
「えっ、どゆこと……?」


 生徒たちと佐山があれこれと作戦会議をしている様子を、遠くからぼんやり見ている教師陣と無理やり付き合わされている七海。
「あの光景癒されるよね」
 と五条が目隠しをずらして、眩しそうに目を細める。他の二人は無言ながらも同意すると言うように一度頷いた。「あの子のことになるとこいつらは……」と家入から冷え冷えとした視線を受けているとも知らず。
「こんなはずじゃなかったんだけどな」
「お前の日頃の行いでしょ」
「……帰っていいですか」
 七海の長いため息が吐き出されると、虎杖が教師たちに向かって
「先生たち! 始めよー!」
 と叫んだ。

 家入がホイッスルを鳴らすと、一年生は散り散りに走り出し、佐山はのんびり、てけてけ歩いている。

「あっれ、野薔薇もずいぶん余裕な感じだね」
「作戦があるんですぅー!」
 釘崎は五条に追いかけられながら、五条は背中を玉犬に狙われながら走っている。

「伏黒くん、あの人たちに不満があればしっかり言うように」
 仕方なくだが、なんだかんだ付き合ってくれている七海と対峙している伏黒は、軽く頭を下げる。
「七海さん、ほんとすみません。でも、まあ、いい鍛錬になるんで」

 背中を取られるまい、と夏油に必死の形相で応戦する虎杖。耐えきれずに、生徒の様子を伺っていた教師の名を呼ぶ。
「佐山せんせー!」
 待ってましたとばかりに、佐山は竹刀を持って虎杖の援護にやってくる。
「ふふ、奈波が来たからって、私のシールは剥がせないよ」
 夏油と対峙していた虎杖が佐山と位置を代わる。虎杖はなんとかして背中に触れようとするが、流れるように払われていく攻撃。
 佐山が竹刀で攻撃を受けると、夏油は動きを止めた。ピシリ、と急速に氷漬けにされたように。
「私と可愛い生徒たちに、そんなことするんですか?」
 きゅるるん、と効果音でも出そうな上目遣い。やってる本人の肩はプルプルと震えて今にも笑いそうだが、夏油にはそんなことよりも佐山の行動に驚愕している。普段は落ち着いていて、言うなればクールなタイプの彼女が、全面に愛らしさを出して来ているのだ。しかもこの自分に対して。
 夏油傑の全身が歓喜に震えている。この瞬間、(もちろんいつも素敵だが)有り得ないほどに可愛い奈波推しの姿を網膜に焼き付けずして、死んでなるものか。
「私が君に痛いことするはずないじゃないか……」
「夏油先生、実は騙されやすいん……?」
 若干、どころでなく引いている虎杖が背後にいる。手元には「げとう すぐる」のシール。
「やられた」
 夏油は肩をすくめると、再び、直立不動になった。茶目っ気たっぷりに、べ、と舌を出した佐山が走っていくのだ。夏油には宇宙が見えた。

「次はどっち行く?」
「先生は伏黒の援護? 俺は釘崎の方に行ってくんね!」
 戦線離脱した夏油を放って、佐山と虎杖は残された方へ走っていく。

「マジで、この人体力やべえ」
 練習時とは洒落にならないくらいだ、と伏黒は呼吸を整えつつ、七海の背後から来る佐山を確認する。
「伏黒くんも中々ですよ」
 手合わせをしているだけのように見えるのも、伏黒は練った作戦のために時間を稼いでいるためであり、かたや七海は伏黒がうまく回り込んできたらさっさとシールを剥がしてもらおうと思っているからである。その様子を見て、何やってんだか、と佐山は少し首を傾げ、七海の背後へと向かう足を早める。
「建人くん! 左ッ」
 切羽詰まった、鬼気迫る佐山の声に、七海は伏黒の相手をしていた手を止める。
 瞬間、七海の脳内によみがえる学生時代の存在した記憶。
 片腕と剣を真っ赤に染めた佐山が、戦闘不能になった灰原の前で撤退を叫ぶ。自分たちには太刀打ちできないあの呪霊を前にした時と、まるっきり同じ叫び声だった。
「ッ!」
 今はその時ではないと知っていながら、奥底に隠したはずの記憶に体は引きずられる。右によけて、佐山の声のする方へと向かおう足が少し向きそうになる。だが、「いや、今は鬼ごっこだ」と堪えるも、トン、と背中に感じる軽い衝撃。
「……あ」
「条件反射って怖いですよね」
 七海が振り返ると、してやったり、とニヒルな笑みを浮かべ、シールを剥がしていた伏黒。学生時代のようにピースサインをして「悪趣味でごめんねー!」と走っていく佐山の後ろ姿を眺めて、
「全く、あの人は……」
 とつぶやく七海の表情は呆れながらも、いつもより柔らかい。

「奈波ぃ〜、一年〜、やったれー」
 と気の抜けた応援をしている家入の後ろでは、まだぼんやり推しを眺めている夏油と、さっさと帰りたいと思いながらも同期を目で追う七海が突っ立っている。
「お前らもう離脱⁉︎ 弱いねー!」
「悟、うるさいよ。奈波の声が聞こえないじゃないか」
「こんな教師が居てたまるか……」
 七海のぼやきに家入は大きく頷いた。

「よし、残るは五条さんだね!」
 他二人が最強相手に奮闘しているところへと向かっていく伏黒の隣で、佐山が鼓舞するように叫ぶ。もしかして、この先生も楽しくなってきているのではないかという考えが伏黒の頭に浮かんだが、首を振って気にしないことにした。
「奈波の策なんて僕には通用しないよ〜?」
 三人に追いかけられながら、愉快さを隠しもせずに五条は軽やかに、虎杖を追って走っている。
「そんなの私も、この子達もわかってますよー」
 佐山がそう答えると、バテ始めてきた釘崎と一緒に足を止めた。伏黒も玉犬をしまって、失速する。三人の口元は僅かに微笑んでいた。
 後ろの追っ手が離れていく気配に気づきつつ、そろそろ終わらせようかな、と五条は目の前に見える虎杖のシールに手を伸ばす。
 が、寸手のところで虎杖が俯いたまま振り返る。

「……触れようなど思うな。この、痴れ者が」

 まさしく呪いの王の声と目付き。

「は?」

 五条がアイマスクを下ろし、六眼を見開いたその瞬間。

ピピーーーーーーッ!
「時間切れ〜」

 十分が経過したタイマーを掲げた家入をみて、一年生と佐山は顔を見合わせて吹き出した。

「「「最強討ち取ったりー!!」」」

「悠仁は芸人で、奈波は女優だったか…」
 とつぶやいた最強は両手を挙げて降参した。



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ゆかいな なかま たち!


佐山奈波
免許は二教科持っている。「資格は荷物にならないし」で取ったエネルギッシュな学生時代。生徒第一のスタイルから、すぐに子供たちと打ち解ける。連絡をちゃんとしてくれたら手伝うけど、次も突然になった場合はやらない。この授業のあと、ちゃっかり五条と夏油から高級グルメをゲットした。おなまえシールのキャラクターはくろみさま。「かわいいねー」

七海建人
翌日の任務の関係で寄ったら先輩に捕まって、なぜか授業の手伝いをさせられた。そしてなぜか(n回目)いる奈波には同情した。時間外手当はちゃんと出ていたので、まあいいか、と無駄に気疲れした。(単純に攻撃手段の相性がいいため)奈波との連携はバツグンだ! おなまえシールのキャラクターは、もちろん、ぷりん。「何ですか、これ」

夏油傑
普段の授業は悪ふざけ五条のストッパー。自分の職場環境改善のために、推しを召喚しようとしたら、親友のせいでちょっと失敗した。隙あらば、誰に対しても奈波担マウントをとってしまう。(基本的に奈波が後方支援だったため)奈波との連携はイマイチだ! おなまえシールのキャラクターは、きりみ。「何で私だけ魚?」

五条悟
学びの場でも遊び心を忘れない28歳児。寝不足の伊地知に作らせたシールのキャラクターは、しなもんくん。目隠しの後頭部に貼り付けていた。やばい(やばい)。

虎杖悠仁
ナナミンズかっけえ! シールに犬と猫がいて首をかしげた。「なんで俺だけキャラ二つなん?」

伏黒恵
佐山先生はちゃんと尊敬できる。×○のシールつけるのはちょっと恥ずかしかった。

釘崎野薔薇
佐山先生、すごいわ…! メロさまのシールで得意気。ヒールダッシュチャレンジ→転倒

二年生
自分たちも鬼ごっこやりたい! と補習そっちのけで教室の窓から見てた。乙骨が帰ってきたらやってもらう。

????
真似されて御立腹。




あとがき()
やりたいように書いたら暴走しました。あと、上のシールのキャラ割振りは、0のグッズ出る前に書いたのでちょっと違いやす🥺ゆるちて

Thanks for reading! xo
Henri





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un reve fraise