ひまわりの約束

「……どうして君が泣くんだ」

 ぼろぼろとみっともなく涙を流す姿に、僕は困惑を抱く。特に隠していたわけじゃない、けれど、わざわざ言う気もなかった封じ込めたはずの僕の過去。地脈の異常と、ファデュイによる思惑が重なり、偶然垣間見たもしもの世界――僕にとっては、かつては本当にあった出来事だ――に、ルリは静かに涙を零した。

「所詮はまやかしさ。現実で起きたわけじゃない」

 嘘だ。本当は起きたことだ。時を巻いて戻して、やり直したはずの世界。それでもなかったことにはならない、過ちの記憶。

「それとも……僕に失望したのか?」

 君なら、「藤哉くんはそんなことしない」とでも言うのだろうか。僕のことを愚直に信じる君なら、あるいはそうかもしれない。だが残念ながら、僕はそういうことをする奴だし、他にも人に言えないようなことをしてきた極悪人だ。ルリの思うような僕は、最初から……きっとどこにだっていない。
 今更になってそんな現実を突きつけることになるとは思わなかったけれど、せめて曖昧に返事をするくらいはしてやろうと思ったのに、君は――。

「ううん、ただ……悲しくて」
「悲しい? 君が……?」
「……きっと、私も、藤哉くんも……かな」

 それはどういう意味だろう。僕が言葉を待っていると、ルリはぽつりぽつりと話し出した。

「あの世界の藤哉くんは、ずっと寂しかったんだと思うの。ようやく出会えた素敵な人たちとも別れなくちゃいけなくて、裏切られたと勘違いして……ものすごく、悲しかったんだと思う」
「…………それで?」
「それで……それで、私は……藤哉くんにもう大丈夫だよって、抱きしめてあげたかったんだ」

 一人じゃないからね、って、抱きしめたかったのだと言うルリに、僕は何て言っていいのか、わからなかった。そうされる資格が僕にはなかったように思えて。僕の口から突いて出たのは、いつもの捻くれた憎まれ口にも似ていた。

「あの世界にいた僕に……そんな資格があると思うのか?」

 仕組まれたものだとしても、あの道を選んだのは紛れもない僕自身だ。そんな奴に、かけられる温情なんてものはどこにも――。

「資格とか、そういうのは、多分最初からいらないんだよ」
「……」
「私がそうしたいだけなの。藤哉くんが辛かったとき、悲しかったとき、寂しかったとき。私は……そこにいて、大丈夫だよって、いっぱいいっぱい、伝えたいんだ」

 あまりに彼女がボロボロと泣くものだから、これじゃあどちらが辛い思いをしたのかさえ分からなくなる。「どうしてそこまでするんだ」なんて、問いかけにさえ、君はまっすぐに向き合ってくる。

「だって、藤哉くんのことが私は大好きだから」

 盲目だと切り捨てるのは簡単で、けれど、その眩しい微笑みを振り払うには鮮烈過ぎた。
 まるで、昔稲妻で咲いているのを見たひまわりのようだと思う。ただひたすらに太陽を見つめ、眩しく咲き誇る。その瞳の向こうに映る人々の道を照らすかのように。
 くだらない戯言だと振り払うのは簡単だったはずだった。そうやって生きてきたはずなのに、君を見ていると、諦めたはずの穏やかな日々の記憶が呼び起こされるような気がする。
 ガラクタのように積もったそれを、いらないと切り捨ててきたはずなのに。君がそれらをひとつひとつ拾い集めて、また僕の前へと眩しい笑顔と共に差し出してくるから、僕は……少しだけ、弱くなったような気さえする。

「まったく、本当に君は……物好きだな」
「うーん、そうかなぁ?」
「君に自覚がなくても、そうなんだ」
「え……えへへ」

 伽藍洞な日々に、新しい色が混じる。鮮やかに色づいていく世界を、僕はまた風と共に歩んでいく。生憎だけど僕はひまわりになんてなれやしないし、誰かの光にだってなれないだろう。けれど、もし、僕に何かできるとするならば……君に降りかかる災厄を振り払うことくらいはできるだろう。君が僕のそばにいる限り、僕はそうしてやる。
 君が僕のために何かをするように、君のために僕は何ができるのか、時折ふと考えることがある。借りを作るのは好きじゃない。けれど、僕が何かをしようとしたところで、君はそれが何であっても充分だと笑うのだろう。それくらいは想像がついてしまって、逆に途方に暮れてしまう。
 どれだけ考えても、そばにいること。たったそれだけのことを何より喜ぶと分かってしまうから。そんなことだけで喜ぶなよと思うのに、困ったことに、僕自身もそれが悪くないと思ってしまっている。

 もし、もしも。僕たちの道がいつか分かたれる時が来たとして。それでも、いつか君とはその先のどこかで出会えるような気がするんだ。なんて、君が描く童話の影響を受けすぎたのかもしれないね。癪だから言ってはやらないけれど。それが悪くないと思う程度には、僕は……君のことが、きっと――。

 ひまわりが咲いている。藤の色を鮮やかに色づかせて。僕の道を、今日も明るく照らしていた。