ルリの場合

(大変なことになっちゃった……)

 目の前には、頭より高く積み上げられた分厚い本と、何だかすごく難しそうな論文が並んでる。私には何が何だか分からない内容ばかりで、見てるだけで目がぐるぐるしちゃう。
 え、えーっと、たしか、こっちの資料に計算の方法が載ってたはず……。藤哉くんがまとめてくれたメモとこっそりにらめっこをしながら、おそるおそるページを捲っていると、またボンッと音を立てて新しい本が積み上げられてしまった。

「笠っちさん! これも解析をお願いします!」
「え、あ……これ、全部……?」
「いえ! あとあちらの方にもまだ」

 う、うそ。まだあるの……!?
 えええっ、教令院に入るのが大変なのは知ってたけど、入った後もこんなに大変だなんて思ってなかったよぉ〜。藤哉くんたち、普段からこんなことしてるの……? む、無理……無理だよ藤哉くん……! 私に藤哉くんのフリなんてできっこないよぉ〜!

「な、なぜだろう……急にとんでもない罪悪感が……」
「ぼ、僕もだ……」
「無理もない……いきなり明日までにこの量の資料をまとめろなんていくらなんでも無茶ぶりだって。あの笠っちといえども猫の手の一つや二つ借りたくなるだろう……」

 わ、わからない……わからないよ、藤哉くん……。なぁに、この何とかの法則って……名前がたくさんあってどれをどこで使うのかよくわからない……。あ、よく見たら端っこに本の名前とページが書いてある……。えーっと、まずはこの慣性? の法則を当てはめて……次は元素エネルギー保存の法則を求める……っと。む? むむむ? 求め方は分かったけど……これ計算あってるのかなぁ。

「俺、あんな百面相してる笠っち見るの初めてかも」
「レアだレア」
「はは、むしろ揃って幻覚でもみてるのかもな」
「言えてる」

 知恵の殿堂に自由に入れるのは嬉しいけど、まさかこんな風に使うことになるなんて思わなかったなぁ。藤哉くん、必要になるだろうからってこのメモをくれたけど……ページの数まで暗記しちゃうくらい、藤哉くんも何度も読み返したりしたのかな……。

「笠っち〜! 助っ人に来たぞ〜!」

 そう言って大きく手を振りながらこっちにやって来るのは一人じゃなかった。

「おお……! 助かる! まさに救世主!!」
「ありがとう、ありがとう……!!」

 途端に賑やかになった光景に私は何て反応をしたらいいかわからなくて、必死でいつもの藤哉くんを頭に思い浮かべる。私は藤哉くん、私は藤哉くん、私は藤哉くん……!!

「んんっ、やぁ、ずいぶんおそかったじゃないか。まちくたびれたよ」
「? 何かカタコト気味じゃないか? どうした?」
「べ、べつに。なんでもないさ」

 あ、あわわっ、もしかしたら私、演技下手なのかもしれない! も、もし藤哉くんの中にいるのが藤哉くんじゃないってバレたりしたらどうしよう……!? こんなに忙しいときにこんなことになってるなんて言えないよぉ。それに藤哉くんにもなんて言われるか……ううっ、何だか呆れてるのが目に浮かぶような……。

「ま、いいや。これやればいいの? 一山持っていくな」
「! いいのかい?」
「いいもなにも、そのために課外活動の時間を早めに切り上げて帰って来たんだし。他の奴らだってそうさ」

 顎でくいっと促されて視線を向けると、他の所にも手伝いに来てくれてる人が思ったよりたくさんいるみたいだった。学生服をよく見てみると、因論派以外の紋章もある……他の学派の人たちにも声をかけてくれたのかな……?

「こんなにたくさん……」
「急に人手が必要になったって話したら、こうして集まってくれたんだ。これだけいりゃ大抵の問題はなんとかなるだろ」

 この感じなら何とか終わりそう。心強い助っ人が来てくれて本当によかったぁ〜。
 
「そうだね。専門家が揃ってるなら心強いよ」
「お、今日はやけに素直だな? はっはー、さては流石の因論派期待の新星もこの量を前に一致団結の精神を芽生えさせたのかな?」
「え、いや……まあ、そういうことにしておこうかな」

 い、いけない。気を抜くと本当に襤褸が出ちゃう……。藤哉くんが教令院の人と話してるところなんて見たことないし……どんな風に接したらいいのかわかんないよぉ。そんなに親しい人はいない、とは言ってたけど……本当、なのかな。

「なーんてな。本当はお前の力になりたいって集まってくれた人が大半なんだ」
「……え」
「ここにいる中で一つもお前に借りがない学生はいない。見覚えくらいあるんじゃないか?」

 そう言われて、改めてひとりひとりの顔を確認する。私は藤哉くんじゃないから、見覚えなんてなかったけれど、ここにいるすべての人たちが藤哉くんが助けたことのある人たちなんだって思うと、胸の辺りが何だか温かくなったような気がした。
 きっと、藤哉くんのことだから、自分が助けたなんて思ってないんだろうけど。私、分かる気がするな。だって藤哉くん、いつも周りのことよく見てるから。藤哉くんにとっては些細なことだとしても、そうやって助けてもらった側は案外覚えてるものなんだよね。そっか、そっかぁ。ここでも藤哉くんは、やっぱり藤哉くんなんだなぁ。
 藤哉くんならこんな時なんて返事をするかな。私の知ってる藤哉くんなら、きっと――。

「さぁね、忘れたよ。そんなこと。でもまぁ、今の状況は猫の手も借りたいくらいだ。その程度の働きくらいは期待してもいいんだろうね?」
「もちろん。ここにいる誰一人、猫に劣っちゃいないぜ」
「フン。ならそれでいい。早く終わらせるよ」
「お、いいね。その不敵な笑い方。まさに笠っちだ」

――ねえ、藤哉くん。藤哉くんになれてよかったって言ったら、呆れちゃうかな? 大変なこともあったけど、でも、それ以上に藤哉くんのことをもっと知れた気がして嬉しいんだ。なんて、ちょっと不謹慎かな。今日は帰ったらお話したいことがたくさんあるんだ。その中でも一番伝えたいのは、やっぱり……藤哉くんのお友だちは素敵な人ばかりだねってお話かな。
 そのためにも頑張らないとだね! よぉし、気合を入れてがんばるぞっと!