最近少しだけ、思うことがある。強がりというものは、案外外面に出るのだなと。そんな当たり前のことに、藤哉はようやく気付いたような気がした。
(見破るのは簡単だってのに……自分のことはこうもわからないものとはね)
すっと吐いた小さな毒は、口ほどに彼の心を蝕むことはなかった。受け入れるということは、最初だけが難しく、抵抗を抱くものではあるけれど、喉元を過ぎ去ればそうでもない。ただ、あれほどまでに感じていた苛立ちが、静かに溶けていくのをどこか他人事のように眺めていた。感情は遠く、穏やかだ。まるで砂漠に恵立つ、オアシスのように。さざなみ一つだって、起こせやしないだろう。
「? 藤哉くん、どうかした?」
「……ちょっと今までのことを振り返ってただけだよ。大したことはない」
「今までの……」
ルリの脳裏に浮かんだのは、藤哉が語ってくれた、家督を巡る過去のことだ。藤哉はそのことを遺恨として記憶しているようだっただけに、ルリの瞳に心配の色が浮かぶ。藤哉はそれに緩く首を振って否定した。
「君が思っているほど悲観的なものではないよ。言っただろう、大したことはないって。ただ、考えていただけだ。過去の僕は随分と肩肘を張って生きていたんだなって」
藤哉の言う通り、その声にも表情にも、無理をしているような印象はなかった。むしろ憑き物が落ちたかのように穏やかな表情をしている。きょとんとしたルリに、藤哉は更に言葉を重ねた。彼からはいつもより、柔らかい印象を受けた。
「自分を証明するために躍起になりすぎていたんだと思う。僕は証明できなければそれらに価値はないと思っていた。でも、そうでなくても受け入れてもらえることに、僕はようやく気付くことが出来た」
思い返せば自分はろくなことをルリにしてこなかったなと思う。調律者を道具として扱う、典型的な異能力者だった。日常的な暴力がないだけまだマシだとか言いながら、常に圧力を与えていたのは言うまでもない。本当にルリがどうして自分を好きになってくれたのか不思議なくらいだった。
「君のおかげだよ。ルリ、君が僕に愛を教えたんだ」
「藤哉くん……」
それが結果的に爆発的な能力を手にすることになるとは夢にも思わなかったけれど。いざこうしてかつて渇望したものを全て手に入れても、それらに価値はとっくに感じなくなっていた。今なら少しだけ、エースだなんだと持て囃されていた彼らの苦労が分かる気がした。
「まったく、ようやく君のありがたみが分かるようになったっていうのに……忙し過ぎて旅行はおろか、満足にデートすらできないなんてどうかしてる……即刻上に掛け合うべきだな」
「と、藤哉くん……」
先ほどの穏やかな表情からは一変、呪詛を吐くような勢いで目の前の書類を睨みつける藤哉に、ルリはあわあわと口を動かした。大分参っているらしい。それもそうだ、職位や実力に応じて振り分けられる任務は容赦がない。安定した異能を使用できるほど、調律者と良好な関係を築けている契約者も数が少ないのもあり、日夜山のように仕事がなだれ込んできていた。
「君ももう少し不満を口にしてくれてもいいんだよ。あのお嬢さんの振り回しっぷりをさんざん見てきただろう? 以前は僕も何て手のかかる女だと彼に同情していたけれど、蓋を開けてみればこれだ。あれくらい手を焼かせるくらいでちょうどいい」
「え、えっと……それってもしかして……もっと甘えてほしいってこと……?」
「……そう聞こえたならそうなんじゃない? 別にあれくらい僕だって叶えてやる甲斐性はあるつもりだけど」
そう口にした藤哉の顔は、少しだけ赤かった。最近分かったことがある。彼が妙に饒舌な時や、理屈を並べ立てる時は、何かを期待しているときなんだって。素直じゃない彼の、素直な感情がじわりと、ルリの胸に伝わってくる。
「じゃあ、そうだなぁ……私、藤哉くんの作ったご飯がお腹いっぱい食べたいな!」
「……それじゃあいつもと変わらないんじゃないの」
「そうかなぁ? 昨日は美味しい煮つけのお魚だったし、一昨日は分厚いお肉で……その前は……」
「わかったわかった。今日もまた君が知らない料理を作るとしよう。君が食べたことのない料理がこの世になくなるくらいにね」
苦笑を零す藤哉に、ルリはやったぁと大喜びで藤哉に抱き着く。まったく、安上がりというかなんというか。もっといろいろなことを強請って困らせてくれて構わないと思うのに、ルリにとってはこれで十分なのだからままならないものだ。
まさか、恋人にわがままを言ってもらえなくて困っている、だなんて思う日が来るとは。本当に人生とはわからないものだ。
とにもかくにも、今日の夕飯はいつもより手間をかけるとしようか。僕以外の人が作った料理が味気ないと感じるくらいに。そのためにも早く仕事を終わらせようと、机の上に山積みとなった書類を手に取るのだった。