世界任務 女主人公ver.
解放条件「雨降らぬ森から始まる物語」クリア後に自動解放
雨歌の池で開かれたジャンプコンテストは、ただのコンテストではなく、高い塔の上に閉じ込められたプリンセスを助け出すための守護者を決める、栄誉と重責のある選抜試験であった。
そのコンテストで最も期待された優勝候補者、フロベールはその期待に押しつぶされたのか、強靭な後ろ脚の筋肉が思うように動かないまま、優勝候補には似つかわしくない成績で、一位のエスタンプに大差をつけられ、負けてしまった。
けれど、この結果に意を唱えたのもまた、エスタンプであった。彼は語る。最も秀でたカエルが誰なのかなんて、この池の全てのカエルが知っていることだと。自らがチャンピオンであることを否定したエスタンプの申し出により、フロベールには二度目の機会が与えられたものの、彼はそれを断るのだった。
「フロベールくん、元気を出して。さっきは失敗しちゃったかもだけど、次はきっと大丈夫だよ!」
「俺のことは放っておいてくれ、親切なウサギさん。この通り、俺は負けたんだ。次の機会なんてないよ。仮にあったとしても、同じ結果になるだけだ」
「フロベールくん……」
にべもなく突っぱねるフロベールにウサギ耳のカチューシャをした少女は眉を下げる。取り付くハスの葉もないとはこのことだ。
何て言葉をかけたらいいのか少女が迷っていると、そこにエスタンプと第一審査員のホレロウと共に旅人とパイモンがやってくる。
「ここにいたんだな。ってあれ……ルリ!? おまえもここに来てたのか!?」
「え。わぁ……! 旅人ちゃんにパイモンちゃん! 偶然だね〜!」
この摩訶不思議な世界、シムランカに来ていたのは最初に会ったニィロウだけではないらしい。久しぶりの再会にきゃっきゃっとはしゃぐルリの頭にウサギの耳のようなカチューシャがあったため、パイモンは両手を広げてやれやれとでもいうように口を開いた。
「妖精の次はウサギか……何なんだろうな、この世界」
「不思議だよね〜。まるで絵本の中に飛び込んだみたいで、色んなことが新鮮なんだぁ。あ、紹介するね。彼はフロベールくん。ここで最初に出来たお友達なの」
ね、とにっこり笑うルリを僅かに振り返ったフロベールは「……どうも」と短く返事をしたっきり、再び視線を戻してしまった。クールというより、人見知りといったような反応は、彼の自信のなさをよく感じさせる。
ホレロウがせっかく与えた二度目の機会も、理路整然と特例を作るわけにはいかないと説き伏せてしまい、誰もが納得のいかない結果で終わるかと一度は思われた。
「でも、まだ会場に残ってたんだね」
旅人が投げかけた言葉にフロベールは反応を示す。
「……客人よ、それはどういう意味だ?」
「ここは会場を見渡すのにちょうどいい場所。本当に投げ出す気ならここにいないはず」
「そう言われてみれば……たしかにそうだな! ここからだとジャンプコンテストの会場がよく見えるぜ!」
フロベールが眺めていた視線の先。ジャンプコンテスト会場に未練がないとは誰も思わなかった。彼の強靭な後ろ脚は今は翼を失くしたように項垂れているが、エスタンプは、雨歌の池のカエルたちは、その後ろ脚がどれほどキレるのかよく知っている。
ここに来てフロベールと親交を持ったルリはやっぱりこのままでいいはずがないと彼を元気づけた。
「まだ何も終わってないよ、フロベールくん! 自分を信じて。フロベールくんならできるよ!」
フロベールはルリの真っ直ぐな眼差しを暫し見つめると、まるで眩しくて敵わないとでもいうように視線を逸らす。僅かな沈黙の後、彼は首を横に振った。
「この話はもうしたくない。俺ははっきりと答えた……すまないな、エスタンプ、ウサギさん。それに二人の客人も」
「あっ、フロベールくん!」
ぴょんっと大きく飛躍した彼は身軽にハスの葉を渡って遠ざかっていく。話はまだ終わっていないと追いかける旅人たちと一緒にルリもフロベールを追いかけた。
途中やっとの思いで追いつくも、フロベールはまたしても「ノー」を突きつけ、ろくに話ができないまま、またも逃げられてしまう。
パズルのピースをはめていくように、フロベールの断片的な話の欠片を集めた結果、どうやらフロベールはミスを気にしてそれから何もかもが上手くいかなくなってしまったらしい。再び追いついた旅人たちは、必死になって説得を試みた。
「どんなカエルだってミスをする。乗り越えればいい!」
「そうだよ! 私も今までたくさんたくさん失敗したけど。でも、諦めなかったらできるようになったこともあるんだ」
決して軽い気持ちで口にしているわけでもない。自分には使えないと思って諦めかけた妖術もそうやって使えるようになったものだから。だからフロベールも諦めないで欲しいという思いは、まだ、フロベールには届かなかった。
彼は池の水より深い、暗闇の中にいたままだ。
「君たちは分かってない。俺だって最初は……ミスなんて明け方に頭に降ってくる露玉みたいなもので、そんなものにカエルが打ちのめされることはないと思ってた。でも違ったんだ。ミスは露玉じゃなくて、池の底の小石、水底に斜めに刺さった枯れ木、ヘドロの湧き出し口なのさ」
それを見ない振りをすることはできるけれど、解決にはならない。ミスは引っ込むことなく、絶えず産声を上げ、威を振るう機会をずっと伺っているのだとフロベールは語る。
今やフロベールは花びらを一つ残さずもぎ取られたハスの花托だった。自分に思い責任は背負えないと臆病風がびゅうびゅうとぽっかりと開いた穴に吹き荒ぶ。
「君には再ジャンプのチャンスがある」
「そ、そうだぞ。実力を証明するチャンスはまだあるんだ」
「……もう二度と失敗を味わいたくない。俺の水かきも心も、もはや……」
「フロベールくん……」
何と声をかけよう。そう思った時、みんなが乗っていたハスの葉が急に動き出した。通常、ハスの葉は固定されているそうだが、この葉は止まることを知らず、川の流れに向かって徐々にスピードを上げて流れていく。
止まりそうもない気配に、フロベールはハスの葉の操縦を決めると、旅人たちにしっかり掴まるよう注意を促した。
「うわぁ! ハスの葉がぐらぐらしてる。こ、このままじゃ……ひっくり返っちゃうぞ!」
「あっ! 水柱が!」
「気を付けろ! ハスの葉は衝撃に弱い!」
ハスの葉を操縦するフロベールをサポートするように、旅人が水柱を下ろしていく。それでも急な河口の流れを止めることは出来ず、ハスの葉は加速する一方だった。
そんな中、みんなを不安にさせまいと思ったのか、フロベールの声が響き渡る。
「……し、心配するな! このコースは短い。このまま進めばハスの葉を止めてくれるカエルがいるはず!」
フロベールの言う通り、一度大きめにハスの葉がジャンプすると、水の流れが落ち着いた。ゆっくりと進むハスの葉にパイモンとルリは安堵の息を零した。
「ふぅ……これで終わりか。ちょっとスリリングだったな。おまえがいてよかったぜ」
「おかげで助かったよ〜、フロベールくん」
「以前ここで練習したことがあったから、多少慣れていたんだ」
だから大したことはないとでもいうようなフロベールだったが、陸地にホレロウとエスタンプがいるのに気づく。二匹に止めてもらおうと声をかけたいところだったが、何やら様子がおかしかった。
「くっ! またハスの葉にぶつかった!」
二匹揃って前方のハスの葉に飛び乗ったホレロウとエスタンプは、元々乗っていたハスの葉をフロベールたちの乗ったハスの葉にぶつけ、進路を無理やり変更させたようだった。
しばらく上陸できそうにないルートにフロベールは「しばらくは上陸できそうにないようだ……」と沈んだ声を零した。
「よし……こうだ……いや、そうじゃない! ……くっ、上手く操れない……」
焦燥を隠しきれないフロベールにパイモンが落ち着くよう声をかける。
「もっと力を抜いてやればいいと思うぞ! ハスの葉を操縦できるのは今おまえだけなんだし……このままじゃ、ホントにひっくり返っちゃうぞ!」
「そうそう。焦っちゃえば焦っちゃうほど実際より難しく感じるもん。大丈夫だよ、フロベールくん。いざとなったら、私が全員抱えてひとっ跳びするから! ……多分」
「ルリ〜! 多分は余計だぞ! 多分は!」
えへへと誤魔化すルリだったが、ちょっとだけ水辺なのが心配というのが正直なところだった。ハスの葉は大きいけれど、脆く頼りない。ルリが力いっぱい足のバネを使えば、きっと途中で破れてしまうだろう。陸に辿り着く前に池の中にドボンとなりそうで、ルリは「やっぱりフロベールくん、頑張って!」と応援することに切り替えたようだった。
「……ふぅ……大丈夫……俺ならいける……」
「流れが……どんどん速くなってないか?」
パイモンの言う通り、先程のルートよりも河の流れが速い。流星のように後ろへと流れていく景色にフロベールが意を決して声を上げた。
「……くっ、上手いこと操るしかない! こっからは任せろ! しっかり立っててくれ!」
「う、うんっ!」
緊迫した空気が奔る。肌に感じる風が冷たく、勢いを増していく。そしてその時はすぐにやってきた。
「うわぁ! 崖だ! このままじゃマズいぞ……ジャ、ジャンプだ!」
パイモンの声に合わせ、旅人が大きく風の翼を広げ、ルリも飛躍する。ハスの葉に乗ったまま、水を突っ切ったフロベールはというと、ハスの葉十枚分を優に超える見事なジャンプを成功させ、静かに陸に着地を決めていた。
「さあ、ご覧あれ! 不屈のフロベール、勇敢なるフロベール! もう一度跳ぶチャンスを握りしめた彼は、華麗なジャンプを決めました! なんという奇跡! この崖を飛び越えられる紙カエルは……彼だけでしょう!」
ホレロウの興奮したような声が雨歌の池に響き渡る。ホレロウの隣りでその瞬間を見届けたエスタンプはどこか誇らしそうに口にした。
「僕には分かってたよ、フロベール。あなたならできると信じてた」
「ハスの葉が急に動き出したのは君たちの仕業か?」
フロベールの言う通り、これはホレロウとエスタンプが出したアイデアだった。旅人たちにもルリにも知らされなかったそれはなかなかスリルがあったが、結果的に真の守護者を選出するに最も相応しい儀式となったのだった。
「さあ、フロベール。これでチャンピオンの称号を突っぱねる理由はなくなったね。今のジャンプをすべてのカエルが見てた」
「今のは偶然だ、一度きりの奇跡さ! 一度きりの……不安定で頼りないジャンプ。君たち三人がそばにいたから、跳べたのさ」
だからまた同じことはできないと後ろを向くフロベールに旅人たちは語り掛ける。
「俺たちは隣で漂流を楽しんでただけ」
「そうだぞ。オイラたちは隣で見てただけだぞ。上手くジャンプできたのは、おまえがすごい実力の持ち主だからだ」
「うんうん。最初から最後まで操縦して、跳んだのはフロベールくんだよ」
努力は無駄にはならなかった。紙カエルが口をそろえてすごいと褒めたたえるフロベールは、確かにすごいジャンプ力の持ち主だったのだから。みんなフロベールに跳ぶことを諦めて欲しくない気持ちは、明け方に頭に降ってくる澄んだ露玉みたいに一緒だった。
そして、フロベール自身も。跳ぶことを諦めてしまったわけでないことも、ハスの花弁を一枚一枚数えるよりも明白だった。
真のチャンピオンが新たな形で決まったことに、フロベールはエスタンプに負い目を感じたが、エスタンプはこれからもコンテストで競って行けること、そして今回は最も優秀な紙カエルにプリンセスをお迎えするという雨歌の池の責任がのしかかっていることを説いた。少しの間違いもあってはならない、重責にフロベールは厳かに頷いた。
こうして一先ず一件落着のように思われたが、旅人たちには疑問がのしかかっていた。
「ええと……さっきからプリンセスって言ってるよな。「プリンセスを迎える」とか「最も優秀なカエル」とか……もう準備は整ったわけだけど、そのプリンセスがどこにいるのかはわかってるのか?」
「あはは、それはもちろんですよ。これから我らが迎え、救い出すプリンセスは、ツル草と巨木でできた塔の上に住んでいます。最も勇敢でジャンプの上手なカエルだけが、いばらと謎の霧を抜けて、塔の頂上までジャンプできる――プリンセスを檻から救い出せるのです」
それは遥かな冒険だ。数多の苦難を切り抜け、塔の上に閉じ込められたプリンセスを救いに行く。勇者のような役目にルリはどこか色めき立った声を上げた。
「すごくロマンチックだねぇ。まるで童話みたい」
「そういわれると確かにそうだな」
御伽噺の最も盛り上がる瞬間に思いを馳せていると、旅人がふとプリンセスというものに心当たりを感じたようだった。それはパイモンも同じで、不思議そうにカエルたちを振り返る。
「そうそう、前にベルウインド王国に行ったとき、プリンセスに会ったよな! あいつは確かに高い高い塔の上にいて、守護者を選抜するための試験を管理してた。けど……あいつは自分で飛べるだろ。わざわざ迎えに行く必要なんてないと思うけど」
「それに、彼女は自分で守護者を選んでる……誰かを待っている様子じゃなかった……」
ここに来て明かされるわりと重要な情報に、ホレロウは大きな興味を示す。けれども旅人たちの話通りなら、プリンセスを救け出す必要がないということにも困惑しているようだった。
これ幸いと逃げようとするフロベールにエスタンプが容赦なく、露玉を的確に浴びせるように釘を刺すと、彼は実に冷静に事実を確認するためにも王国へ向かうべきだと進言した。
「ええ……そうですね。しかしおかしな話です……プリンセスは塔の上に住んでいるというのに、カエルの迎えが必要ないだなんて……エスタンプ、フロベール。プリンセスに話を聞きに行きましょう。お二人とも道案内をしていただけないでしょうか」
ホレロウの頼みを快く引き受けた旅人とパイモンに「私も一緒に行くよ」とルリが声をかける。かくして、この雨霧とハスの葉に覆われた奇妙な冒険は始まるのだった。
解放条件「森とプリンセス」「ハスの葉とチャンピオン」「星空の翔けた者たち」クリア後に自動解放
ベルウインド王国への案内を終え、所用を片づけていた旅人が再び戻ると、既にプリンセスたちは情報を整理した後のようだった。けれど不思議なことに、情報が集まれば集まるほど、まるでハスの葉が密集して池の中で身動きがとれなくなるように錯綜するばかりで、ちっとも解決には近づかなかった。
レリックはフロベールもまた、守護者としては認めてくれなかったようで、光ることはなく。物は試しとついでにルリも試してみたのだが、レリックは沈黙を保つのみで、状況は膠着したまま。それに奇妙なことに、彼らの持つそれぞれの物語は、まるでパズルそのものが別物であるかのように、絶妙にピースが重ならず、皆困惑を浮かべるしかなかった。
「……どう言えばいいのでしょうか。フロベールさんは確かに紛れもなくジャンプチャンピオンですが……ただ彼が受けた試練は、あくまで雨歌の池のジャンプコンテスト。チャンピオンと認められたのもあくまで組織委員会の宣言によるものです」
「プリンセス・シメストは確かに高い塔の上に住んでおられるし、その王国には一連の厳しい試練があるのも事実……でもプリンセスは明らかに閉じ込められていなかった。俺がジャンプして救い出す必要もない」
そして、その試練もまた、フロベールがどれだけジャンプの達人であろうとも、突破することはできないものだ。そもそもが紙カエル用に作られたものではないため、最初から無理難題と言えた。
王国の危機を救うため、レリックに認められる守護者を見つけることがプリンセス・シメストの使命であり、プリンセスを救うことがチャンピオンであるフロベールの責任だ。この二つの物語はよく似ていたが、細かなところがかみ合わず、結局は違う物語のように思えてならなかった。
「いったいどうすれば……もし我々も「使命」を果たせなかったら……」
王国の冷静な大臣であるサボーンが途方に暮れたように呟く。その呟きにパイモンとルリは顔を見合わせた。
「前々から「使命」がうんぬんって言ってるよな。フロベールも同じようなこと言ってたけど……それって一体何なんだ? 守護者やプリンセスが見つからないなら、探し続ければいいじゃんか? すぐには見つからなくても、ここがいきなりボンって爆発するわけじゃあるまいし」
パイモンの言葉にルリが「うんうん」と頷いていると、サボーンは「使命」こそが我々の王国の存在意義であり、王国を救う唯一の方法でもあると語る。ホレロウもまた、雨歌の池はどこにいるかも分からないプリンセスのために、絶えず代償を払い続けてきたのだと。
代々のチャンピオンは黙々と老いてゆき、代々の名手もまた、忘れ去られていく。プリンセス・シメストは勇敢な者が大志を抱いたまま、やむなく死んでゆく。これは王朝の衰退よりも残酷なことであると説き、フロベールもまた、沈黙の後にチャンピオンの責任を果たすことを改めて誓った。
同じハスの葉に乗った者たちは、それでも前進を続けるべく、新たな手掛かりを探そうと歩み出していた。
「いずれにせよ、今はこれほどの腕利きが揃っています……「幽談窟」の奥にも行けるでしょう」
「幽談窟……?」
初めて聞く場所の名にルリが首をかしげると、プリンセス・シメストが説明をしてくれる。プリンセス曰く、何の変哲もないところだというが、歴代のプリンセスが「答え」を求めた場所であると。けれど大臣らがいうには、その「答え」を求め、足を踏み入れたプリンセスたちは誰一人として帰ってこなかったという。
「え? 二度と帰って来なかったって、つまり……」
「彼女たちは消えてしまったの?」
「洞窟に食べられちゃった……!?」
その問いかけにもプリンセス・シメストは実に理知的で、冷静な答えを与える。
「真相を知るモモンガはいません。ですが、すぐに分かるでしょう」
――今からそこに向かうのだから。
プリンセス・シメストは実に高貴で崇高な精神と、偉大なる勇気を持っていた。心配する大臣たちの反対を押し切り、王国を救うため、幽談窟へと飛んで行ってしまった。その後を慌てて旅人たちも追いかけていくと、到着したその場所に旅人とパイモンは見覚えがあるのを感じた。そう、そこはプリンセス・シメストが以前、旅人たちを連れて来た場所だったのだ。
何の変哲もない場所、というものの、高く聳え立った扉は堅牢で、開く気配が露玉もせず、寂れたこの洞窟からは奇妙な声が木霊していた。
『……私はただの声、声は命ではない……』
『……矛盾こそ交わるもの。交わることこそ対話……』
「またしゃべった!?」
驚くものの、プリンセス・シメストは冷静にこの声はただ過去を嘆くだけだと伝える。その正体はいずれも消滅した王国のプリンセスかプリンスであることだ。彼らは王国を救う答えを得るためにここに来たが、いずれも徒労に終わり、哀しみ嘆くことしかできず、亡霊となってもその声は消えぬまま、ここに在るのだという。
王国の消滅の危機に、都合よく勇者が現れると期待するのは迂闊なことだ。けれども、黙って王国の衰退を見ているわけにはいかない。プリンス・シメストはプリンセスの責任を果たす為、最終的に幽談窟へと標的を絞ったのだった。
今までは大臣たちの心配を考慮して踏みとどまっていたプリンセス・シメストだが、今こそ幽談窟へと足を踏み入れる時だ。何せ、彼女はもう一匹ぽっちではない。衛兵でもある自らが定めた守護者と、優秀なチャンピオン。そして、勇気を持ったウサギがついているのだから。
「ねぇ、入る前に思ってた事があるんだけど……」
「どうしましたか?」
「旅人ちゃんとパイモンちゃんはプリンセスの衛兵で、フロベールくんも立派な雨歌の池のチャンピオンっていう立派な肩書があるけど……私は……?」
何となく流れでついてきたけれど、ルリは今のところウサギ耳が生えただけの客人であった。このままただのウサギとして、プリンセスたちにとって大きな意味のある場所に入り込んでもいいのだろうかという疑問は、パイモンにも思うところがあった。
「そうだよなぁ……おまえってば、綺良々みたいに長靴を履いてるわけでもないし。かといってウサギ≠チてだけじゃしっくりこないっていうか……ひょっとして、おまえもちゃんとした役職があるんじゃないか?」
「役職……?」
「それもそうですね。その佇まい、只者とは思えません。あなたにも何か重大な使命が隠されているのかもしれません」
プリンセス・シメストの肯定にルリは顎に指先を当ててうーん、と考える。自分にできることって何だろうって思っていると、フロベールが水かきをひょいっとあげて振った。
「何もそう考えこまなくてもいいと思う。本当に使命があるのなら、然るべき時にその道は開かれるはずさ。もしかしたらそれこそ、俺の代わりに君がジャンプするときがくるかもしれない。もちろん、俺は責任を果たすつもりだけど、紙カエルの範囲でなければ、俺も思うように跳べないからね」
ベルウインド王国に到着して、どんなにジャンプに優れていようと、突破不可能な地形を目にしたフロベールは冷静に推察した。責任を全うするといったように、フロベールのその鮮やかに着色された瞳には、強い信頼の色が伺えた。
「君はまるで、月を追うウサギみたいに闊達だ。その両脚だって、雨歌の池の歴代チャンピオンの逞しい後ろ脚にだって負けていない。だから俺は実のところほんの少し安心してるんだ。俺は君よりパワーはないけれど、君より繊細に跳ぶことができる。適材適所で行こう、友よ」
エスタンプならここで僕たちが一緒にいれば無敵だと水かきを合わせたかもしれない。慎重なフロベールにはそうやって言い切ることはできなかったが、自惚れない彼は、堅実に、それが可能であることをよく理解していた。ルリもその信頼を受け取り、「うんっ」と笑って頷くと、一同は幽談窟の固く閉じた扉を開けるため、仕掛けを解くのだった。
皆で協力して扉の仕掛けを解くと、中に入ってすぐの壁に文字が刻まれていた。そこには物語が記されていた。
『……自ら試練を設け、王国の中で守護者を待つプリンセス……』
それはプリンセス・シメストが王国の記録の中で読んだことのあるものだった。
伝説によると、その王国の守護者は結局いつまで経ってもやってくることはなく、王国の命運は尽き果てようとしていた。そこでシオーヤというプリンセスはある決断をすることにした。それは全国民を深い眠りにつかせ、塔を除くすべての王国の領土を封印するというものだ。そして、彼女はたったひとり、守護者を待つことにした。
結局シオーヤも守護者に会うことはなく、幽談窟を訪れ、他のプリンセスやプリンス同様、その後は行方知らずだという。
「このプリンセスは確かに勇敢です。でも、私は彼女のやり方を認めません。私から見れば、国民を眠らせ、王国を道の運命に任せてひたすら待つよりも――むしろ自ら進み出て、全国民に協力を呼びかけ、一緒に守護者を探したほうがいい。……そうすれば、最終的に不幸から逃れられなかったとしても、多少は心を落ち着けて、すべてのことに向き合えます」
王国を救う答えを求め、幽談窟にやってくる目的は同じでも、辿る道はこうも違う。プリンセス・シメストはここで答えを見つけられるのだろうか。物語の終着はまだ誰にも分からないままだ。
壁に刻まれた物語は、この一文で締めくくられる。
『物語はしきたり通りに繰り返されます。しかし、どの章にも自分の道があるべきです』
幽談窟の中は水気があり、草木は茂り、大きな穴が空いていて、下に下にと進んでいく必要があった。進んでいくと、また壁に文字が刻んであり、今度はそれにフロベールが驚いた反応を示した。
それは、雨歌の池の記録に名を遺したチャンピオン、シブレロの物語だ。翼を欲しがった紙カエルと、そのカエルに翼を与えた女神の話。
ハスの葉で作られた翼がトレードマークだった、ジャンプの名手。通称「飛翼のシブレロ」の物語だ。
「七連覇か……フロベールも、何度も優勝したって聞いたけど……」
「俺か? 俺も七回優勝した。エスタンプは六回だ。だが、絶対にこのチャンピオンにはかなわない! この先輩たちは何の経験もないところから手探りで進んだんだ。俺たちのような後輩がより高く跳べるようになったのは、こうした先輩たちの後に跳んだからだろう」
相変わらず謙虚なフロベールにパイモンがやれやれと肩を落とす。貶し癖はなかなかなおらないようだ。旅人がシブレロの行方を問いかけたが、フロベールは首を横に振り、雨歌の池の記録から姿を消したことを口にした。
「……プリンセスやプリンスたちと同じように、ある時を境にチャンピオンはこの世界から姿を消したのですね」
「そうみたいですね。やれやれ、この物語はいい予感がしない……」
そして、この物語も先ほどと同じ一文で締めくくられていた。
『物語はしきたり通りに繰り返されます。しかし、どの章にも自分の道があるべきです』
試練は続く。何度目かも分からぬ試練をクリアした先に、それはあった。
古びた原稿用紙。色褪せたインク。亡霊のように疲れ切った声を響かせるのは、まさにそれだった。
『またも紙カエルか……私と同じだな。無用のチャンピオン、虚しく費やす歳月、役に立たず老いて朽ちる翼……』
「あ、あなたはもしや……」
『私は蒸発した露玉。羽ばたいても飛べない翼さ。「シブレロ」という名は……もはや背負えない』
かつてのチャンピオンだった姿はそこにはなく、ただただ虚しく色褪せ、古びた原稿用紙だけがそこにある。シブレロが名乗ったことで、必然的にもう一つの声も誰のか明確になった。
「お会いできて光栄です。プリンス・「シオーヤ」」
『こちらこそお会いできて光栄です。もう一人の見知らぬプリンセス』
プリンセス・シメストとフロベールは二人に答えの在処を問うたが、返ってくるのは無意味な謎かけでしかなかった。
『待っている川などなく、ハスの葉は我々のために存在しているわけでもない。池にはチャンピオンもプリンセス・もいなかったのだ』
『「物語はしきたり通りに繰り返されます」。この無意味な期待。この繰り返しはいつになったら終わるのか……』
『待つのです、待ちましょう。ここに答えはなく、あるのは問題の中の問題だけです』
『章を書くべきペンは結局至らず、運命のインクはとうに乾き。守護者は現れず、ピリオドも打たれません。今この時も』
『「……その章にも自分の道があるべきです」。これは不可解な切望となってしまいます。道はいつ拓かれるのか……』
それらは迂遠な表現ながらも、何も言っていないのと同じことだ。彼らは答えを得ることは出来なかった。それが答えだろう。かつて鮮やかな色をしていたモモンガとカエルは、こうして古びた原稿用紙に姿を変えてなお、冒険を終えることができず、安息もまた、訪れないままなのだ。
「……いずれにしても、今結論を下すのはまだ早いでしょう。私たちはまだ試練を終えていないのですから」
「……そうですね。コンテストが終わる前から気を落としていては、話になりません」
「まずは試練をクリアしよう」
「うん! 私も手伝う!」
「おう! 元気出そうぜ。もしかしたら思いがけない収穫があるかもしれないしな!」
えいえいおーと片手を上げるルリとパイモンに、元気をもらったように旅人たちが頬を緩める。
最後の試練へと希望を膨らませ、最も難関な試練を力を合わせて突破するべく、各々位置についた。
フロベールの見事なジャンプが水柱を操作し、ルリのハンマーがぺたんとハスの葉を下ろす。パイモンが風向きをサポートし、プリンセス・シメストと息を合わせた旅人が慎重に輪を潜る。そうして苦労をして突破したものの、期待に反し、幽談窟は沈黙したままだった。
「これで、すべての試練を突破したんじゃないか?」
「試練は突破したけど……何も起きてないような……」
「……私が持ってきたレリックも、何の反応もありません……」
洞窟もレリックもただただ沈黙するだけで、手掛かりとはならなかった。
かつての英雄たちはただただ、待つことを呟く。待つことにこそ意義があると、懇々と説く原稿用紙にプリンセス・シメストはひとつの見解を見つけた。
「もしかしたら、彼らにも分からないのかもしれません。ですから……」
「彼らは今までずっと「待って」いた……」
「自分たちが……原稿用紙になってしまうまで……? そんな……」
帰る場所のない木霊となり果てた彼らは、空白の断章となり、ここでずっと待っている。何の変化も訪れず、消えかけの灯を静かに揺らがせたまま、ずっと、ずっと、いつかの奇跡を、ここで――。
「ふふっ……アハハハ! なるほどそうでしたか。やはりここに来て正解でした」
プリンセス・シメストの声が響き渡る。プリンセスは答えを見つけたようだった。
その答えこそが「幽談窟に答えはない」という、歴代のプリンスやプリンセスたちには受け入れがたい断章だとしても。プリンセス・シメストはそれを受け入れることをちっとも畏れなかった。
「実はここに来たとき、王国を救う方法を見つけるには、何か大きな代償が必要になるのではないかと心配していたんです。結局この『幽談窟』には、待つという言葉で自らを欺くだけの古い原稿用紙の山しかありませんでした。本当によかった、希望はまだあるようです」
プリンセス・シメストは前進する。たとえここに答えがなかろうとも。新たな地で、答えを探し出すために。
『……未来は未知であり、待つことに意義があるのです!』
「いいえ。未知にこそ意義があるのです、殿下」
いくら待っても、それはただ待っているだけに過ぎない。それではただ王国の衰退を眺めることしかできないだろう。プリンセス・シメストは守護者がやってこないのなら、自ら探し出しに行く。王国にいないのならば、世界各地へと飛び回ろう。
「もしこの世界に守護者がいないのなら、世界の外に探しに行きます……たとえ私の王国が最終的にピリオドを打たれてしまうとしても、そのペンがどのように落ちるかを見届けなくてはなりません」
その覚悟はとうにできているとプリンセス・シメストの瞳が理知に煌めく。力強く、直向きな、希望に満ちたその言葉に原稿用紙たちは反論した。
『なんと盲目で、うかつで、軽率な!』
『なんと無知で、浅はかで、忍耐がない!』
「なんとでも仰ってください。ですが皆様は先ほど『物語はしきたり通りに繰り返されます。しかし、どの章にも自分の道があるべきです』と仰っていました。皆様の道がここで根気よく待つことだとすれば、私の道は、前進を続けることです」
それこそが答えに続く道だとプリンセス・シメストは信じている。プリンセスの言葉にフロベールも思うところがあったのか、珍しく自らの道について口に出した。
「ええと……できれば、俺もプリンセスのお供をしたい……」
「おお! 急にやる気を出した!」
「結局……俺がプリンセスを助けて守護者を見つけられれば、それも「プリンセスを救う」ことになる。俺は雨歌の池のチャンピオンだ。雨歌の池のためにも、責務を全うしなければな……」
その申し出を喜んで受けたプリンセス・シメストと、フロベールが今後の話をしていると、不意にレリックから光が零れ出す。それにいち早く反応したパイモンが声を上げた。
「み、見ろ。レリックが……光り出したぞ!」
金平糖のような形をしたレリックは、星が流れるようにふわりと空へ昇っていく。光の道が旅人たちを導くように、身体を浮かせ、まるで彼らそのものが星になったかのように、浮遊した。
「飛んでる……!? あっ、それより! あのレリック、どうして急に光り出したんだ?」
「『……どの章にも自分の道があるべき……』とは、こういう意味だったんですね……」
「自分で道を見つけること……? それが、本当の試練だったの……?」
「なるほど。我々は自分だけのハスの葉を見つけて、それと共に漂流できるか……試されていたんだな」
守護者が現れなくても。プリンセスに出会えなくても。幽談窟に答えがなくても。限られた時間の中で、物語を終わらせず、道を開拓した者にレリックは応えたのだ。
「プリンセス! プリンセスだ! おーい!」
「見ろ! 我々のレリックが光っている! 守護者が現れたんだ!」
興奮したモモンガの声と共に、疲れから解放されたような声が響いた。
『前へ進むことは希望、立ち去ることは未来……終止符を打つよりも歩みを続けよう』
『話し合うことは勇気、繰り返すことは生存、追いかけることは意義……』
やっと答えを見つけた過去の英雄たちは、その答えを刻み付けるように見守っていた。
立派なハスの葉が視界に入り、雨歌の池を漂流する。カエルたちの興奮した声が辺りに木霊した。
「見ろ! 我らがチャンピオンじゃないか! おーい! フロベール!」
「チャンピオンさん、こっち見て! 水かきを振って!」
「ははははっ、チャンピオンさんが照れてるみたいだから、困らせないであげよう。気をつけてな、フロベール!」
恥ずかしがって縮こまるフロベールの様子に、パイモンたちがにこにこと笑っていると、彼らは自らの答えを探しに行くことにしたようだった。
『『物語はしきたり通りに繰り返されます。しかし、どの章にも自分の道があるべきです』』
『さようなら、自分の道を見つけられますように。さようなら……』
こうして、幽談窟のプリンスとプリンセス、そしてシブレロはようやく永い眠りについたのだった。きっと、それこそが自らの道を探す、最初の一歩だと信じて――。
解放条件「ハスの葉と森の答え」クリア後に自動解放
無事レリックに守護者として認められたことにより、王国の危機が去ったことで森は活気づき、結果的にプリンセスを救う形となっているチャンピオンの働きもあり、雨歌の池にも紙カエルたちの陽気な歌が響いていた。
誰がどう見ても一件落着となったこの物語だが、長いウサ耳のカチューシャをぴんと立たせたルリは、何かを思案するように、じっと遠くを見ていた。
「おーい、ルリ〜! こんなところでどうしたんだ?」
「あ、旅人ちゃんにパイモンちゃん!」
山の上で佇んでいたルリに声をかけたのは旅人とパイモンだった。二日ぶりに会うこともあり、あまり懐かしいとかいう感情は浮かんでこなかったが、二人の姿にどこかほっとした気持ちになるのは、やはり一人ではほんの少しだけ不安だったからだろう。
「実はね……幽談窟の原稿用紙のことなんだけど……」
「プリンセス・シオーヤとシブレロのことか?」
「うん」
木霊を響かせるだけの亡霊たちをルリはずっと案じていた。あの様子なら、ようやく解放されたとみるべきだろうが、彼らだった原稿用紙がそのままになっているかもしれないと思うと、ルリは何だか放っておくことができなかった。
「『物語はしきたり通りに繰り返されます。しかし、どの章にも自分の道があるべきです』……プリンセスも、プリンスも、シブレロさんも、きっと自分の道を探しに行ったんだって分かってはいるんだけど……どうしても気になっちゃって」
「ただの紙切れっていうにはちょっとな……うーん、そう言われるとオイラも気になってきたぞ……旅人」
パイモンが旅人を振り返ると、旅人も同じ気持ちだというように静かに頷いた。
「うん。一緒に幽談窟に行こうか」
「え、いいの?」
「もちろん! オイラたちも気になるしな! どうなってるか確認しに行こうぜ!」
「わぁ〜! ありがとう〜!」
そうと決まればさっそく行こうとパイモンが幽談窟までの道のりを先導する。旅人とルリが追い付くのはあっという間で、一度訪れたこともあってか、古びた原稿用紙が静かに散らばっていた奥地へはそう苦労することなく向かうことができた。
「あっ、あったぞ! 原稿用紙!」
「やっぱり、消えたわけじゃなかったんだ……」
ルリは原稿用紙をかき集めて束にすると、一枚一枚を読み込みながら捲っていく。プリンセス・シオーヤ、シブレロの物語から、他の名もなきプリンス、プリンセスの物語まで。待つことを選んだ彼らの原稿用紙は、やはり中途半端なところで終わっていた。
「……私、思うんだ。待つことを選んだ彼らも、間違いだったわけじゃないって……」
「ルリ……」
「彼らがここで待っててくれたから、ここに答えはないことが分かったし、何より……彼らが自分の責任や使命に一生懸命だったのは事実だもん」
その思いは誰一人として否定することはできない。目指した先は誰もが同じで、ただ、そこに至るまでの道のりや選択が違っただけ。それが運命の分岐路だとしても、ルリは彼らの気持ちだって尊重したかった。
「絵具みたいに、色鮮やかだった体がこんな風に古びた原稿用紙になるまで、彼らは諦めなかった。諦めないって、すっごく、大切なこと。私――ここにいたみんなの物語もハッピーエンドにしたい!」
まだ誰も知られざる物語。王国を救うため、プリンセスを救うため、勇気ある行動をした彼らに祝福の手を差し伸べることができたのなら、きっともっと、この物語は素敵になるだろう。ルリの願いを聞いた旅人とパイモンは大きく頷いた。
「おまえらしい願いだな。でも、具体的にどうすればいいんだ?」
「前にこの世界はとある人が書いた物語の中だって言ってたよね? 思うんだけど……新しい原稿用紙に続きの物語を書いちゃうってのはどうかな?」
「なるほど……いいんじゃないか? やってみる価値はありそうだぞ」
以前ニィロウが紙を折ってパティサラというネズミを作ったことがある。同じく祝福の力をつかうことができれば、それも夢ではないだろう。見えて来た希望にルリは明るい声を上げた。
「じゃ、じゃあ、そのインクと……そうだ、雨歌の池の露玉を混ぜるのってどうかな? 着色用のインクは発色が良すぎるから、字を書くには不向きなの。水で薄めるなら、せっかくだし馴染みのあるものを使えたらいいよね」
「シブレロの故郷だしな。いいと思うぜ!」
それじゃあ早速出発しようとパイモンが声をかける。希望に胸を膨らませた足取りは軽く、ぴょんぴょんと跳ねるように移動するルリの後ろ姿を、旅人たちは微笑ましく見守ると、このシムランカの始まりの地へと向かうのだった。
ルリたちが祝福の森に向かうと、アーモンドが歓迎してくれ、事情を話せば魔水――要するにインクのことだ――を快く分けてくれた。旅人やニィロウたちが来るまで、祝福の森も危機に晒されていたこともあり、アーモンドは実に親身になって、プリンセスたちの物語の完成を応援してくれたのだった。
順調にインクが手に入ったルリたちは、今度は雨歌の池へと向かう。せっかくだからと一番澄んだ露玉を作るハスの花托をホレロウに教えてもらおうとすると、ホレロウは暫し思案するそぶりをみせた。
「それでしたら……いや、でも、あそこは……」
「何だよ。妙に歯切れが悪いな?」
「すみません。思いつくところはあるのですが、あそこは並みの紙カエルが案内できるような場所ではないのです。それこそ、シブレロのようにハスの葉で作った翼を持っていれば違ったかもしれませんが……」
どうしたものかと項垂れるホレロウに、近くで話を聞いていたエスタンプが横から水かきをいれた。
「ホレロウさん。それなら僕が途中まで案内しよう」
「エスタンプ……だが……」
「何、心配はないさ。何せ彼らには紙カエルにも負けない強靭な脚と、立派な風の翼がある。プリンセスの手伝いで忙しいフロベールを除けば、雨歌の池で今一番ジャンプが上手いのは僕だ。十分、案内役は果たせるさ」
その申し出はまさに渡りにハスの葉であった。ホレロウから見ても、エスタンプならば目的地のすぐそこまでルリたちを案内できると信頼できる上、ルリたちの実力もとっくに把握済みだ。何不測のない旅に、それならばと折れるのはすぐだった。
「では、頼みましたよ、エスタンプ」
「よろしくね、エスタンプくん」
「ああ、任せてくれ。心優しい恩人たちよ」
エスタンプの案内のもと、ハスの葉の漂流や、岩をつたった川登りを経りながら、上へ上へと登っていく。以前、コンテスト会場が一望できる一等地にフロベールがいたが、それよりも遥かに高い場所へとエスタンプは案内を進めていた。
そうしてしばらくすると、ハスの葉を二十枚以上繋げた先、ここより高い場所に大きなハスの花托が佇んでいるのが見えた。
「見ての通り、僕が案内できるのはここまでだ。ここから先は君たちで行ってくれ。心配しなくても、目当ての露玉はこれを乗り越えたすぐそこにあるはずだ」
「おう。案内ありがとうな、エスタンプ!」
「お安い御用さ」
案内を終えたエスタンプが去っていくのを手を振って見送ると、パイモンは「さて、どうするか……」と頭を悩ませる。風の翼は便利だが、あれは高いところから徐々に降下していく。低いところから高いところを目指すことはできない。かといって、旅人を抱えながらパイモンが浮遊するというのもとうていできそうにはなかった。
「私が二人を抱えてジャンプするよ。大丈夫、私結構力持ちだから!」
「それは知ってるけど……大丈夫か? 落ちたら結構やばい感じだぞ……?」
「大丈夫大丈夫。私を信じて」
ルリの言葉にあっさりと頷いた旅人に、パイモンはえっと一瞬驚くが、すぐにパイモンも覚悟を決めて頷いた。なるべく下を見ないようにと手で目を覆うパイモンの様子を旅人とルリがくすりと笑う。自分に飛行能力があることをすっかり忘れているらしい。
二人をしっかりと抱えたルリは、足のバネを勢いよく使い、空高く浮遊した。

そ〜れ♪

ぺったん♪ぺったん♪
独特なリズムに合わせ、まるで餅をつくようにハンマーを振り下ろし、生み出したハスの葉の幻影をルリの足が踏みしめる。トランポリンのようにハスの葉を操るその飛翔は、月を捕まえようと追いかけたあの日を彷彿させた。
無邪気に駆け回る野うさぎのように、ルリは闊達に動き回る。ハッピーエンドはいつだって、諦めなかった者に訪れることを少女は知っているから――。
「はぁー! ついたー! 最初はドキドキしたけど、結構楽しかったな!」
「喜んでくれたならよかった。またしたくなったら言ってね。いつでもやってあげるから!」
いつもこんなスリリングなのはちょっと、というのがパイモンの本音であったが、たまにならいいかもと思うのもあり、「ありがとな!」とルリに手を振った。それを旅人はジト目でみていたが、ルリのはしゃいだ声に視線をそちらへと向けた。
「あった! あったよ! 露玉! わぁ〜! 綺麗〜!」
雨歌の池で最も澄んだ露玉は、この世界の輝きを反射するように、透明な虹色に輝いていた。
「綺麗だな〜! さっそく採取しようぜ!」
「うんっ」
持って来ていた小瓶に慎重に露玉を入れていく。たっぷりとした露玉をある程度採取すると、きゅっと小瓶の蓋をしめた。
「これくらいでいいだろ。後は……どこで執筆するかだよな。あてはあるのか?」
「うん。ベルウインド王国にしようと思って。あそこは風が気持ちいいから、いいお話が書けそうな気がするんだ」
「いいアイデアだな! そうと決まれば早く行こうぜ!」
ぴょーんっとルリが飛び込む一方で、旅人は風の翼を広げ、パイモンもそれを追っていく。こうして高山から飛び降りて、雨歌の池を眺めるとかつてシブレロが見ていた景色を感じるような気がした。
『物語はしきたり通りに繰り返されます。しかし、どの章にも自分の道があるべきです』
シブレロの、彼女たちの物語は、まだ――。
ベルウインド王国に到着すると、ルリたちは最も風通しと見晴らしのいい場所へと移動し、インクを調合してまっさらな原稿用紙に向かった。
「どんな物語にするんだ?」
「う〜ん……そうだなぁ、夢と希望に満ちた、やさしい物語がいいな」
ルリの返答にパイモンは笑って「オイラもだぞ!」と声を上げる。物語は夢と希望に満ちた、素敵なものがいい。苦難というスパイスは、いつかの最高の結末のための価値ある出来事であってほしい。結末は、いつだってハッピーエンドがいい。
勇気と諦めない心があれば、どんな道も切り拓けると信じて挑むからこそ、未知に価値があるのだ。

一つの物語が終わって、新しい物語がはじまる。それはきっと、ハッピーエンドになるための続編なんだと思う

諦めず、勇気と希望をいつだって忘れないで。無意味なことなんて何一つもないんだ。迷った時間も、遠回りした時間も、今の自分を作る、大切な思い出だから
だから、だからこそ、ルリはそこで足掻いた者たちに手を差し伸べたくなるのだ。「もう大丈夫、ハッピーエンドがきたよ」と。
これはウサギの願いごと。いつか彼らに平等に訪れるハッピーエンドのために、ルリはペンを走らせるのだった。
「付き合ってくれてありがとう。旅人くん、パイモンちゃん」
「これくらいお安い御用だぜ!」
ルリが物語を綴った原稿用紙は、完成と同時に光に溶けて消えてしまった。けれどそれでよかったのだろう、きっとその心のこもった物語は、どこかの空で煌めいて、星のように彼らを導いてくれているだろうから。
「みんな、幸せになれるといいな……」
「なってるよ、必ず」
「おう! その通りだぜ!」
「……うんっ、きっと!」
風が吹く。どこかでか自分の物語を見つけているだろう彼らにエールを送るように、「元気でね〜!!」とルリは力いっぱい叫ぶのだった。