さらさらとペン先が紙の上を滑る音が、夜の静寂を満たしていく。窓の外には、遠い星の光が瞬いていた。
 便箋いっぱいに文字と絵を敷き詰める作業を楽しむルリの様子を、藤哉はつまらなそうな顔で眺める。ルリの社交好きは今に始まったことではないが、ここ最近は仲の良い友達が増えたこともあり、連日手紙だ贈り物だ何だと、忙しくしていた。常日頃から、誰々ちゃんとどんな話をしただとか、誰々ちゃんがこんなことを教えてくれただとかいう話から、街を歩けばやれ誰々ちゃんに似合いそうだのと、特に聞いてもいないというのに、藤哉はすっかりとルリの友人とその間を取り巻く人物に詳しくなってしまった。
 そしてちょうど、その親しい友人――確か璃月の大物と、織物屋だか何だかの見習いだったか――から同時に手紙が届いたことで、その返事にルリは追われているところだった。
 ルリ自身はそれをちっとも面倒だとは思っていないだろうが、藤哉に言わせれば、よりによってこの二人が同時にくるのかとげんなりするものがある。
 何故なら、前者はその身分相応に、細やかでやや堅苦しさと璃月特有の故事を感じさせる手紙を丁寧に認めてくるので、たまに『藤哉くん、これってどういう意味か分かる?』と自身の知恵を借り出されることもあれば、手紙の内容は凡そ想い人――あのお嬢さんは自分の立場を分かっているのか、自覚がないあまり抜けているのか……どちらにしろ分かる者からするとヒヤッとするものがある――と関連付けられたものであるから、ルリも自然と自分との話をすることが多く、嫌というわけではないが、どうにも居心地が悪い。
 後者に至っては、これといってヒヤッとするものも、自分が関わることもそうそうないが、かなりのルリのファンらしく、ルリはこれに対する手紙にはいつも物語を添えているのだ。その物語がするりと生み出されるときもあれば、当然難産な時もある。今回はそちら側だったようで、ルリは何日も何日も、こうして明かりの前でうんうんと唸っていた。
 それがようやく難所を越えたようで、つい先程、ルリのペン先は再び水を得た魚のようにするすると紙の上で滑り出したのだった。

「これでよしっと、後は色を塗って――」
「それ、今日やるつもりなのか」

 線画を終えたルリが画材に手を伸ばそうとすると、藤哉の声がどこか咎めるように突き刺さる。ルリはきょとんとしながらも、振り返って返事をした。

「え? うん。今回はお話書くのに躓いちゃって、お返事が遅くなってるし……早く出しちゃいたくて」
「色を塗れば終わりなのか?」
「うん。これでおしまいだよ。だから――」

 ちゃっちゃと塗っちゃうね、と口にするはずだったルリの目の前に、いつの間にか藤哉が近づいていた。

「そうか、なら問題はないな」

 低く呟く声に、ルリは一拍遅れて首を傾げた。

「……へ」

 ルリを見下ろす藤哉の表情は、常よりも不穏なものを感じる。何がとは形容しがたいが、気づいたときには、藤哉はルリの両腕を一つに纏め上げてしまっていた。

「え、ええ〜っ!? と、藤哉くん!? なにこれぇ!?」

 青いリボンで両手を縛られたルリは、なんでと憐れな様子で藤哉を見上げる。はっと乾いた笑いを零した藤哉は、意地悪気な表情で悪びれもなく返答した。

「何って、君の作業を妨害するための手段だけど?」
「ええっ、そ、そんなぁ……」

 普段使いのリボンから、プレゼントとしてもらったリボンや、街で気に入ったリボンをよく集めていたことが、こんな風に災いするとはルリも思わなかった。縛られていても、シルクの素材でできているものであったから、痛みはない。考えて選んでくれたのかな、なんて思っていると、それが藤哉には余裕があるように見えたらしい。じぃっと顔を近づけてきたかと思えば、ピクリと米神を引きつかせていた。

「へぇ〜、随分と余裕そうじゃないか。意外とこういうのが好きだったのかい? 知らなかったな」
「そ、そういうわけじゃ……」
「どうだか」

 君はわりと何でもいい反応をするからな、と言われて、反射的にそんなことはないと口から出そうになったルリだが、藤哉の表情がからかいではなく、何か別の色を帯びていることに気づき、息を飲む。

「と、藤哉くん……」
「そう不安がらなくても、悪いようにはしないさ。悪いようには……ね」

 たっぷりと艶を含んだ妖艶な瞳に見つめられて、ルリはたまらず視線を背ける。けれど、それすら許さないとばかりにリボンを引っ張られ、先程よりもずっと近くに顔を近づけられてしまう。
 まるで手錠だ。しなやかなリボンはこんなにも柔らかいのに、一瞬で絡めとられてしまう。どこか満足そうに口角を上げる藤哉にドキドキと心臓が鼓動を打った。










「ひぅ、ん……っ、ぁ……」

 堪えきれない声が喉から零れ落ちた。静寂に溶けるのは甘い吐息と、潤みを帯びた声と、ちろりと喉を擽る舌の音だった。
 ちろちろと藤哉の舌先が、ルリの喉を舐め上げていく。抵抗しそうになる腕は、彼の片手で一纏めにされ、頭の上に固定されていて身動きが取れない。反射的に動く腰の動きを咎めるように、舌先がまた、意地悪気に喉を撫で上げた。

「と、うや……く……」
「ん」

 声をかけても、彼の反応はまるで聞き分けの悪い子を受け流すかのようにさらりとしたものだった。
 再度舐め上げられていくそれは、ご丁寧にルリの一等いいところを的確に突いてくる。静かに高められていくその性感に、何も思わないなんていうのは無理だった。

「とう、や……くん……」

 声を呼ぶことすらままならない。吐息が甘さを含んで、言葉の合間に抜けていく。それが恥ずかしくて、ルリの頬は瞬く間に上気した。
 もう一度、その名前を呟く。

「と、う……や……く――」
「……そんなに呼ばなくても、聞こえてるよ」

 まるで仕方ないなとでも言うように、手首を抑えていた藤哉の手が頬へと滑る。親指が涙を拭うようにするりと泳いだ。

「寂しくなったのか?」
「……そう、なのかな……?」
「自分でもわからない?」
「……うん。だって、藤哉くん……なんだか、いつもと──」

 違う気がする、とその続きが声にならなかったのは、自身を見つめる藤哉の瞳が、どこか寂しそうに見えたからだった。
 ぱちり、と瞳を瞬かせたルリが「藤哉くん……?」と声をかける。次いで、「どこか痛いの」と口にするものだから、藤哉は微かに苦笑を浮かべた。

「痛いのは君の方じゃないのか? きつくは縛ってないけど、そう簡単には解けないようにしてる」

 とんとん、とリボンの結び目を指先で弾く藤哉に、ルリは反射的に答える。

「痛くないよ。藤哉くんが、気をつけてくれたから……」

 だから、大丈夫だよと言うルリに、藤哉は眉を下げた。

「外してほしいんじゃなかったのか? 何で君が擁護に回るんだか」
「うっ……でも、あの、外してほしいっていうか……なんで、藤哉くんがこんなことしたのかなって、そっちの方が私は気になるよ……」
「理由があれば縛られるのも構わないと?」
「え、えっと……藤哉くんがそうしたいっていうなら……私は……」

 それでもいいよ、と口にするルリに、藤哉は沈黙すると、やがて盛大な溜め息を吐いた。
 そんな反応をされるとはルリは思わなかったのだろう。『ええ〜!?』というのが表情に丸出しだった。

「本当、お人好しにも程があるな」
「藤哉くん……」

 その言葉の割に、藤哉の顔はどこか柔らかさを孕んでいた。ほぅ、と思わずルリが見惚れていると藤哉が悪戯気に笑う。

「僕の顔が好きすぎるのも、変わらないな」
「は、はぅ……」

 バレてる、と赤くなるルリの反応にも藤哉はご満悦な様子で、とっくに些細な不満などは解消されたようだった。

(藤哉くん……ご機嫌、直った……?)

 じっと伺うように藤哉を見つめるルリに、藤哉はふっと笑うと、ゆっくりと近づき──そして、彼女の鼻先を摘んだ。

「ふぁっえ!?」
「あはは、油断したな。これで終わりだなんて僕は一言も言ってないぞ」
「え、え〜……」
「精々僕を楽しませるんだな」

 つんと離された鼻先は、やっぱり痛くはなかった。言葉のわりに、声音も表情も柔らかい。だからつい「が、がんばる……」なんて言ってしまって、言質は取ったとばかりに、藤哉はそれはもう、いい笑顔を浮かべるのだった。

「んっ、ぁ……」

 藤哉の指先が、頬から喉を滑り、胸へと触れる。ぴくりと反応を示したルリにいい顔を浮かべると、彼は服の上からゆっくりと形を確かめるようになぞった。

「ふ、ぅ……っ、ん」

 いつもなら手で声を抑えられるのに、縛られているせいでそれもできない。必死に口元を引き締めて声を堪えていると、それを咎めるように藤哉の指先が唇を優しく押し込める。薄く開いたルリの口にちゅぷっと指先を食ませると、まるでよくできましたとでも言うように、するりと頬を撫でられた。
 ちゃぷちゃぷと水音が響く。男の人のものとは思えない、繊細な指先がゆるりとルリの口の中を掻き回す。甘やかすように舌先を触られて、ぴくりと身体が反応する。
 静かな愛撫に、瞳がうるうると潤みを帯びて、ぽろりと流れ落ちた。

「ん、ぁっ、とう、や……く……」
「……ん。それでいい」

 するりと指が引き抜かれ、銀の糸が伝う。ぷつりと途切れたかと思えば、今度は優しいキスが降ってくる。指の代わりに忍び込む舌先は、独特の滑りを帯びるけれど、熱はない。自分のものと比べて微かにひんやりとするその感触が、ルリは好きだった。――他でもない、藤哉のものだと、感じることが出来るから。

「とう、や、く……」

 交わしては離れ、また交わしと離れる一瞬さえ惜しむように、その名前を呼ぶ。藤哉はうるさいとも、集中しろとも言わなかった。ただ、その呼び声に応えるように、瞳の奥に焦がれるような熱がちらついていた。
 キスが深まっていくにつれ、はくはくと空気を求めるように小さく喘ぐ。けれど藤哉はそれすら掠めとるように、いっそ苦しいほどに口付けていった。

「ぁ、ま、って……」
「待たない」
「はぅ、っ……」

 身体が緩やかに溶かされていく。焦がれるような瞳が交じり合い、甘い吐息が絡まった。
 ぐずぐずと下腹部が疼きを覚える。それを逃がすように両足を擦り寄せたのを、藤哉は見逃してはくれなかった。

「ひゃっ、あんっ」

 一等高い声が鳴る。柔らかに胸を解していた指先が、いつの間にかするりと太腿を撫でたからだ。急に響いた自分の声が恥ずかしくて、口元を覆いたいけれど、縛るそれが許してくれない。まるで許しを乞うように藤哉を見上げれば、彼はくすりと意地悪気な笑みを零した。

「まだ肝心な所には触れていないよ。それとも、もう我慢できなくなったのかい?」
「そ、そういうわけ、じゃ……」
「もう少し待って。今日はゆっくりしたい」

 分かっていて敢えて気づいていない振りをしているのが、ルリにも分かった。今日の藤哉はちょっとだけ意地悪で、それでいて、甘いのだ。ルリはそろそろと視線を頭上に一纏めにされた手へと向けようとしたが、「集中して」と藤哉に優しく頬を撫でられてしまう。
 ずるい、と思う。そんなに優しく、甘い瞳で見つめられたら、いやなんて言えそうにない。甘く微笑まれる度に、胸がぴょんとときめいてしまう。好きだという気持ちがとめどなく、溢れていく――。

「重かったら言うんだよ」
「え……な、に……わぁっ」

 ルリに足を開かせると、その間に身体を入り込ませた藤哉が、ぐいっと上体を倒してくる。ぴったりと重なり合う身体にどきりと心臓が跳ねた。
 驚きはしたものの、ルリの反応から問題がないとみると、藤哉は静かに身体を動かす。服越しとはいえ、擦れていくそれに、ルリは頬を赤く染めた。

「っぁ、とう、や……くっ、ふ、ぁ」

 今の今まで気づかなかった、芯をもったそれが、股の間を刺激する。ぐい、ぐい、と押し付けられてくるそれが、恥ずかしくて、でも、嬉しくて、まともに藤哉の顔が見れなかった。
 ぎゅっと目を瞑ると、藤哉の指先が目元を撫でる。何度も、何度も、優しく宥められて、ルリはゆっくりと瞳を開けた。

「そう、それでいい」

 その言葉と共に、瞼にキスが落とされる。ドキドキして、ぽぅっと熱に浮かされてしまう。

(藤哉くん……やっぱり、かっこいいなぁ……)

 綺麗で、かっこいい、いつだってルリには藤哉がキラキラして見えるけれど、今日は一等、何だか甘い。意地悪をされるのも、強引なのも、嫌いじゃない。藤哉の手で導かれるのも、齎されるのも、教えられるのも、全部、ルリは好きだった。
 そんなことを思っているのが伝わったのか、藤哉がふっと笑みを零す。

「考え事かい?」
「え、ぁ……えっと」
「まだ余裕そうだね。そんなに僕の攻めは生温かったかな」
「そ、そんなこと……っ」

 ないよぉ、と慌てるルリをじっと見つめた藤哉が、不意にふはっと笑みを浮かべる。揶揄われたと気づいたときには、藤哉の手がルリの頭を優しく撫でていた。

「なんて、冗談だよ。大方、僕のことが好きだとか思ってたんだろ」
「えっ!? な、なんでわかったのぉ……!?」
「何でって……」

 藤哉の指先がきゅっと、ルリの鼻先を摘まむ。ぱちぱちと瞳を瞬かせるルリに、藤哉は柔らかい表情で答えを与えた。

「顔に書いてある。僕が好きで好きで堪らないって」
「えっ、えー!?」

 ぱくぱくと口を閉口させるルリを見つめる藤哉の瞳は、常よりもずっと温かい。それが彼もまんざらでもないことをよく示していた。

「自覚はないんだろうけど、君はいつもそうだ。いつもそうやって、僕のことを見てる」
「ど、どうしよう……は、はずかしいよぉ……」
「今更だろ。僕はもう慣れた」

 最初こそ、何だこのだらしない顔はと思っていたけれど、段々とそれが悪くないどころか、それがないと物足りなくなってきた、なんて、そこはまだ言えそうにはなかったけれど。

「ま、単純な君らしくていいんじゃない」
「た、単純……」
「僕なりの褒め言葉だよ」

 その単純さが好ましい。可愛いだなんて、もう少し酔わないと、言えないけれど。自分の言葉に一喜一憂するその様が愛しいなんて、自分でも大分捻くれている自覚はあるけれど。そんな自分を好きになったのだから、諦めて受け入れろと言う他ない。もっとも、ルリなら迷うことなく受け入れてくれるだろうと。それが、嬉しいなんて。まだ、教えてはやらない。簡単に言っては、つまらないから、なんてもっともらしい理由をつける。

「お喋りが過ぎたね。ほら、こっちに集中して」

 再びゆるゆると腰を動かす。布越しに当たるそれがもどかしくて、切なくて、忘れていたぬるい熱と快感が呼び戻ってくる。

「ふぁ、ぁ、ん……っ、あっ」
「……そう、いい子だ」

 向けられる瞳が甘くて、何でもうんと頷いてしまいそうになる。零れる吐息が、ぬるく熱を持つ。触れ合う胸が熱くて、じんじんと疼きを覚えた。

「とう、や……く……ぁ、ふ……」
「ん?」
「およう、ふく……ぬぎ、た……」

 このままじゃどうにかなりそうだった。まだお互い一糸も乱れていないのに、どうしてこんなにも淫らなのだろう。体温は上昇していくばかりで、熱くて、熱くて、これ以上は堪えられそうになかった。

「ふーん、我慢できなくなったんだ」
「う……うん」
「いいよ。しょうがないから叶えてあげるよ」

 そう言う割に、藤哉の表情はどこか楽し気なものだった。するすると、慣れたような手つきでルリの服を脱がしていく。薄紫色の、彼女らしい下着だけになると、ルリの手がおもむろに藤哉の胸へと伸びる。

「藤哉……くんも……」

 脱いで、と消え入りそうな声で口にするルリの顔は、すっかり熟れた林檎のように赤かった。すうっと、藤哉の瞳が細められる。そこには確かな熱が籠っていた。
 するりと帯を解く音が鳴る。するすると肩から衣が滑り落ちる様子をぽうっと見つめるルリに、藤哉がちろりと舌を出す。

「助平」
「すっ!? あ、あわっ、こ、これは、ちが――」
「違うのか?」
「……ちがっ、わない、けどぉ〜!」

 見惚れちゃったのは事実だもんと否定をしづらいルリが唇を窄める。ずいっと藤哉の顔が至近距離に近づいて、反射的に目を瞑る。軽くじゃれるようにデコピンの一つでもされるのかと思えば、彼の空気がふと緩むのを感じた。

「本当に君は素直だな」
「お、おこってない……?」
「なんでさ。今更だろ」

 お互いの裸を見るなんて、何も初めてじゃない。むしろそろそろ見慣れてきたっていい頃だろう。それでも始めはどうしたってこんな反応をするのだから、藤哉はおかしくてならなかった。
 ほっと息を吐くルリに、「安心するのはまだ早いぞ」と藤哉の手が下着へと伸びる。驚く間もなく取り払われ、完全に素肌を晒すことになったルリが、恥ずかしそうに身体を隠そうと身を捩ると、それを制止するように藤哉が覆い被さった。

「藤哉くん……」
「何か言いたいことは?」
「言いたい、こと……う、うーん……」

 何かあったかなと考えるルリに「お願いしたいことでもいいよ」と藤哉は続ける。はて、何かあったかなと考えて、ふと思いついたのは、極めて凡庸な願いごとだった。

「あ、あの、あのね……」
「うん」
「グランドバザールで開かれる今度の劇……一緒に観に行きたいな」

 ダメかなぁと伺るルリに、藤哉は一瞬面を食らったような顔をして、それから「それだけ?」と口にする。特にこれといって他に思いつかなかったルリは「う、うん」と返事をするが、藤哉の表情は段々と呆れた顔へと変わっていってしまった。

「この状況で……願うことがそれなのかい……?」
「だ、だめだった?」
「ダメじゃないけど……そうじゃないだろ……」

 はぁ、とため息を吐き出す藤哉に、ルリがあわあわと慌てる。どうやら自分は何かを間違えてしまったらしい。でもでも、他に思いつかないなと思っていると、藤哉はまるで仕方ないなというように、苦笑を零し、頭上でまとめられたままの手首をとんとんと指し示した。

「……あ」

 そこで初めて、ルリは縛られたままだったことに気づく。はっとした表情に、藤哉は困った子でも見るように眉を下げた。

「縛られてることすらすっかり忘れちゃってるとはね。そんなによかったのかい?」
「え、えっと……そ、それは……う。はい……」
「素直でよろしい。本当、しょうがない奴だな」

 言葉のわりに、やっぱり藤哉の表情は穏やかだ。しゅるりとリボンを解いて、ルリの腕を解放する。ずっと同じ体勢でいたから肩が少しだけ凝ったような気もするが、少し動かせばすぐに元通りだった。ルリの関節は相変わらず柔らかい。
 腕が自由になると、ルリはそっと藤哉の背へと腕を回す。ぎゅうっと抱きしめて、鼓動のない胸に頭を預けた。

「えへへ、藤哉くんだぁ〜」
「おかしなことを言うね。最初から僕だよ」
「わかってるよ。ぎゅってしたかったから、今は充電中なんだ」
「……ふ〜ん」

 まんざらでもない表情を隠すように、藤哉は顔を背ける。音のない心臓。温もりのない肌。それでもルリはそれが愛しいというように、こうして身体いっぱいに伝えようとしてくれる。それが嬉しいなんて、やっぱりどうかしてしまったみたいだ。絶対に、言ってやらない。

「もういいかい?」
「……うん。もう大丈夫」

 そっとルリが離れる間際に、屈んでキスを贈る。驚きに目を見開いて、それから、ぱっと笑った顔が可愛かった。何でもないふりをして、すっと手を伸ばす。柔らかな膨らみに直接触れて、今度は蕾を食んで、緩やかな快感を与えていく。

「ふぁ、ぁ……っ、ん」

 ちゅっと吸いつく音と、ルリの声が静かに夜へと溶ける。わざと見せつけるように舌で舐り、じぃっとルリを見つめた。恥ずかしがって手で隠そうとするから、それを制止して、無言で僕を見ろと訴えれば、彼女は真っ赤な顔をこちらに向け、瞳をうるうると潤ませてくる。
 それは羞恥か、快感からか、それとも両方なのか。何であれ、自分が齎すものでこうなっている事実に気分が良かった。

「ぁんっ、とう、や……く……」
「ん……」

 強請るような眼差しに、ちゅうっと吸い付く力を強める。それに反応するようにルリの身体がびくりと跳ねた。

「ひぅ、そんな、吸っちゃ、ダメぇ……」
「ダメって顔じゃないけどな」
「あう……いじわる……」
「そうされるのが好きなくせに」

 ぐうの音も出ない。全く困ったことにその通りだった。ちっとも嫌じゃない。いつだって、藤哉の意地悪は、とろりとした蜂蜜みたいに、甘いのだ。
 赤く染まった顔で、うるうると潤んだ瞳で、「……うん」と口にしたルリに、藤哉はごくりと喉を鳴らす。そうして「よくできました」と甘いキスを贈るのだ。

「ぁ、ん……ふ、ぁ……ん……」
「ん……」

 混ざり合う唾液すらも甘く感じる。甘いものは嫌いなのに、どうしてかこれは悪くない。どころか、もっとほしくなる。もっとよこせとばかりに舌を絡め、歯列をなぞり、掻き混ぜて、絡み合う。
 息も絶え絶えなルリが、空気を求めて大きく喘いだのを合図に離れると、ぷつりと銀の橋が途切れ落ちた。

「はぁ……はぁ……」
「相変わらずへなちょこだな」
「んんっ、とうやくんが……すごいんだよぉ……」

 肺活量が全然違うとルリは思う。ついていくのがやっとで、それですら藤哉にはまだ余裕がありそうだ。息を整えながら、顎につたったそれを拭おうとすると、ぺろりと藤哉に舐め上げられて、変な声が出た。

「ひゃぁっ」
「あはは! 驚きすぎだろ」
「だって、急だったからぁ……」

 そのまま、藤哉がくすくすと面白がるように、首筋へと唇を移す。ぺろりと舐め上げられて、反応するルリを面白がっているようだった。
 藤哉くん、と口にしようとして、不意に今まで触られていなかった最も敏感なところを触られて、たまらず声を上げる。

「あんっ! ぁ、あっ……ひゃう、っん」

 とろとろとした粘液が藤哉の手を濡らしていく。繊細な手つきで敏感な所を擦る度、ルリの身体が腕の中でびくびくと震える。それに満足げな笑みを浮かべると、藤哉は耳元で囁くように言葉を発した。

「ふっ、よく濡れてる」
「ぁ、やっ、いわない、で……っ」
「別に。いいことだろ」

 君は恥ずかしがるかもしれないけど、と続ける藤哉に、ルリは真っ赤になった顔を横に振る。徐々に水音が耳に響いてきて、恥ずかしくてしょうがなかった。

「ほら、集中して」
「んっ、ぁ……っ、ふ、ぅん……」

 指先が敏感な所を擦る。待ってという声は聞き入れてはもらえず、むしろどんどんと追い詰められていく。とめどなく与えられる快感に耐えられなくなって、ついにルリは達してしまった。

「ぁ、ふ、く……ん、っ、ああ〜〜っ!」

 びくびくと震える身体を藤哉が抱きしめる。達したばかりで息を乱すルリの頬を優しく撫でると、そのまま額へと口付けた。

「まって、って……いった、のにぃ……」
「ふーん、やめてよかったのかい?」
「ううっ……そ、れはぁ……」
「本当、素直な奴」

 ぺろりと舌を出した藤哉は、そのまま体勢を直すと、ぴとりと自身のものを濡れそぼったそこへと宛がう。それに気づいたルリが恥ずかしげに目を背けると、そっと頭を撫でた。

「いいだろ」
「……うん」

 ダメなんて、言う訳がない。とぷりと藤哉のものが胎へと入ってくる。圧迫感と同時に感じるのは、興奮と、羞恥と、どうしようもない愛しさだ。
 感じる快感に僅かに眉を寄せた藤哉の顔が、すぐそこにあった。ときめきと共にきゅんと無意識に締め付ければ、藤哉が低く呻いた。

「ルリ……そんなに締め付けないでくれ」
「あ、ご、ごめんな、さ……」
「……怒ってない」

 よく濡れた中の具合は心地いい。気を抜くとすぐに持ってかれそうなものがそこにはあった。稲妻の与太話でも、知恵の殿堂にある生物学の書物にも、ウサギは年中発情期だとか言っていたっけ、なんて思考が飛ぶくらいには、理性はふらついていた。

「はぁ……動くよ」
「え、も、もう?」
「うん、もう」

 待って、なんて口を挟む時間なんてなかった。とんとんと緩やかに藤哉の腰が動いて、中を突き上げられていく。徐々に波のように広がっていく快感に、声が堪えきれない。啼けば啼くだけ、藤哉は柔らかに笑んだ。

「ぁ、ぁっ、んっ、ふ……ふぁあ……っ」
「……っ」
「んっ、ぁっ、とう、や……く、ぅんっ」

 藤哉くん、藤哉くんと、途切れながらも、何度もそう呼ぶ声が聞こえる。その声に応えてやるように、するりと片手を結ぶと、絡めた指先にぎゅっと力を込めた。
 たったそれだけで嬉しそうに笑うルリに、鼓動しないはずの心臓がうるさく感じる。これじゃあまるで、夢中なのは自分の方じゃないかと自嘲して、ぐっと更に奥へと己のものを押し進めた。

「ぁあっ、ふぁ、んぅ……っ、おなか……もう、いっぱい、だよぅ……!」
「まだイケるだろ」
「む、むりぃ……っ」

 そんな泣き言を言いながらも、ルリのそこはすっぽりと藤哉のものを収めてしまう。それに充足を感じて、藤哉はとんとんとルリの好む場所を的確に、執拗に攻めていく。
 雪崩のように快感が押し寄せて来て、それはもうすぐそこで弾けそうだった。

「ふ、ぁ……っ、い、イっちゃ……イっちゃうよぉ……!」
「イけばいいだろ」
「ま、まって、まってぇっ」
「待たない」

 きゅうきゅうと締め付けてくるそれが気持ちいい。肌と肌がぶつかる音も、飛び散る愛液が下腹部を濡らす感触も、悪くない。
 うるみを帯びたキャンディのように甘い瞳が快感に蕩けて、口が半開きになったどこか間抜けなそれが可愛いだなんて思えば、それは一層硬度を増して、ぐずりと攻め立てた。

「っあ! ふ、ぁあ〜〜っ!」
「……っ」

 僕も、と微かな声が聞こえた瞬間、胎に白濁の温もりが広がっていく。びくびくと藤哉のものが震えて、その旅にルリの華奢な体躯が跳ねた。
 荒い息が絡まる。甘い余韻がそこにはあった。視線が交わって、どちらともなく唇を重ねる。夜が、更けていく。

「はぁ……はぁ……」
「……まだ、するだろ」

 そんな熱のこもった目で見つめられたら、しないなんて言えない。それに、まだ仲良くしていたいと思うのも本当だった。「……うん」と小さく頷いたルリに、藤哉が満足そうな顔をする。
 今日の藤哉は何だか意地悪だけれど、甘くて、優しい。それが少しも悪くなかった。むしろ――。




 夜が更けて、朝陽が昇る。ルリが眠りについたのもそんな頃のことだった。
 くたくたになって眠ったルリの頬にかかった髪を、そっと藤哉の指先が払う。グランドバザールの劇がどうのと言っていたのを思い出し、その時間に間に合うようにと起こす時間にあたりをつける。劇の後には、お馴染みの友人への贈り物を一緒に見繕ってやろう。画材を切らしてないかの確認もしてやらないといけない。
 そんな、些細な面倒の段取りを頭の中で整えながら、ルリの寝顔を見つめる藤哉の顔は、随分と優しいものだった。