自由の翼を背負った調査兵団は常に最前線で巨人と戦っている。それは人類の為であり、個人のモノではない為、時には非情とも言える残酷な決断を下す事もあった。その代表とされるのが、“囮部隊”の存在だ。
“囮部隊”とはその名の通り、調査兵団が巨人と遭遇した場合、囮役となって討伐補佐をする集団の事である。
メンバーは皆、立体機動に特化した精鋭ばかり。
討伐数はそれほどでないにしても、討伐補佐数は郡を抜いており、数はこの部隊だけで兵団の約七割を占めている。
壁外調査にて一番の活躍を見せるこの部隊。だが、一回の壁外調査で死亡率は八割を超え、兵士の間では密かに“自殺部隊”と呼ばれるほどであった。配属されてからの寿命期間は平均二ヶ月と大変短い。
ただし一人を除く。その一人と言うのが。
「点呼!終わりましたっ!!…って、隊長?」
「………ぐぅ」
「名前隊長!!点呼取っている間に寝ないで下さいっっ!!!」
「…ん?あ、ごめんごめん。くぁー…よく寝たぁ」
ラベンダー色のアイマスクをズリ下げて首にかけつつ伸びをする、小柄な女性。彼女こそが名前・名字、“囮部隊”、別名“名前班”の隊長である。
「んじゃ、リミットまで30分になった事だし、各自、準備始めよっか」
名前ののんびりとした声で相乗効果をもたらしているせいか、一見穏やかな雰囲気だ。
「あの…準備とは一体何をすれば良いのでしょうか?」
隊員の一人がオズオズと手を上げる。彼は先日、この“名前班”に配属され、この部隊では今日が初めての壁外調査だった。
その同時期に配属されたのは、彼を含め計6名。それぞれが顔を恐怖で青ざめさせているが、名前は6名の様子をさして気にかける事もなく、うーんと首を傾げて見せる。
「そうだねぇ、通常の壁外調査の準備とあまり変わらないんだけど…特にする事って言ったら、立体機動の試運転を念入りに行う事とか、予備ガスを馬に積んだりする事とかかな。あ、あと、これ一番大事なヤツ」
名前は言葉を一旦区切ると、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「やりたいコトは全部やっとく事」
一瞬、ポカンとする6名の兵士達。おそらく恐ろしい事でも言われるのだろうと予想していたのか、拍子抜けてしまったのだろう。
「家族に会うも良し、恋人と愛を囁き合うも良し、食べたい物をお腹いっぱいに食べるも良し」
「それは…どういう…?」
「あぁ、カンタンに言ってしまえば、この準備ってゆーのは“死んでも良い状態”を作る為の準備」
再びほんわかとした笑みを浮かべる我らが隊長だが、彼女の目元は一切笑っていなかった。
▽▲▽
壁外調査の際、最も重要なのは巨人と遭遇しないことである。しかしそれは現実的に考えれば不可能であるため、なるべく交戦を避け、被害を最小限に抑える作戦が必要とされる。
その作戦というのが調査兵団団長エルヴィン・スミス自ら考案した“長距離策敵陣形”である。それを滞りなく確実に行う為には、作戦会議という名の最終確認が必要不可欠となってくる。
そしてまさに、その会議の真っ最中である。団長に始まり、兵士長、分隊長、班長と兵士達を率いて行く者達が集まり、会議に臨んでいた。
緊迫した空気で会議が進む中、「スピー…」となんとも間抜けな寝息が聞こえてくる。
彼女は常時首にぶら下げているラベンダー色のアイマスクで目元を覆い、立ったまま寝ている。その姿は、本当にあの過酷な囮部隊を率いる隊長なのかと疑い深くなってくる。
この様な事は日常茶飯事である為、会議に参加している面々はやれやれと言った風に苦笑して笑って見守るが、たった一人、眉間に深い皺を寄せ勢い良く片手を振り上げる者がいた。
「オイ、起きろ。このクソチビ」
兵士長のリヴァイである。バシンと痛そうな音と共に彼女の頭を叩いた。
このリヴァイが名前を起こすのは調査兵団内での名物と化しているのを本人達は知る由もない。
「また寝ちゃってたのかぁ…ごめんごめん」
「ふざけやがって。オレはテメーの目覚まし係になった覚えはねぇ…いい加減削ぐぞ」
地下街の荒くれ者達も真っ青な睨みでリヴァイは名前に凄んで見せる。それに対し、名前はというとケラケラと笑い飛ばした。
ちなみにこんな事ができるのはこの世で名前ただ一人だと、とある分隊長は語る。
「まぁまぁリヴァイ、これでも作戦内容はちゃーんと聞いてたんだからそんな怒らないでよ。あれでしょ?今回は私の部隊を六つじゃなくて四つに分けて、陣形の上下左右に配置するんでしょ?エルヴィン」
「全く、いつもながら驚かされるな。名前には」
「そうそう!!居眠りしながらどーやって私達の話を聞いてるのっ!?!?」
分隊長の一人であるハンジ・ゾエが割り込んできた。
ハンジは知的好奇心を刺激された様で、瞳を輝かせながら名前に詰め寄るが、リヴァイが直ぐ様、ハンジの襟首を引っ掴み、名前から引き離した。
「もう!なんだい、リヴァイ!!今、兵団の七不思議の一つが解明されたかもしれないんだよ!?!?」
「黙れ変態、それ以上コイツに近づくんじゃねぇ」
「ほーんと、名前のセキュリティー様は厳しいなぁ…別に取って食いやしないさ!ただほんの少し解ぼ…」
「あ゛ぁ?」
「ちょっと!!!怖いってリヴァイ!今にも人、一人殺せそうな勢いだよ!?」
この様ないつも通りの光景に、辺りの空気が穏やかになっていく。分隊長や班長らは目に見えて強張っていた体が、調度良く解れているのを横目で見ていた名前は頬を緩めた。
手にはいくつもの便箋を握り締めながら。
〜活用されなかった設定〜
149cm。調査兵団分隊長。ウォールシーナ出身。討伐数9、討伐補佐数101。
気がつくと寝ていて、本人に悪気もないし自覚もない。ラベンダー色のアイマスクを愛用中。立体機動が得意で特技は巨人を転ばせる事。