これはまだ5人が、幼稚園児だった頃のある日。
しんしんと雪降る中、春がせっせと花壇の上の雪を退けていた。手は霜焼けで真っ赤、寒さで鼻も赤くなっていた。その隣では名前が、ぼーっと鉛色の空を眺めていた。
「しゅん、名前、何やってんの?」
悠太が春に呆れた様に問いかけた。いつの間にいたのやら、傘をさした祐希と悠太、それにコートを着た要までいた。
「あっ!たっ大変ですよっ!みんなのチューリップ鉢に雪がいっぱい…っ…これじゃさむくて、花なんか咲かせられませんよ!」
「なんだって」
「お前は何もしてないだろ」
要は幼いながらにも名前にツッコミを入れた。
「はやくのけてあげないと…っ!」
慌てる春に要が呆れて口を開いた。
「あのなー、しゅん。チューリップってのは案外強いもんなんだよ。んなことしなくても、雪とけたら立派に芽ぇだすんだぞ!」
「えーーっ!そうなんですか?」
「わかったらホラ!さっさと中、入んぞ!」
ザッザッと要が教室に戻って行くのを見て、名前は春の赤くなった手を引いて歩き出した。後ろには双子も歩いている。
真っ白な幼稚園の庭には、小さな足跡が五人分残っていた。
▽▲▽
春ととある少女が対面している頃、校舎裏では。
「名字先輩のことが…す、好きです…良かったら付き合って下さい!」
顔を赤く染め、告白してきた後輩を前に名前は何回目だろうかと頭を悩ました。
「えっと……ごめん」
モゴモゴと小さく呟いた。自分が女であることには、この子の気持ちに答えることは出来ない。そう考えた名前の出した答えだった。
それを聞いた後輩は涙をためながら黙っていたが、しばらくすると、口を開いた。
「…そ、そうですよね!お時間を取らせてしまってすみませんでした!」
パタパタと校舎裏から去っていく後ろ姿を見送る。名前の「どーしたもんかな…」という呟きは誰に届くわけでもなく、青い空に溶けていった。
▽▲▽
それからしばらくたった後、ギィ…っと扉を開け、そろりと屋上を覗き見る者が一人。それは先ほどの女の子であった。目線の先にはさっき絆創膏をくれた春。そして仲良さげ(?)に一緒に食べている要や祐希、悠太。
「なーにやってんの」
急に聞こえた気のぬけた声。
女の子は肩をびくつかせ、振り返る。するとそこには、階段の手すりに寄っかかった名前の姿があった。
女の子は立ち上がり、逃げようとしたが、パシリと名前に片腕をつかまれてしまった。
「は、離してよ!」
「バンソコ、取れかかってる」
「っ!?!?」
すると女の子はしゃがみこみ丁寧に絆創膏をのばしはり直した。まるで大切なものを扱うように。名前はそれを黙って見ていた。女の子は一連の動作を終えると、すぐさま階段をかけおりていった。
▽▲▽
翌朝。生徒達の挨拶がとびかう、げた箱で妙な表情をした春があった。目線の先には“おみくじ”と書かれた紙きれが一つ。
「どうしたの、春」
悠太が自分のげた箱を閉めながら、げた箱を見つめ続けている春にたずねた。
「えっと…なんかボクのげた箱に…」
「なんだなんだ?初ラッウ゛レターか?」
おずおずと答えた春に、にやにやとした要といつもどおり無表情な祐希と名前がわらわらと集まってきた。
「いえ…おみくじなんですけど…」
「おみくじ?色気ねえなあ…」
要は残念そうに言った。春はガサガサとおみくじを開けてみた。すると…
「大凶ーーっっ!?」
「どう見ても手作りです。本気にするんじゃありません。」
「これまた不幸の手紙にも負けない斬新な…」
一気に顔を青ざめさせショックをうける春。それをぺしっと頭を叩きながら、やんわりと否定する悠太。
「要くーん!全部最悪ですってー!」
「あーあー気にすんな。こんな幼稚なイタズラ、振り回されてる方がアホくせーからな。だいたい誰がやったかも見当つかねー…し……」
要の言葉の途中、五人の背後から不穏な空気が流れて来た。振り向けばホワイトボードの影に隠れ、こちらをギラギラと睨んでいる小さい少女の姿が。その時誰しもが思った。
「(あの子…?)」
「あ、この前のストーカー…」
ポツリと呟いた名前の声はその少女にも届いたらしく、一目散に逃げて行った。
「何だったんだ?あれ。つか、名前、ストーカーって…」
要が振り返り、名前に話しかけるが当の本人はいない。
「その、名前ちゃんと祐希くん…先行っちゃいましたよ?」
「あいつらーっ!!」
要の怒声が下駄箱中に響いた。
▽▲▽
それからの春はおみくじ通りの不幸な日々が続いた。図書室で椅子を引かれて頭を打ったり、その隙に本が摩り替えられていたり、その騒ぎで図書室の人に怒られたり…他にも自動販売機でお金を入れた途端、コーヒーのボタンを押されたり。
「それは災難な…」
裕希がアニメ雑誌、アニメージャに目を向けながらそう呟いた。
「いや、ホント、それは災難だわ…」
今にも笑い出しそうになる祐希。要が話してくれた春と要と少女の話が意外にもツボに入ってしまったらしい。要は廊下の手すりに寄りかかりつつ、こめかみにシワを寄せた。
その同時刻、春は名前と廊下を歩きながら、先ほどの事のあらましを伝えていた。
「それは災難な…」
ヘッドホンを首もとまで下げ、春の話を聞いていた名前はそう呟いた。
「はぁ…要くんにも迷惑かけちゃいましたし…僕、何かしたんでしょうか…」
「しかし、その子も暇人だねぇ…感心感心」
「名前ちゃん、そこ感心するとこじゃありませんよ…」
すると二人の前方に現れたのは要と裕希。
「あ、ゆーきと要だ」
「要くーん!裕希くーん!」
「うわっ来た!」
要はあからさまに嫌な顔をした。どうやら春を疫病神あつかいしているようだ。その時、春の目に急に光が当たり、春は目をしばたかせた。
「わっ!」
「ん?」
「どった?」
「目が…」
こしこしと目を擦る春に、裕希と名前は心配して覗き込んだ。要は光の元をたどり、廊下の下を見るとあの悪戯少女いた。しかも手には鏡。
「あいつだ!捕まえろ名前!」
「えー…」
「あとでポッキー3箱買ってやる!」
要がそう言った途端、名前は少女を追いかけ、走り出した。
「よかったなー、春。おー、やっぱはえー…」
「はあ…」
要はプライドがズタズタにされたため、意地でもとっつかまえたかったらしい。春は自分のためなのか、お菓子のためなのか…と微妙な表情だ。
その頃名前はというと、悪戯少女を追いかけ、階段を登っていた。先ほどまで後ろ姿さえ見えなかったのにもう後ろ姿を捕らえている。後少しというところで、悪戯少女は目の前の教室に飛び込んでしまった。名前も急いでガラッと勢い良く教室の引き戸を開けた。すると…目に飛び込んできたのは…3年女子の着替え中の様子だった。
「「「きゃーーっっ!」」」