「それは災難な…」
悠太は名前の背中をさすりながら、そう呟いた。裕希も名前の反対側の隣で、名前の心配をしている。
「つーかお前、何?3年女子の着がえ見といて罵声あびせられるわけでもなく?むしろ大歓迎されちゃったりして?」
頬づえをつきながら言う要は、どこか棘を含んでいる様。
「そこで嘔吐する理由がわからん」
要は眉間にシワをよせ、言い放った。
その通り、名前は女であるにも関わらず、女子に大歓迎を受けたのであった。そして何故かその後、トイレに駆け込み、嘔吐しだしたのである。
「名前ちゃん、女性特有の化粧や香水の匂いに酔っちゃうらしいです…」
「いや、こいつ、女だろ。同性だろ…何で男よりモテんだよ…つかお前、何普通に男子トイレ入ってんだよ…」
もはや、ひがみにしか聞こえない。
ようやくおさまったのか、立ち直った名前に春はおずおずと話しかけた。
「あのっ!ごめんなさい…何かまきこんじゃって…」
「別に…シュンノタメダカラ」
「名前、少しは感情込めて」
春は結局、お菓子のためだったことを知り、ショックを受けていた。
「でもなんであの子はこんなに攻撃してくるの?春、あの子と何かあった?」
悠太は名前の介抱に使ったハンカチを畳みつつ、春にたずねた。
「何かって……んー…4、5日前にひざすりむいてる彼女に会って、それでバンソコを…」
春は少し考える素振りを見せるが、それしか心あたりがないらしい。
「春のバンソコ、趣味悪いからね。柄が気に入らなかったんじゃない?」
「あー、ありえる」
「かわいいですよっ!ヒドイ!」
要は気だるそうにトイレを出ようと、立ち上がった。
「おい、行くぞ」
換気のため開けていた窓の戸締まりをしていた悠太が、声を上げた。
「あ」
皆で窓から外を覗くと最近見慣れた、あの悪戯少女がハードルを運んでいた。小柄な彼女にはそのハードルは、大きすぎて見える。
「あ、あの子だ。大丈夫かな…」
春が心配した瞬間、彼女は転んでしまった。
近くにいた同級生が、心配して声をかけたようだが、直ぐ様振り払い、そっぽを向いてしまい、そんな彼女に気を悪くしたのか、同級生二人はその場を立ち去ってしまう。
そんな様子を見ていた要は「なるほどね」と呟き、春の頭に手をのせた。
「ありゃ、自分の失敗に対して慰められるのをスゲー嫌うタイプだな」
「え?」
「プライドの問題?たまにいんだよ。体ちっさい分、そーいうのデカイかもな」
春は黙ってその女の子を眺めている。女の子はようやく立ち上がり、また運んでいたハードルを持ち上げ、歩き出した。
春の斜め後ろから黙って見つめる悠太。するとその背後から名前がもたれかかった。
「うわ、面倒なお嬢さんだね…」
「こらこら、名前。そういう事言わないの。まったく…そんな子に育てた覚えはありません」
「悠太に育てられた覚えもありません」
▽▲▽
放課後。春と悠太がベンチで話し込んでいると要達がやって来た。
「あ、要くんと名前ちゃんと裕希くんだ!」
春はヒラヒラと手を振りながら、立ち上がる。ベンチにいまだ座っていた悠太は、何か言いたげな様子。
「…オレは―――」
その時、どこからか飛んできた小石が、悠太の頭を直撃した。春と要は声もままならないほど驚き、顔を青ざめてさせた。
裕希はその飛んできた小石を拾うと、両手の平に乗せた。
「こわー…」
「またお前かーっっ!誰かあいつの保護者つれてこいよ!!」
「ゆっ悠太くん大丈夫ですか!?」
「うん、意外と」
頭から血をだらだら流し、とても大丈夫そうには見えない悠太。
「あ、逃げた」
悠太の傷を止血しながら、彼女を目で追う名前。この度が過ぎた悪戯の犯人はというとやはりあの女の子のようだった。しかしまさか人に当たるとは思っていなかったのか少々、顔を青ざめてさせいる。
「ゆっゆっゆっ悠太くん!血がーっ!!ひーっ!流血ーーっ!」
「ん?ああ、全然少しでしょ。それに名前が手当てしてくれてるし」
「そういう問題じゃありませんよっ!!」
そう言うと春は、思いっきり顔を歪めて、突然走り出した。
「春!?」
あわてて要達も春の後を追う。走り出した春の先には、先ほどの悪戯少女。二人が言い争うのを要たちは静かに見守るが…いつの間にか少女の隣にしゃがみこんでいた悠太が、スカートをペラリとめくった。
「「「………!!」」」
次の瞬間、春と要とやられた本人は声にならない声で叫んび、名前は口笛を吹きはやしたてた。ただ一人裕希はぼーっと突っ立っているだけだったが…我に帰った要は悠太に掴みかかる。
「何やってんだ、テメーはよお!空気よめ!!」
「いやちょっと確認を…」
そんな二人の後ろでは、ふるふると羞恥で震える少女と、オロオロと心配する春の姿が。悠太は要に掴まれたままちらりと後ろに目をやった。
「…あのさ、まだケガ治んないの?」
悠太の言葉に要は手を離し、春と少女は顔を上げる。
「いつまでそのバンソコしてるの。うれしかったんじゃないの?ホントは」
少女は核心をつかれ、咳きった様に大きめな声で話し出した。
「…で、でもっ!でもどーしよもなく腹が立つの!は、はじめからいつもみたくほっといてくれた方がよかったの!」
少女の顔は少しづつ歪んでいく。仕舞いには手で目元を覆い、泣き出してしまった。
「…なんで………」
うれしくて、うれしくて…でも、この人が追いかけるのは…私だけじゃない。
そう彼女の心の叫びが伝わっているかのように、要達は少女を見守っていた。
「……あの。ボク、あの時はそんなに余計なことだなんて考えもしなくて…迷惑でしたよね…本当にごめんなさい…」
「ちがうの、迷惑なんかじゃないの!」
「…でも、ボクまた追っかけちゃう…かもしれないんですよ。バンソコもまだあるし…」
和解が成立した二人を、後ろで見守っていた要達。
「あーもー…なんだったんだよ、ここ数日の惨劇は。オレなんて説教までくらったっつーのに…」
「まだ根にもってんの。しつこい男は嫌われるよ?」
「うっせえ!」
「名前、要はそれ以前の問題だよ」
「あ、そうだった」
「だぁぁっ!お前らはいちいちムカつくな!ったく、悠太!こいつら黙らせろ!」
要は悠太を見るが、悠太は二人を眺めていた。その横顔はどこか嬉しそうで要は首をかしげる。何が面白いのか嬉しいのか、それは本人のみぞ知る事。