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とある午後の夕暮れ時。とある河原に一人の青年…否、青年に見える名字名前が立っていた。
いつものメンバーはおらず、片手にはヴァイオリン。静かな河原で一人、ヴァイオリンを肩に乗せ構えをとる。繊細で洗練されている印象を受ける様な一連一連の動き。名前は弾き始めた。
風に吹かれ、なびく茶色い髪とワイシャツ。それにのって届く音色は、河原を行く人々の心を癒した…約一名を除いて。

弾き終わった名前は目の前に座り込む明らかに不審人物に目を向ける。目を向けられているとは露知らず、その金髪少年は瞳を輝かせていた。

「す、すっげー…まじすんげー!」
「いや、あの」
「今の何て曲?!」
「自作、ですが…」
「えー!」
「あの、どちら様ですか」
「めんごめんご!オレ、橘千鶴!あっ!その制服、穂稀高校!?オレ明日から通うことになってんだー!よろしく!」
「はぁ…」
「おっ!もうこんな時間じゃねえか!また聞かせてくれよな!じゃ!」

ピューンという効果音のごとく、その橘千鶴と名乗る少年は走り去っていった。

「(嵐が去った…)」

何だったんだ…とでも言いたげに呆然と立ち尽くす。
これ以上弾く気にもなれず、名前は帰り支度を始めた。それにしても…彼は何だったんだ…と考えていた名前だったが、ここではたと気がついた。

「名前、なんだっけ」

そんな名前の呟きは川の流水音に紛れてしまうほど、小さなものだった。

▽▲▽


翌日、昼休み。

「おーい、いつもより一人多く感じるのは気のせいかー?」
「…き、気のせいよ…」
「なわけねーだろ。なんでチビッ子がここにいんだよ」

要のいうチビッ子とは言わずもがな茉咲のことであろう。要は横目で茉咲を見ていたが、ちょっかいを出し始めた。

「うるっさいわねぇ。あんたに関係ないでしょ!?」

茉咲はつっぱねる様に言った。その横では春がおろおろしている。ちなみに要の隣では、

「要、大人気なーい」
「要のいじわるー」
「いじわるー」

と三人が棒読みで言った。するとすかさず春はフォローを入れる。

「茉咲ちゃんは授業でわからなかったところ、よくボクに聞きにきてくれるんですよ、ね」
「へーーぇ。あーらそう」
「べっ勉強家なのよ、私は!わからないところはそのままにしておけないの、まじめなの」

頬を染めながらまたもそっぽを向く茉咲。それに対して要はニヤリと笑った。

「それならチビッ子。学年トップのオレ様が教えてやろうか?春よりわかりやすく解説できんぞ」
「ちょっとやめてよ!!春ちゃんに教えてもらうんだから!」

茉咲が剥きになって叫ぶ。が、はっと気付いた時にはすでに遅い。要はまたもニヤリと得意げに笑った。はめられたと気付いた茉咲は真っ赤に顔を染める。

「ちがうもん!要のバカっめがねっガリ勉!!」
「てめ…っ!」

茉咲は叫びつつ屋上から姿を消した。

「あーかわいくねえ!」
「………」

ぼやく要をよそに、春が心配そうに茉咲が消えた扉を見ていた。

「茉咲ちゃん、顔赤かった…カゼでもひいてるのかな…」
「あー、恋の病とか?」

「こないだ定期テストもあったし…夜遅くまで苦手な数学をがんばったせいとか…」
「そうだね。彼女は今、恋の方程式を必死に解こうとしているんだね」

「寝不足なのかな…無理しすぎて倒れなければいいけど…」
「うん、恋は盲目っていうしね」

「ちゃんと病院に行ったんでしょうか、ねえっ?」
「むしろお前が病院行け」

▽▲▽


「まあ勉強熱心なのは、よいことではないですか、ははは」
「祐希、お前が言うな。今回のテストも追試ギリギリの点数ばっかそろえてきやがって…悠太からも注意してやれよ」
「えー…だって祐希はテスト当日の朝にオレのノート見るぐらいだし…それであれだけ点、取れれば良いと思うけど?」

さらりと答えた悠太の言葉に複雑そうな表情の要。それもそうだ。要自身はしっかりと前々から計画をたて、テスト勉強を行っているのだから。が、同時に春は尊敬の眼差しを祐希に向けた。

「わーっ!じゃあちゃんと勉強したら90点ぐらい軽くいけますよ!」
「いーよ別にめんどくさい…追試を回避できればオーケーです」

祐希はため息をつきつつ答えた。隣では名前が風船ガムをふくらませながら、うんうんとうなずいている。

「それにガリガリ勉強した先にまっているものが、要みたいな人生だと思うとそれもやだしね…」
「言えてる…」
「ふわふわクラゲみたいな生き方してるやつらに言われたくねぇよ!つーかオレはガリガリしてねえっつの!」
「いやいや、ガリガリですよ。むしろガリガリし過ぎて近寄りたくないぐらい」

さっと名前と祐希は身を引くマネをする。動作が打ち合わせをしたかのようにピッタリで要の米神がピクリと動いた。

「お前らなぁ………」

そんな日常的なお昼休み。そんな日常が全く別の日常と入れ替わるのはそう遠くない話。

▽▲▽


次の日。騒がしい教室の窓際の席で、まどろむ祐希と名前の姿があった。

「昨日は何してたの?」
「…村人を救ってました…」
「夜間出勤ですか」
「うん、ヒーローも楽じゃありません」
「それはそれは、ご苦労様です」

そんなとりとめのない会話をしている間に、担任がやってきた。それを横目で確認した名前は、だるそうに前に向き直る。

「はーい、席についてー。今日は転校生がいるからねー」

担任がそう言うと呼応するように、教室が一層ざわつく。そんな空気をものともせず、入ってきたのは金髪頭の小柄な男子生徒だった。

「橘千鶴です。よろしくお願いしまーす」

そしてクラス中の注目を集めたまま、千鶴は担任に指示された一番奥の席に向かった。その席というのは、もとい、祐希の右隣、かつ名前の右斜め後ろの席である。

「見て見て、すごい金髪」
「あ、なんかハーフらしいよ」
「へー、のわりにはちっさくない?」

とクラスでは千鶴の噂が飛び交う中、千鶴は席に着いた。

「よろしくねー!教科書忘れたら机くっつけさせてねー」
「あはは!」
「あ、こちらさんもよろしくー!」

左右の席に挨拶をする千鶴に祐希はさして興味がない様子。頬づえを付いたまま目線だけ動かした。

「……どうも」

前の席の名前は先ほどから机に突っ伏したまま、ピクリとも動かない。ようやく落ち着き出した教室の雰囲気を見計らって、担任が出席をとりだした。
が、何を思ったのか…千鶴は急に立ち上がると祐希の両肩を掴み、叫んだ。

「あーーーーっっ!!!」

あまりのボリュームに皆、ビクッと肩を跳ねさせた。

「ちょっと橘く…」
「うっわビックリ!!あんたあの時の子でしょ!?ホラあの…ホラ!!トンネル作ったりしてさぁ!昔一緒に遊んだじゃん!!」
「いや…あの…」
「ね!?」
「……どちら様ですか?」

そう答えた祐希の反応にピシッと固まった千鶴。そこへ教室のあまりの五月蝿さにようやく目を覚ました名前が振り返った。

「ゆーき…どったの?」
「いや何かこの人が…」
「って、あーーっ!!こないだのヴァイオリンの兄ちゃん!!」

祐希が口を開くが、千鶴が被せるように叫んだ。そして突然、今度は名前に詰め寄った。

「おととい?だっけ?河原で会ったじゃん!!」

肩を揺すられながら、名前はボソリと呟いた。

「どちら様ですか?」