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とある休み時間。2年4組の扉前でキョロキョロと何かを探している、千鶴の姿があった。

何かを見つけたその視線の先には、ポテポテと廊下を歩く祐希が。千鶴は声をかけようと、口を開くが、

「おー……」
「ねーねー橘くんっ!」
「祐希くんと名前くんと知り合いなの?」
「およ?」
「幼なじみとか?」
「名前くんってヴァイオリン弾くの?」
「どうだった〜?」

女子の質問攻めに千鶴は最初は戸惑っていたものの、女子に囲まれている幸福感からか、嬉々と話し出した。
一方、その話題の中心人物の一人である祐希は悠太のいる2年5組の扉前にいた。周りにいる女子が色めきたっているとは露知らず、だ。

「あれ、名前は?」
「春のとこ」
「へー、2人して、どしたの今日は。休憩時間のたび来るね」
「なんかあの席いると妙なアプローチを受けるから…」
「あら、めずらしい。祐希に正面からぶつかっていける人がいるなんて…」
「……うーん、正面っていうか…右側から?」

祐希が言う右側とは、右隣にいるという意味である。つまりは千鶴のことだ。と、次の瞬間。

「みーつけ…」

どーん、とまさに右側から千鶴が声と共に祐希へぶつかってきた。

「たっ!」
「あ」

思わず声をあげた悠太に気づいた千鶴は、慌ただしく二人を見比べはじめた。

「うおっ!クローン!!?」

▽▲▽


要と対面を終えた千鶴は名前を見つけて一目散に走り出した。

「おー!!名前っち……!?」

手を勢いよくふってアピールしていたが、何を思ったのか、固まってしまう。そう名前の横には体操服を着た、可愛らしい女子がいたのだ。仲良さげに話す二人はカップルに見えなくもない。

…その千鶴の言う、女子というのは春だったりするのだが…いかんせん、名前の性別すら間違って認識している千鶴がそう思ってしまうのは、むしろ当然の結果と言えよう。
名前と春は、千鶴の横を通りすぎると、要たちの元へ歩み寄った。

「おー、名前。お前はこっちにいたのか」
「祐希の言った通りだったね」
「さっき廊下で名前ちゃんと会ったんですよー」
「そーそー」

くあ…っと欠伸をした名前は春の肩に顎をのせた。

「(うわーーーっうわーーーっ!まぶしー!!)」

春を女子だと誤認している千鶴はくるりと振り返り、頬を染めている。そんな思春期丸出しの千鶴には気づきもせず、春と悠太と要と名前は談笑していた。

「なんで体操服なんだよ、今日からプール開きだろ?」
「水着忘れちゃって…見学の子とバドミントンしてました」
「んでボクも水着忘れたので春に体操着借りようと思いまして」
「お前は体操着も忘れたのか…」
「名前、いつもプールはサボってるもんね」
「んなんで成績平気なのかよ?」
「他の体育の時間で何とかなってる…はず」

名前が喋るたびに振動が伝わってしまい、春がくすぐったそうにしてたのは余談である。

「はやく着替えなくちゃ、じゃあ名前ちゃん行きましょうか」
「れっつごおー」

名前に体操着を貸さなくてはいけない責任感からか、アセアセと更衣室に向かう春とは対照的に、ようやく春の肩から離れた名前は棒付き飴を取り出しながらのそのそと春の後ろを歩いて行った。

二人が立ち去っていくのを眺めながら、要と悠太は何者かに腕を無理やり引っ張られる。
言わずもがな、犯人は千鶴である。

「誰?今の」
「ひっぱんな…ゆっきーと名前っちに認めさせてやるぞはどうしたんだよ、名前ならまだ目の前にいんぞ」
「物事には優先順位というものがあるんです」

要の呆れ声をモノともせず、キリリと言う千鶴。

「あの子…名前っちの彼女?」
「無理」

すかさず悠太が否定する。強いて言ったとしても春は彼氏の立場であって、決して彼女の立場ではない。だが、その強い否定を違う方向に受け取ってしまうのが千鶴である。

「ムリって!えーーっ!かわいいじゃん!」
「どこが…女じゃないよあれは、それに名前も彼女は作るつもりないだろうし」
「まっ!なんてこと言うの!たしかに胸はちっさいみたいだけどそーんなの男のテクで大にも小にもなるのよ!?てか名前っちもったいねー!よしオレ様が彼女の良さを伝授してやろう!」

へーい!まってまってー!と言いながら春達を追いかける千鶴。その後ろ姿を見つめながら要が口を開いた。

「おい…あれって…」
「オレはちゃんと女じゃないと言いました。それに名前のことも言いました」
「いや、言葉というのはな悠太、相手に伝わってはじめて意味を成すのだよ…」

▽▲▽


キラキラと太陽光を反射して輝くプール、童心に返って無邪気に遊ぶクラスメート。テントの下から眺める景色はあまりにも眩しくて名前は目を細めた。

「(プールいいなあ)」

名前はごろりとベンチに横たわってゆっくり目を閉じた。


一方その頃プールでは。

「かーわいかったなー…」

千鶴が溜息と共にそう言った。隣には祐希がいて、二人ともプールサイドに腰掛けて足だけ水の中で遊ばせている。どうやら千鶴の“ゆっきーと名前っちに認めさせてやるぞ作戦”は続行中らしい。

「声かけらんなかったのが残念だ―…まいったなー…あ、振られるのが怖くてとかじゃなくてね!なんか更衣室向かってるっぽかったからさあ。さすがのオレもまだ彼女じゃないコの着替えみるわけにいかないじゃん?まあ、名前っちの彼女じゃないって分かっただけでも良っかー…名前っち相手なんて勝ち目ないし!」

ペラペラと千鶴の口は止まることなく話し続ける。そんな千鶴の脇腹あたりを祐希は横目でちらりと確認すると、ふいっと顔を背けて見学者がいるテントの方を見た。テントの横では体操服を着た見学者数人がビーチボールで遊んでいたが、何やら色めき立っている。
良く見れば見学者は全員女子で、彼女たちの視線の先にはベンチに横たわったまま寝ている名前の姿があった。

「(あの天然王子め…)」

胸の奥がチクリと痛んだのを紛らわすように祐希はプールの底に足を付けた。思いのほか水は冷たくて「うわーつめた」と思わずつぶやく。

「ねぇ、ほんとにオレのこと覚えてない?」
「っていうか知らないんだってば」

祐希はすいーっと水面を滑るようにプールの真ん中に進んでいく。

「あんまりしつこいと女の子に嫌われるよー」

現にモテる祐希にそんな事を言われてしまえば千鶴はむくれる事しかできない。千鶴は頬を膨らませ眉をしかめた。

「ゆっきーは男じゃん!!」