路地裏の暗闇に紛れる様に、座り込んでいる名前。ゆっくりと顔を上げたかと思えば、妖艶に細められた赤い瞳と、にやりと歪められた口元から覗く鋭い牙がキラリと反射した。
妖しげな、それでいて美しさを纏う姿とは逆に、俺は一瞬にして背筋が凍ったのを感じた。
「驚いた?」
突然話しかけられ、訳もなく足がすくんだ。声すら出ない。
「それもそうか…僕のこの姿を新一に曝すのは、初めて、だっけ?」
名前はそう言い、うっとおしそうに少しのびた黒髪を掻き上げ自嘲気味に笑う。俺はどうする事もできない歯痒さが焦れったくて、一歩寄ろうとした。しかし。
「っっ!!」
「新一、それ以上入ってこないでくれる?入ったらどうなるか、分かるよね?」
名前に睨まれ、蛇に睨まれた蛙の如く、動けなくなってしまう。
「…ったく、ほら、とっとと家で寝てなよ。何こんな時間に出歩いてるわけ?」
その問いにすら答えられないで固まっている俺に、痺れを切らしたのか、彼女はよろめきながらも自力で立ち上がった。
そして壁に手を這わせ歩き出す。暗闇に消えていく頼りない後ろ姿に、思わず手を伸ばした。
「っ…何?」
掴んだ右腕が振り払われそうになり、慌てて力を込める。
「あのさそんなことして」
「飲めよ!」
名前の呆れた声色の中に焦りが含まれてきているのに気付かない振りをして、ありったけの声で叫んだ。
▽▲▽
は?と反射的に僕は振り返る。
すると、さっきまで困惑、畏れ、恐怖で染まった瞳はそこにはない。ただ、光を宿し僕を真っ直ぐに見てくる、僕のこの世で最も嫌いな瞳があった。
だからこいつはイヤなんだ。イライラさせられる。いつもはヘタレのくせに、いざとなると強いんだよね。まったく、めんどーな奴…
こうなった新一はテコでも動かないのは幼馴染みなだけあって、重々承知済み。
正直、僕も限界。最近、やたら喉の渇きが押さえきれない。乾いて乾いて…潤いをどんなに飲んでも感じられない。
今からするのは、ただの僕の気紛れと、偶然が重なっただけ…それだけ。
「まあ、丁度いいや。遠慮なく頂こうかな。僕の気紛れだからね?今更待ったは聞かないよ?」
そう言って、ニヤリと笑ってみせても、新一は真剣な顔で頷いた。
僕は距離を詰め、新一の肩に手を置く。身長差がほとんどないため、少し頭を下げ、新一の首筋に顔をうずめた。
ふと、“今まで手を出さないで守ってきたものを、今さら手を出して後悔しないか?”という考えが頭を過った。
確かに新一や周りの人達を、他の吸血鬼から血を喰われない様、手段を選ばずに護ってきた。
……はっ…それがなんだってわけ?新一が、僕に血を飲めって催促してたじゃん。
自分の理性を押し込めると、肩を掴む指に力を入れる。
ビクリと反応する新一に構うことなく、首筋を一舐め。掴んだ肩が小さく揺れる。
「もういっそ、壊れてしまえ…」
▽▲▽
ピピピ、ピピピ、と煩く鳴る目覚ましを反射的に止める。
はっと目覚め体を起こした。昨日!……確か最近話題の連続殺人犯を突き止めようとして…あれ?
路地裏まで入ったのは覚える。が、そこから先の記憶がない。どうやってここまで戻ったのだろうか。
ま、いーか、どうせ今日目暮警部に呼び出されてるし、“アイツ”と解決すれ…ば…ん?“アイツ”って誰だ?
高校生探偵は俺だけだし、呼び出されてんのも俺だけだろ。
いつもの様に蘭と二人で学校まで行き、サッカー部の朝練に出る。そして授業を受ける。
なんら変わらない日常のはずなのに、朝抱いた違和感は拭えずにいた。
蘭と二人でいる時誰かが足りない。学校内はいつもの騒がしさなのに、どこか寂しく感じる。教室の1つ多い机。男女混合体育のバスケは華がないとすら感じた。
何なんだ、この違和感は。蘭や園子に聞いても、いつも通りだと言われる始末。
「大丈夫?新一…今日一日中眉間にシワ寄ってるけど…」
昼休み、サッカーをする気にもなれず、教室でぼーっとしていると蘭に話しかけられた。
隣には園子もいる。
「お、おう…ちょっと今回の事件がややこしくてな…」
「そうなの?なら良いんだけど…」
「ほーらね?どうせ事件だろーって私は言ったのに。それとも夫婦水入らずでないと話せない?」
「「夫婦なんかじゃないっ!」」
ああ、何かが足りない。
▽▲▽
ん、と欠伸を噛み殺しながら背筋を伸ばす。僕は今、魔界の吸血鬼総会に向かっている。
吸血鬼総会ってのは文字通り吸血鬼の集会で、長老達のありがたーい御言葉を聞き、各々の近況報告をするという物。
あー、やってらんない。なんで老いぼれの話なんか聞かなきゃいけないわけ?報告だって最近、人間界に出てきた携帯を使えば一発じゃんか。
何より、開催場所の魔界の空気が僕はキライ。サボってやろうか、と踵を返そうとした時。
「どうでしたか?名前嬢。私の作った“記憶抹消煙幕”は」
背後からよく聞きなれた声がした。
「なんだ、バ怪盗か」
「なんだとはねェだろ!あとバ怪盗じゃなくて快斗だっ!」
ギャンギャンよく吠える犬みたいなヤツは黒羽快斗。
巷では“怪盗KID”として名を馳せているが、実のところ、吸血鬼仲間であったりする。
あと道具開発に優れていて、コイツが開発した道具にお世話にならない吸血鬼はいないと言っても過言ではない。
「はいはい。まぁ効果は申し分ないけどあの悪趣味な臭いは頂けないね」
「えー?フローラルな薫りだっただろ?」
「それが頂けないって言ってんの」
サボるにもサボれない状況になってしまい、仕方なしに総会の開かれる講堂に歩き始める。
「あ、そうそう」
その言葉に嫌な予感がしながらも足を止めて振り返る。
「手ェ、出したんだって?あんなに大切にしてた幼馴染み君に」
ほら、思った通り。