APORIA


「いったぁい!なんでこんな所に缶詰があるの?!」

思わず踏んでしまった桃缶を拾い上げる。なんなの、ここは。そこかしこ、物だらけじゃない。

「佐藤さんこっちには炊飯器が転がってます!」

後ろを歩く高木くんから信じがたい報告を受け、額に手を当てた。ありえない。

一歩踏み出そうにも、床が見えず足の置き場もない。こんなゴミ屋敷のような部屋に来た訳は一時間前に遡る。

▽▲▽


私と高木くんは目暮警部のデスクに呼ばれた。
神妙な面持ちをした警部に思わず身構える。それは高木くんも同じ様で少し肩が上がっていた。少し可愛いなんて思ってしまうのは惚れた弱みかな。

「実は二人に連れて来てほしい人がいる」
「「………え?」」

思っていた内容ではなく肩透かしを食らった。目暮警部は困った様に眉を下げる。

「えぇっと…連行するということでしょうか?」
「いや、ただ警視庁に連れて来てくれれば良い」
「それって…僕らの管轄ではないのでは…」
「年ごとに当番制でな、今年度の持ち回りは三係になった」
「はあ…?」

高木くんは事情を全く理解出来ていないみたい。かく言う私もピンと来てない。
一体全体どういうことなの。

「今年は僕らが“氷室番”ですか」

颯爽と目暮警部のデスクに現れたのは白鳥くんだった。
彼の言う単語に聞き覚えがあったため聞き返してみる。

「“氷室番”って…?」
「聞いたことありませんか?“アイス”の世話係の意味ですよ」

“アイス”。それは2年前週刊誌や新聞で多く取り上げられたワードの一つで、世の中に大きなインパクトを与えたとある人物を指す言葉。
同じ様に気づいた高木くんは声をあげた。

「“アイス”ってもしや…あの天才ハッカーですか?!」

少し大きめのその声に、ガタリと音を立て、反応したのは千葉くんだった。顔に興味津々ですって書いてある。

目暮警部は「そうだ」と頷く。
そんな人物を何故、と問うと詳しくは後ほどと言われて押し切られてしまった。

その後メモを取ることを許されず住所を口頭で聞かされ、向かった先は有名な高級住宅地の高層マンション。芸能人が住んでそうだと高木くんが騒ぐくらい、セキュリティがしっかりしていた。

そんな家賃も想像できないマンションの一室がこんな物で溢れかえっているなんて、勿体なさすぎる。

「うわぁ!!」

ズデンと後ろから転んだ音が響き、意図せずため息が出てしまう。

一体世界を騒がせたハッカーは本当にこのだだっ広い部屋にいるのだろうか。探し続けてかれこれ30分は経過している。
汚い部屋にいるせいか頭が痛くなってきた。

「ちょっと高木くん、気を付けてよ」
「いててて…すみません…ってあれ?佐藤さん!来てください!」

振り返ると彼は何やら辛うじて見えるフローリングの床を指差している。

「何か見つけたの?!」

物を踏まないようにしつつ、急いで駆けつけると彼の示す先には扉のような物があった。

物で溢れているとはいえ、警察官二人が30分かけ探したにも関わらず見つからなかったのだから、いるとしたらここしかない。
無言で顔を見合わせ、せーので扉を開いた。

なんと奥に階段が続いている。
どういった作りになっているのか甚だ疑問だけど、今はそんな事を考えてる場合ではない。

「いくわよ」と目で合図すると高木くんは真剣な表情で頷いた。

進んでいくと一つの大きな部屋にたどり着いた。所狭しと様々な機械類が設置されており、部屋全体が数十台もあるパソコン類の青白い光で照らされている。
いつのまにSF映画に飛び込んだのかしらと目を疑う光景が広がっていた。

そしてそんな部屋の隅に浮かび上がっている小さな人影。
機械の作動する音しか響かない空間に圧倒され、思わず唾を飲み込んだ。

「よく辿り着きましたね、初めましてでここに来れたの君たちで3組目ですよ」

振り返り優雅に微笑んだのは年端も行かぬ可憐な女の子だった。

▽▲▽


「今年度は皆さんなんですね、よろしくお願いします」

笑顔でお辞儀をした彼女は本当にあの有名な“アイス”と呼ばれたハッカーなのだろうか。目を疑う光景に戸惑いを隠せない。

「あ、あぁ、こちらこそよろしく頼む」

前年度担当していた係の報告書にはまず、警視庁に行くのをあの手この手で抵抗するとあったのに、部下の話だとそんな事はなかったらしい。ただ部屋が恐ろしく汚いというのだけは報告書と意見が合っていたようだ。

〜出てこなかった設定〜
25歳(新出先生、千葉刑事と同年)、アメリカ国籍。東都大学特別講師。ハーバード大学、大学院を飛び級で卒業。黒の組織に追われ日本に留学。
昔新一と蘭(9歳差)のご近所さんとして面倒を見てあげていた。新一の初恋相手。
中学の頃、危険国家のミサイル発射をサイバー攻撃で止めた事がある天才ハッカー。