「ねえ名字」
車の後部座席からお嬢様が私を呼びつけた。
私は「また何か良からぬ事を考えついたのか…」と感づき思わず眉間に皺が寄る。大抵、お嬢様のこの決まり文句から始まる話は私にとって頭の痛くなることばかりなのだ。そろそろ医療費請求したい。
「私、ボーダーに入ることにしたから」
暫しの沈黙。何度もなんどもお嬢様の言葉を心の中で繰り返す。
ボーダーに入ることにしたから…ボーダーにはいることにしたから…ボーダーニハイルコトニシタ…カラ…?
「はいっ?!」
急ブレーキを踏んで振り返る。車通りの少ない道で良かった。いやそんな事は今どうでもいい。
後部座席でお嬢様がニヤリと笑った。ふざけんな。
「もちろん名字も入るわよね?」
「えー…」
再び車を発進させながら渋ってみる。
当然答えは決まっているのだが、渋りながら頭をフル回転させボーダーについて情報を起こしてみる。
ボーダーといえば最近できた組織だ。詳しくはよく知らない。
以上。
…ちゃんと調べる必要がありそうだ。お嬢様ためにも自分のためにも。
どうせこのお転婆娘のことだ、お家の方々に話は通してあるはず。念のため私が再度本当によろしいのか伺うとするか。ちゃんと正しい説明をされているのか否かの確認も兼ねて。
「あとお父サマとお母サマからちゃーんと了承は貰ってるから無駄な事はしないでよね」
ピシャリと心を読まれたかのように言われてしまった。
追い討ちをかけたつもりなのだろう。バックミラーを盗み見るとさらに踏ん反り返ったお嬢様が映っていた。
「…お嬢様、第3ボタンだけ空いててブラ見えてますけど」
「はっ?!そ、そういうのはもっと早く言いなさいよ!バカ名字!」
慌ててボタンをしめるお嬢様を確認してから小さく溜息を吐いた。
面倒ごとがこれからどんどんと増えそうな予感しかしない。気が重すぎる。もう一度言う、ふざけんな。
「はー…これだからうちのお嬢様は…」
「何ですって?!ちょっと名字!無視することないでしょ!名字聞いてるの?!」
▽▲▽
着々と準備は進み、気がついたら入隊式になってしまった。あーいやだいやだ。
事が順調に運んだせいで、最近のお嬢様はいつにも増して機嫌が良かった。対して私の気持ちは反比例しているのは言うまでもない。
下がっている要因の一つとして、周りが若い子ばかりというのもある。入隊式の時、年下しか見かけなかった。
「おばさんが何しに来てんだ」とか言われていそうで恐ろしい。若さって怖い。私だって好きで来てるんじゃない。
唯一の救いはお嬢様の幼馴染である凪ちゃんこと三鶴城凪子も入隊する事だけだ。お嬢様の手綱を握っている彼女がいるなら私の懸念事項も減る、と信じたい。まあ、きっと私の胃痛頭痛問題が増えるだけだろう。
入隊式の話を聞き終わると、次は各ポジションに分かれて説明演習が行われるらしい。
ちなみにお嬢様は攻撃手、私は銃手、凪ちゃんはオペレーター。
私はお嬢様の執事とボディガードを兼ねているため特別な訓練を受けている。よって銃の扱いには慣れているので楽勝だった。「名字だけズルイ…」とどこかのワガママお嬢様が文句を垂れていたが気にしない。
「あれ?オジョーサマは一緒じゃないの?」
銃手の説明演習が行われる場所に移動している途中、唐突に声をかけられた。話しが見えなかったためマジマジと話しかけて来た彼を見つめる。
「あー突然でわけわかんねーよな。いっちばん目立ってたから気になってさ」
「…目だってましたか」
目立ってた。口に出さずもう一度反復してから考える。
はて、そんな目立つような事をしただろうか。お嬢様が浮かれ過ぎて転んだり、凪ちゃんが入隊式中にシュークリームを食べて怒られたり…あれ、これだけでも可笑しな人達になるのだろうか。意外と目立つ要因がある。しかも隣にいるのはおばさんと来た。これじゃあ数え役満にダブロンくらったみたいな状況じゃないか。
「あんたがお嬢様って連呼してたらそりゃ目立つっしょ」
あ、裏ドラ乗った。
〜詳しい設定〜
聖家に代々仕える執事の家系で育った21歳。聖十和子(16)の執事兼SP。お嬢様命のクセに素直じゃない。男家系で育ったため実は口が悪い。早撃ちの名人。ただあくまでお嬢様のサポート。
我らがお嬢様、聖十和子(16)。
自由奔放で典型的な我儘お嬢様。軽いツンデレ気味。お嬢様学校で照屋とクラスメート(1-B)。
胃痛の原因、三鶴城凪子(16)。
十和子のクラスメートで幼馴染。穏やかな性格で面白いことと噂話が好き。瀬川のファン。