つづき


彼は犬飼くんというらしい。
クラスメートの子と一緒に帰る約束をしているため、私とともに攻撃手が出てくるのをボーダー内のロビーで待つことになった。

銃手だけかなり早く終わったのか、他のポジションの人が訓練室から出てくる様子はまだない。
説明をしてくれた人はくわえ煙草をしていて教えがとても上手かった。私ならああは出来まい。

お嬢様と凪ちゃん、何か問題を起こしていなければ良いのだが。…そんな杞憂は無駄だろう。きっともう問題を起こしてるに違いない。二人一緒じゃないだけましか。

「ふーん、じゃあそのオジョーサマの付き添いで名字さんはボーダーに入ったわけだ」
「そういうことなんです」

さっき買った"つぶつぶみかどみかんゼリー"に口をつける。えっ何これ美味しい。
ちなみに彼には果汁100%のぶどうジュースを奢ってあげた。そこは年上を見せましたよ。年下相手に敬語なのはただの癖だ。

「執事も大変なんだね〜…って何これウマッ!」
「私のみかんゼリーも美味しかったですよ」
「えっ!一口ちょーだい!」
「では私も一口貰いますね」

飲み物を交換して一口飲んでみる。…え、まんまブドウだ、これ。

「おいし…さすが果汁100%」
「でしょ?!ってかこのつぶつぶ感たまんねえ」

遠慮なく飲み続けていたらいつの間にかペットボトルが空になってしまった。美味しかったから仕方ない。そんな時もある。

「飲み終わっちゃいました、すみません」
「いや俺も飲み切っちゃったからおあいこっしょ」

しばしの沈黙。おそらく犬飼くんと考えてることは同じだろう。

「犬飼くんって末っ子でしょう?」
「名字さんこそ」

犬飼くんがニヤリと笑った。

その後話していて分かった事だが、彼には姉が2人いるらしい。兄が2人いる私と家庭環境が似ていたため大いに盛り上がった。上への不満が出てくる出てくる。当然、末っ子同盟は結んだ。

彼のコミュ力には眼を見張るものだった。しかし私もそれに乗せられ連絡先を交換してしまった。

その後、彼の友達が出て来たため別れた。そのお友達は攻撃手の説明演習を受けていたそうだから、そろそろお嬢様も出てくるだろう。

▽▲▽


お嬢様が飼っているトイプードルを連れて河川敷まで散歩に来た。当のお嬢様はというと最近仲良くなったクラスメートの照屋ちゃんと凪ちゃん3人でお菓子作りをするんだとか。お散歩代行料金として後で貰う予定なので良しとしましょう。

散歩していると、前から歩いてきた彼と目が合ってしまった。
彼も同じ様に犬の散歩をしていて、リードの先には活発そうなシバっぽい犬がいる。
何も言わずにすれ違うのも失礼かと思い、軽く会釈してすれ違おうとした。しかし物事は上手くいかないもので、グンっとリードが後ろに引っ張られた。ちくしょう。

「…こんにちは、嵐山さん」
「っ!!俺の名前、知ってたんですね」

柔らかく微笑んだ彼こそボーダー所属の銃手で嵐山さんだ。
一度目はテレビで二度目は先日の入隊式で彼を見かけた事がある。
笑顔が眩しくて、男に対して言う言葉ではないけれど華があると思った。

「ええ、まあ入隊式で…」
「あっ!あぁ!ですよね!」

照れ笑いを浮かべ恥ずかしがる姿は普通の高校生だ。
そういえば、今更だがいきなり名字を呼んだりして変なおばさんになってないだろうか…

こんな微妙な空気になったのも、このワンコ達のせいだ。足元で仲良さげに挨拶し合っている彼らを恨めしげに見下ろす。

「…あの!」

突発的な声にパッと面を上げる。

「名字さんって何か特別な訓練でもされていたんですか?!」
「はい?」

何事かと思えばこないだの説明演習の時に私を見かけたらしい。あまりにも動きが素人離れしていたらしく、話してみたかったとのこと。私のプロフィールを必死で覚えたのだとか。なにそれ可愛い。
私は実直に話してくれた彼の誠意を返すため、一から全て説明した。

一通り説明し終えると嵐山さんは一人俯いて考え始めてしまった。
沈黙の中まじまじと彼を見つめてみる。
彼は爽やかイケメンだ。なんだろう、意外と腹の中は黒くて俺より目立つんじゃねえ!とでも言われるのだろうか。イケメンこわっ。

「いきなりで申し訳ないんですけど!俺の師匠になって貰えませんか?!」

……は?

我に返った私は直ぐに考え直すよう、もしくはもう一度考えを煮詰めてみるよう彼を諭し、事態の収拾を収めた。
とりあえず…師匠ってなんだ。

後から凪ちゃんに聞いたら、彼女の情報によるとボーダー内には師匠弟子関係にある人が多いらしい。彼女の噂好きもこう言ったところで役立つのだから侮れない。