つづき


「あ、そうだ、これ」

俺はポケットから飴を出した。これは昨日見舞い来たブン太がくれた物だ。くれたブン太には悪いけど、名字さんみたいな可愛い人に食べられるんだから、別に問題ないよね。文句なんて言わせないけど。

名字さんはキョトンと首をかしげた。こういう細かい仕草一つ取っても、彼女は小動物そのものだと思う。

「あげるよ」
「ありがとう、ございます」

名字さんは小さい手をオズオズと伸ばした。それを俺はすかさず絡みとる。

「ふふ…どうしてって顔してるね」

どうして?なんてそんなの簡単だよ。

「敬語なしって…約束しなかったっけ?」

ニコリと笑って見せると、名字さんはまたバツの悪そうな顔をした。

「ごめん」
「じゃあ罰として…」

体が引けている彼女を引き寄せるように、掴んでいる手を強めた。

「食べさせてあげる」

俺は飴の包み紙を取って、彼女の前に立つと彼女は照れているのか俯いている。

キスする訳でもないのに。意外と初々しいんだな、なんて思った。

くいっと彼女の顎を指で押し上げると、ようやく彼女の視線が上がり、視線が噛み合った。羞恥からか、瞳を潤ませて、頬をほんのり赤く染める彼女に、俺は時を忘れるかのように見入ってしまった。

今まで可愛らしい、小動物のような彼女しか見たことがなかった。そんな彼女にこんな、女性らしい表情があるなんて、知らなかった。一杯食わされた気分だ。

「幸村くん?」
「ごめんごめん。じゃあはい、口開けて」

本当はもっと恥ずかしがらせようと思っていたんだけど…思いのほか、俺が持ちそうにない。
目を閉じ少し口を開けて待つ彼女に飴を押し込んであげた。なんだか雛鳥に餌をあげるみたいだ。

「……ありがとう」

罰に対して礼をいうなんて、本当に君は面白い。

▽▲▽


このあいだ、幸村くんと二度目となるお話(?)をした。そこでお互いに年齢を知ることができ、同い年ということが判明したのだが…

その時、幸村くんから飴を食べさせてもらうという、何とも言い難いことをした。思い出すだけでも恥ずかしい。

幸村くんは何が面白いのか、あたしの顔を見たまま固まってしまうし…礼を言えば俯いていたのを良いことに、頭をなでられるし。その後、咄嗟に検査だったのを思い出し逃げるように幸村くんの元を去った。

彼の優しげな微笑みを見ていると、わざとやっているんじゃないかと思う。一昨日も頭をなでられ、飴を食べさせてもらい、同じような展開になった。

敬語を禁止するくせに何故子供扱いしてくるのだろうかと、理不尽だと思いつつ、彼の有無を言わせない微笑みには従わざるを得ない。

昨日も同じことをされたがもう、耐性が付いたらしく、前ほど恥ずかしくなることもなくされるがまま。こんなのいらない耐性だ。

けれど飴は毎回美味しいし、楽できるし、頭をなでられるのもなんだか嬉しいし…それほど悪いものじゃないなと感じる今日この頃。

今日は初めて幸村くんの病室に行くことになった。その経緯にはもろもろあったのだが、ここでは省略させてもらう。

彼の病室は個室で、新しめの切花が飾られていた。幸村くんは先に入ると、自身のベッドに腰掛けた。

「ここが俺の部屋。おいで」

手招きする彼に近づけば、ポンポンと彼の座る真横を叩いた。

「これから座るとこなくなるから、先に座っておいた方が良いよ」

クスリと笑う幸村くんは、悪戯を仕組んだ子供みたいな顔だった。

「これから…?」


突然廊下が騒がしくなった。彼はまた微笑むと、あたしの腕を引き寄せ、無理やり座らせられる。それと同時にドアが勢いよく開かれた。

「部長!見舞いに来たっスよ!」
「赤也!病院の廊下を走るとはたるんどるっ!!」
「そう言う真田が一番うるさいナリ」
「幸村くん、ケーキ持ってきたぜ!」

うるさい男集団が現れた。全員、肩には皆、テニスバック。

あれ、幸村くんの友達?ってことは、幸村くんって…テニス部の部長さん?

思考回路がショート寸前だ。

▽▲▽


ズラリと並んだ真田たち。俺にとっては見慣れた光景でも、彼女には刺激が強すぎたみたいだ。

小さな手が俺のパジャマの裾を握っていて、きゅうっと体を強ばらせているのが分かる。

ああ…かわいいなあ…本当、小動物みたいだ。

「ん?部長の影に隠れてんの、ダレっスか?」

赤也の言葉に彼女は体を震わせた。俺は名字さんの頭に手を置き、安心させるように、少し撫でる。

「彼女は名字名前さん。俺と一緒で、ここの患者さん」
「なるほど…」

うちの参謀が何かをノートにとり始めた。さすがだなあ…後で何て書いたのか見せてもらうとしよう。

「お前、隠れてないで出てこいよ!」
「そうだ!挨拶もできないとはたるんどるっ!!」
「赤也と真田は黙って」
「は、はいっス…」
「う、うむ…」

うるさい二人を黙らせて、俺は風船ガムを膨らませてジャッカルと遊んでいるブン太に視線をやる。

「そうですね、こういう類の物は慣れている方がやるのが一番ベストでしょう」
「そういうわけじゃ、ブンちゃん、行ってきんしゃい」

柳生と仁王が俺の視線に気づいたのか、ブン太を俺の前に送り出してきた。ブン太はパチンと風船ガムを割った。

「んー?コイツを…じゃなくって…名字さんをとりあえず幸村くんの後ろから引っ張り出せばいいんだよな?」

後ろに確認を取り、ブン太は腰をかがめ、名字さんの目線まで顔を下げた。さすが、弟が二人いるだけあってこういう事に慣れている。

「おーい、大丈夫かー?なんもしねえぞ?ほら、怖がんなって、な?こっち来れたらご褒美にアメあげっから!」
「あ…アメ?」
「そうそう、アメ!今ならお前の好きな味選ばせてやるぜ!」

観念したのか、あるいはアメにつられたのか、彼女はついに顔を俺の影から覗かせた。彼女を見た瞬間、皆んな驚いて固まった。俺の予想通りだ。
中には顔を赤く染めてる奴もいる。

「うん、驚くのも分かるよ、名字さん、かわいいからね……惚れたら…ただじゃおかないから。フフ…」

その瞬間、部屋の温度が五六度下がったと後に赤也が語っていたとかいないとか。