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「あーさみぃ」

あまりの寒さに心の声が漏れる。煌々と月明かりに照らされ、夜の厠帰りの道は意外にも明るいものだった。

廊下を歩いていると一つの影が前川邸の方に駆けて行くのが見えた。あんなに早く走れるのは新選組でただ一人。彼奴は異様に耳が良いから何か聞こえたのかもしれねえ。

急いで自室に戻り相棒の槍を手に前川邸に向かう途中、総司と斎藤と合流した。

「珍しいね、左之さんがこういう時起きてくるなんて」
「調度厠の帰りに名前が向かってんのが見えたもんでな」
「なるほどね」

話していると前から人影が近づいてきた。それは前川邸から引き返してきた名前だ。

「名前、何があった」

先頭を走っていた斎藤が足を止め名前に問いかけた。

「新撰組の隊士二名が夜の巡察に向かうと言って屯所を出た」
「ったくしょうがねえ奴らだな」
「“人が斬りたい”とか口走ってたから面倒な事になりそうだ」

名前はやれやれと困り笑いを浮かべた。

「まーた脱走かぁ、こう続くと嫌になるなあ。いっそ全員斬り殺しちゃえば良いのに」
「総司」
「はいはい、冗談だって」

総司がそう言うのも無理もない。今月新撰組の隊士が屯所を抜け出した回数なんぞ数えたくないくらいだ。

「私は隊士を追いかける。代わりに副長への報告は任せた」

そう言うと風の如く名前の姿は消えた。

「相変わらず足だけはすばしっこいよね」

名前は総司の皮肉なんかもう聞こえないくらい遠くにいるだろう。いや彼奴の耳ならギリギリ聞こえてたかもしれねえ。

「総司は副長に報告を、左之と俺は他の幹部を起こして前川邸に集合だ」
「あいよ」
「えー、僕が起こす係やりたかったなあ」
「駄目だ。あんたはそう言って真面目に人を起こした試しが一度もない」
「一君は真面目過ぎるよ、少しお遊びがあった方が肩の力も抜けるんじゃない?」
「あんたは抜き過ぎだ」

言い合いをしながら八木邸に戻ると三人散り散りになった。平助や新八を起こしながら、名前のことが気になった。彼奴はたまに無理をする。本人に言わせると“無理じゃなくてできると思って行動にしたまで”らしい。

今回は脱走した隊士が二人といっても彼奴らはただの隊士じゃない、羅刹だ。万が一というのもあり得る。名前が弱いという訳ではないが、俺にとって試衛館時代からの弟分みたいなもんだ。そんな大事な弟の無事を祈りつつ幹部を次々と起こしていった。

▽▲▽


夜中に突然左之さんに起こされて何事かと思ったら、最近落ち着きがない新撰組の隊士が脱走したらしい。一早く気づいたのはやっぱり名前だったみたいで、ぐっすり眠りこけていた己と比べると悔しくなる。

幹部が前川邸玄関に集合して土方さんの指示通り各自動きだす。山南さんと俺は前川邸の見張り、所謂お留守番。

捕り物に参加したかったなあと思いながら巡察に向かう五人の背中を見送る。そんな俺かの不服な気持ちを読まれたのか、山南さんに「見張りも十分大切な仕事ですよ」と諌められてしまった。

山南さんの指示で、手分けして前川邸の見張りをする。山南さんは前川邸内を、俺は前川邸の門前で見張り。

山南さんはああ言ってはいたけどさ、寒いしやる事ないし暇過ぎる。何なら隊士の一人や二人、また脱走すればいいのに、そしたら俺が取っちめてやるのにな。なんて総司みたいな不謹慎な事を思っていたその矢先。

「藤堂君!!」

山南さんの声にハッとなって寄りかかっていた門から体を離すと、羅刹化した隊士が門目掛けて爆走してきていた。まさか思っていたことが本当になるとは願ったり叶ったりだ。

「待ってたぜ!退屈してたんだよなー!相手になって…」

愛刀を鞘から抜き門の前で構えていると、羅刹化した隊士は刀を交えることなく俺の脇をすり抜けて行ってしまった。

「って、えええ!?」
「何やってるんですか!あなたは!前川邸は私がなんとかします。藤堂君はあれを追ってください!」
「山南さん悪かったって!」

後でこってり絞られそうだな…顔を青ざめさせながら俺は羅刹を追うことになった。羅刹化しているせいか中々距離を詰めることができない。そうこうしている内に羅刹は入り組んだ路地に入ってしまった。しかし。

「ギャアアアアアアアッッ!!!!」

路地から聞こえたのは独特の断末魔。急いで路地に飛び込むと心臓を苦無で一突きされて絶命している羅刹が横たわっていた。苦無、ということは彼奴しか出来ない芸当だ。

「あ、先に声帯斬るの忘れた」
「名前!」

路地の奥から姿を現したのは案の定、名前だった。此奴はいつもどこからともなく現れる神出鬼没なやつで心臓に悪い。

「ダメじゃん平助」
「今から仕留めるつもりだったんだよ!」

ムキになって叫べば、「大方暇だとかいって呆けてたんでしょ」と名前に図星を指摘され言葉に詰まる。油断してたのは事実だけど暇だったのも事実だぜ?なんて言い訳したら百倍になって返ってきそうだからやめておくことにした。

「つか、あれ?名前、別の羅刹二体の方追ってたんじゃねーの?」

死体から新選組特有の浅黄色のダンダラ模様の羽織を剥いでいる名前に言うと、名前は手を休めることなく淡々と言い始めた。

「土方さんたちが思いのほか早く追いついてくれたからそっち任せてこっち来たんだ。なんか前川邸の方がまた騒がしいと思って」

ま、こっち来て正解かな、なんて言ってニッコリ笑いやがるもんだから悔しくなって、後ろからどついてやった。