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明け方、俺の部屋の前で跪く人影が一つ。誰かなんて声をかけなくてもわかる。昨夜の一件で元々少ない睡眠時間を大幅に削られたせいか、まだ起ききらぬ体で襖を開けた。

「あれ、起きてたんですか」
「今起きたんだよ」

それはそれは、と言ってニヤニヤしている名前は一向に開けた襖から入って来ようとしない。

「おい、冷えるんだから中入れ」
「やだあ土方さんに襲われるう」
「んな事しねえよっ!とっとと入りやがれ!」

ふざけているのかと思えば眉を八の字にして笑った。体が目覚めてきて気づいたのは名前から発せられる咽るような血の臭いと死臭。忍び装束は黒いため目で判断はできないが、おそらくその忍び装束は先ほど死んだ羅刹の血がたっぷりと浸み込んでいるのだろう。意外な所で遠慮するこいつは昔からそうだった。

「今更だろうが…入って来い」

それでも渋る名前の腕を掴んで中に無理やり入れた。いつもながら細っこい腕だ。

仕方なしに畳に座った名前から発せられる淡々とした報告を聞く。此奴からの報告は良く纏まっていて分かりやすい。端的な事しか話さない総司や順序がぐちゃぐちゃな平助なんかには良い手本にしてほしいくらいだ。報告を終えると一晩中働いた名前を休ませようと指示を出そうとした時。

「ご苦労だったな、お前最近働き過ぎなんだから少しは…」
「副長」
「あ?んだよ」

遮られたため話を中断すると名前はある一点に視線を注いでいた。それはさっきの餓鬼から念のため取り上げていた小太刀だった。

「これは?」
「…今話した餓鬼が差していた小太刀だ。何か気になることでもあったか?」

名前は少し考えると笑みを顔に携えた。

「少々見覚えのある物だったもので…なるほど…一つお願いがあるのですが、今日の夕方までには必ず返すので貸して頂けませんかね?」

この小太刀は良い物だとは思うが業物でもなさそうなのは一目瞭然。
ただ俺はどうも名前には甘いらしい。何か此奴にも考えがあるのだろうと二言返事で了承してしまった。

「ありがとうございます。という事なのでこの刀調べるために一日屯所から離れますね」
「…あぁ」

ちくしょう、今日も今日とて名前に休暇を取らせるのを失敗しちまった。これで何度目の失敗なのか数えたくもない。したり顔で笑って名前は部屋を後にした。

▽▲▽


寒さに負けない活気を放った京の都を風呂敷片手に一人歩いていた。道中、寝ていないせいか欠伸が漏れてしまうのは致し方ないこと。風呂敷の中身はというと早朝に土方さんから預かった小太刀が包まれている。さすがに他人の刀を自らの腰に差すのは憚られた。

しかしどうしたものか。第一関門である土方さんは思いの他あっさりと小太刀を貸してくれたものの、早くも第二関門にぶつかってしまった。というのも、どの刀屋に持って行っても見たことがないと言われてしまうのだ。わざわざ彼女は小太刀を差しているのだから、何か曰く付きなのかと踏んだのだが予想が外れたのかもしれない。

京の刀屋を片端から巡り終わり、鴨川沿いの茶屋で一息付くことにした。それにしても昨日偶然出会った千鶴ちゃんを土方さん達が捕縛するとはこれも運命なのだろうか。
しかしあの時、千鶴ちゃんにとっては初対面だったと思うが私は一方的に一度千鶴ちゃんを見かけているのだ。


秋が終わりに近づき、寒さが本格的に厳しくなり始めた頃。蘭方医の雪村綱道が行方をくらました。

副長に命じられ江戸の家を単身訪れた際に彼女を遠くから見かけた。近所を聞き込みして得られた情報では、綱道さんは一人娘の雪村千鶴と二人暮らしだった様子。

その時点で千鶴ちゃんの名を知っていたため自己紹介が遅れたことを追記させてもらう。

千鶴ちゃんは近所でも評判が良く、素直で真面目、おまけに気配り上手ときた。こりゃ将来いい女になるだろう。

結局その時は綱道さんの足取りを掴むことが出来なかった。この子を囮に引き出せば否が応でも父親なら出てくるんじゃないかという考えが横切ったが、今回副長に命ぜられたのはあくまで綱道さんの足取り。余計な報告はしなかった。


最後の団子を頬張り茶で流し込んだ。そこでふと、比叡山麓の方に刀屋が一件あるのを思い出した。日が真上を過ぎてしまっているが急ぎ足で行けば間に合うだろう。この一件が駄目ならば潔く諦めようと腹を決め、急いで鴨川に沿って上ることにした。

▽▲▽


行った事がなかったため迷うかと思われたが、すんなり見つける事ができた。店の中は少し薄暗い。

「御免下さーい」
「はいな」

店の奥から出てきたのは初老の男性。早速目利きをしてもらうと意外な答えが返って来た。

「こりゃ小通連という小太刀どすなあ、対の太刀は大通連と言わはります。言い伝えでは鈴鹿御前の持ち物やったとか」
「へえ」

思わぬ収穫に驚いたが何にせよ無駄足にならずにすんで良かった。目利き代を多目に払って店を出ると既に日は傾き始めていた。

急いで帰路につくが、背後から異様な気配を感じ、振り返る。すると金と白と赤の派手な着物で着飾った男と連れの男が刀屋に入る所が見えた。

「趣味悪いな…」

その一言を聞かれていたとは露知らず、踵を返し再び歩くのに専念するのだった。