遊んでいたゲーム内で出会ったプレイヤー、というかそのプレイヤーのキャラクターに恋をしたことがあった。ただ一緒に遊ぶことが多く、別に恋人のロールプレイをしたわけでもない。……いや、恋というには幼い、淡い気持ちだっただろう。ただ、キャラクタークリエイトが好みだっただけ、のはずだった。
 結局仲良くなって、付かず離れず十年以上も一緒にゲームをしている。一緒に遊ばないゲームだってあるし、互いに誘うときもあるが、基本的には好きなようにゲームをしていて時間が合えば一緒に遊ぶだけ。そいつ以外にも一緒に遊ぶメンバーが段々と増え、なんだかんだとそいつ抜きでも一緒に遊ぶようになっていって、いまや一緒に遊んでいるメンバーの独りという位置づけでしかない。
 そんなことを繰り返して、そいつのキャラクターに恋したなんてのも幻想だった、なんて自分の中で笑い話になることすら通り越して忘れた頃。そう、忘れていたはずだった。
 初恋だったわけではない。その前に恋人だっていたし、その後に付き合った人もいた。鮮烈な印象を持っていたわけでも、長い期間患っていたわけでもなかったはずの淡い気持ち。
 ふと夢の中で「好きな人」の役割をあてられるのがそいつのやっていたあのキャラクターになったことがあった。初めてみたときはいっそ笑ってしまった。ああ、そういえばそんなこともあったな、なんて懐かしく思える程度の話。そう、その程度の話で済む、はずだった。
 夢の中で、昔の恋人が「好きな人」や「恋人」として役割をあてられることはまずない。まあ、おぼえていない夢の中はどうなっているのかなんて知らないけれど、とにかく起きたときに鮮明に思い出せる夢としては、のハナシ。他にも小さな頃の好きだった人、なんて曖昧な存在も出てこない。『そいつ』だけが、夢の中で燦然と輝く「好きな人」になっていた。
 可笑しいだろう。阿呆か莫迦か、どれだけ好きだったのかと他人事なら笑えただろう。しかし他人事ではないのである。
 異世界を始めた頃、『そいつ』――異世界ではホムラと名乗るキャラクターを使っているが、うっかり当時のキャラクターではなく『ホムラ』が夢の中に出演した。そう、莫迦らしくなるような「好きな人」の役割で。
 あのキャラクターならば、まあ、許容できていた。どれだけ好きだったのか、自分でも謎だが、まあ好みだったのだろう、と結論付けていた。でも、『ホムラ』は違うだろう。もちろん、嫌悪を感じるとか根本的に好みではないとか、そういうわけではないし、なかなか格好の良いキャラクターに仕上がっていると思う。だが、それだけだ。それだけ、のはずだった、のに。
 夢を見る頻度は多くはない。一週間に一度、あるかないか程度。そのうちでも「好きな人」が出てくるような夢はそう多くはなかった。これまでは二、三ヶ月に一度あればまあまたか、と思う頻度だった。それなのに異世界を始めてからというもの、夢を見る頻度自体が上がった上に三回に一回は「好きな人」が出てくるような夢になって。そうして、さらにそのうちの四回に一回くらいがあのキャラクターではなく『ホムラ』で出てくるようになってしまった。
 友人になんてことをさせているんだ、と自己嫌悪しそうになる。夢なんてコントロールできないものだとしても、どうしようもないとしても。
 過去の恋人たちと違って『終わり』がなかったからなのかもしれない、とふと思った。付き合っていた、と過去形になったように、たとえば告白して振られていれば、過去になるだろう。たとえば誰かと付き合っているのを見ていたら、――いや、結局見ているだけだったのだ。行動しなかったから『終わり』にならなかった。……まあ、『終わり』にしてしまったら友人関係もなくなっていたのかもしれないと思えば『終わり』にしなくて良かったと言えるのだろうが。
 浮かぶ心に蓋をして、蓋をして、蓋をし続けた結果、うっかり蓋が壊れてああ、と凍った瞳で振り払ってしまったものを眺めるんだ。私は、振り払うつもりなんてなかったのに。ただ、蓋をしておきたかっただけ、なのに。壊れてしまった蓋は、もうないのだから。蓋なんて、出来なくなってしまった。

「レンガードが僕の商品を全部台無しにする夢を見てとても夢見が悪いのでホムラ、ちょっと一緒に迷宮でハムハムしない?」
 とお茶漬が座った目で唇を釣り上げた。私は悪くないのに、とぶつぶつと言いながらもちゃんとお茶漬に付き合うホムラはなかなか優しいだろう。
 その会話をよそに、そういえば『レンガード』の姿は夢に出てこないな、と気が付いた。装備のせいかやたらと神々しいその姿は、口を開かなければ宗教になりそうなほど美しい。まあ口を開けばただのホムラで、そのギャップがまた残念さを際立たせているのだけれど。
 なぜだろうと考えるまでもなく、仮面をつけているとかいないとか、そういう次元ではなく、ただ『ホムラ』として出てきているのだと理解した瞬間に手元の操作をミスした。普段なら考え事をしながらでもミスなんかしたことのない生産で材料すべてがロストしたのに頭痛がする。
「珍しいでしね」
「ちょっと手元が狂った」
 仕方ない、と肩をすくめれば菊姫は「そういうときもあるでし」と肩をすくめ返し、自分の生産に戻った。まあ、本当にそういうときもあるんだけど、今のコレは完全にただのミス。あーあ、勿体ない。
 ――でもまあ、仕方ないだろう。結局、夢で割り当てられるのがキャラクターではないと気がついてしまったのだから。どうしようもない。そう、もうどうしようもないのだ。きっとまた、いつか風化する。そう、きっと。そう思っていた。

 異世界で眠りにつく前に、ログアウトせずに眠ったら体温を感じられるだろうかと考えたことがある。この時点で察してほしい。莫迦莫迦しい、この時点で気付いていてほしかった。
 なんだかんだとクランメンバで二人組になるときには多い組み合わせだ。隣で眠りにつくなんてこと、ザラにある。まあ、ログアウト休憩をしたはずなのに警告が鳴って一人で落ちても困るのでちゃんとログアウトするのだが。
 異世界時間で次の日には別行動となってログインも各自に任されたとき、初めてログアウトではなく眠りについた。夢は、見なかった。仕様なのか否かは分からない。体温も、感じられなかった。これは、もしかしたらどちらもログアウトしていない条件下でないと体温を感じられないのかもしれないとは思ったが、とにかく感じられなかった。気配すらもないのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。

「ペテロ、どうかしたか?」
 異世界で使っている名前を呼ばれて振り向けば、困ったように笑うホムラの姿。なにが? と首を傾げると、ホムラはほっとしたように笑いながら「なんか機嫌悪そうな気がして」などとのたまう。機嫌が、悪そう。
「あー、……うん、リアルの夢見がちょっと悪かったくらいで、別にどうもしないよ」
 いつもより意識して微笑む。その姿があの役割で夢に出てきたなんて、そんな、私は。
 笑い事で済ませるはずだったのに。夢はいつだってこちらを追い詰めてくる。何も変わらないようでいて何かは確実に変わった、そんな異世界の日常を過ごす。
 私は今日も隣で、ゆっくりとログアウト処理をする。
 ……ああほら、もう、私の負けだ。これは、認めるしかない。そんなはずなかったのに。あのキャラクターの造形が、なんて逃げている場合ではない。これはそう、きっともう――。



夢喰いの食中り