ねぇ、王様。
 君のことが好きだっていったらどうする?


 ここ数日、僕は"好き"と言う言葉が嫌いになりかけている。"好き"が"嫌い"だなんでなかなかにスパイスのきいた皮肉だろう。
 それというのも、僕の"好き"という感情がどこに向かっているのかわからないからだった。

 ショートケーキが、好き。
 音楽が好き。

 そういう"好き"とは一線を画した、"好き"だと言う感情――つまりは、人に向ける"好き"。両親が好きだとか、百歩譲って友人である山口が好きだとか、そういうものではなく、有り体にいえば恋愛感情の"好き"が、どこに向かっているのか、わからないのだ。
 中学時代、それなりに女の子とお付き合いをしてきて、それなりに好きだと思える女の子とも出会ってきた。この"好き"だと言う感情が恋愛感情の"好き"に分類されることはわかっている。わかっているのだが、優しくしたいだとか、軽く揶揄いたいとか、そんなふわふわしていて甘いものではないのだ。

 その瞳に映るのが、僕だけであってほしい。
 その唇から紡がれる言葉は、すべて僕への言葉であってほしい。
 その手が触れるのは、僕だけであってほしい。

 こんな感情、普通じゃない。おかしいとわかっているのに、どうしようもなく僕の身体の中を這い回る黒い感情が、"好き"だなんて柔らかいものであっていいはずがない。
 そして――そしてなによりも問題なのが、この黒い感情を向ける相手が男であるということ、それも犬猿の仲と称されるであろう相手であるということだった。


****


 普段、日向と競うようにいろいろなことをしている影山と僕は、そうそう接点がない。僕が揶揄いの言葉をかけて苛立ちをこちらに向けさせるか、それとも僕がコートにいる間の『真っ向コミュニケーション』の間か、まぁとにかくろくでもないかバレーに関する時かの何れかに限る。
 それなのになんでかなんて、僕が聞きたいくらいだった。どうして僕はこんなにも焦がれるのか、こんなにも、こんなにも。

 そう、普段は競うようにしているのに、今日に限っては何故か影山が一人で部室に残っていた。僕は本来、もっと早くに帰宅しているはずで、部室に戻ってきたのも数学のノートと教科書一式をうっかりロッカーに入れてしまったからだった。明日の朝練の時にとって、休み時間だけでも終わらせられるとは思うが、それはそれで気持ちが悪い。
 電気が付いていたから、きっとまたあの二人だろう、と思ったのにまさか一人しかいないとは思わなかった。僕がドアを開けたとき、影山はちょうどTシャツに手をかけたところで、きょとんと僕を見つめる。
 眉間にシワを寄せずに僕を見るなんてほとんどない上に、その瞳には僕以外が映っていなくて――この一瞬が永遠に続けばいいのに、と半ば本気で考えてしまった。
「オマエ、帰ったんじゃなかったか?」
 小首を傾げながら問う影山が可愛らしいと思ってしまって、僕の中のどこか冷静な部分がもう引き返せないな、と呟く。僕ら二人だけなのにどうしてかこんなにも心地よい空間で、それがひどく嬉しいと感じた。
「忘れ物取りに来ただけ。そういう王様は?ずいぶん遅いけど一人で練習してたの?」
 畳に鞄を下ろしてから自分のロッカーに近付くと、同じ一年なのだから当然なのだけれどすぐそばに並ぶことになる。僕がロッカーに近付くと影山は手をかけたままだったTシャツを一気に脱いで軽く頭を降った。
 着替えるのを頻繁に目にしているはずなのにいつだってその背中に目を奪われる。ぴっと伸びた背筋と、肩甲骨周りの筋肉が美しくて、肩の筋肉が動くたびに見とれた。
「いや、片付けてたらいくつかへたってるボール見つけたから空気入れてた」
 そういってから別のTシャツを頭から被り、ぽすんと出てくるのが可愛くて小さく笑った。それを勘違いしたのか、オマエだって明日困るだろ!と唇を尖らせるのだから、可愛いなぁという感情がいつまでたっても拭えない。今は二人だけだし、別にいいかと自分を少しだけ許した。
 別にそっちに笑った訳じゃないけど、お疲れ。そう言った僕はたぶん、普通に笑えていたんだと思う。びっくりしたようにまじまじと僕をみる影山は、少しだけ唇を尖らせて、オマエもそんな風に笑うんだな、と小さく呟いた。
 ドキリと心臓が音を立てて、バレやしないかとひやひやする。皮肉がうまく頬に乗るように笑って、僕のこと、なんだと思ってるわけ?うまくごまかせただろうか。
「別にっ! ……オマエ笑わないじゃん」
 少なくとも俺がいるときは。
 そんなことないと思うけどね、本気で苦く笑ってしまって、ロッカーを閉めた。まさか、あの王様が僕のことを気にしているなんで思いもしなかった。そしてその事実がひどく僕の心を締め付ける。
 なんで気にしてくれてたの?だなんて、聞けたものじゃない。
「ってか、オマエ忘れ物って」
 僕の手元を覗き込むように顔を近づける無防備さに動揺したのを押し隠すように、メガネを押し上げた。意外と抜けてるよな、と言ったのは独り言か、それとも僕に向けた言葉なのかはわからなかった。
 そのままTシャツの上から学ランを羽織ってボタンを留める姿に、思わずそれだけで寒くないの?と一式を鞄にしまいながら尋ねた。別にまだそんなに寒くねえよ、という影山は脱いだTシャツとジャージを丸めて鞄に放り込みながらいう。母親は苦労してるんだろうなぁと思わざるを得ないが、そんなところも影山らしい。
「オマエ寒がりなの?」
 Yシャツの下にも着てるだろ、暑そう。なんて、理解に苦しむ。まあ人よりは寒さに弱い、というよりも温度差に弱いとは自覚しているのだが。影山なんて、ひどく温度差に強そうだと頭の片隅で思った。
 少し冷え症なだけ、と見栄を張ったのか素直に言うのが恥ずかしかったのか、いまだに僕はよくわかっていない。それでも少しだけ逃げた発言に、影山はなにを思ったのか僕の手をさっとすくいあげて、ぎゅっと握った。
「あ、ホントだ冷てぇ」
 あたたかい温度が僕の左手を覆って、指先が冷たいのな、と指先をぎゅっと握る。それだけでもう、このまま時が止まってほしいと願うほどの出来事だった。
 にもかかわらず、そのままなんかオマエらしいな、だなんてふっと頬を緩めるから、僕は夢でも見ているのかと疑ったくらい。でも、手を握る温度は、感覚はたしかにそこにある。
「君は、あったかいね」
 自分からもぎゅっと握ると、まあな、となぜか誇らしげに胸を反らすのだから少し笑ってしまった。オマエ力が入るとより冷たいな、と両手で僕の左手を包む姿に、僕はこのまま死んでもいいと本気で思った。
 部室で180越えの大柄な男二人、しかも仲が良いとは決して言えない二人が手を握りあってるだなんて、どれだけ滑稽だろうか。異質だろうか。それでも、影山のこんな顔を引き出したのが自分で、自分も笑ってるなんて、なんて幸せな空間だろう。
 そうして穏やかに話しながら帰れるなんて、それもまた初めてのことだった。


 その一件以来、何故か二人だけでいることが増えた。だなんて偶然かのように言っているが、僕が意識して二人になれるように気を配っているだけなのだけれど。
 いつもの軽口の応酬をしたり、あんな風な穏やかに会話することもある。友人だといっても差し支えないほどには、仲が良くなった、はずだ。

 だからなのかもしれない。うっかり口を滑らせても、いつもの軽口に流せると思った。

 ねぇ、王様、と呟いたのは奇しくもこの二人の空間が始まる切っ掛けとなった日のような、夕方の部室だった。窓から差し込む光は赤くて、日が短くなってきた最近ではあと三十分もしないうちに沈んでしまうだろう。
 なんだよ、と返す影山は畳のはしに座って爪を整えているところだった。ふっと息を吹きかけて満足げに爪やすりを置くまでそれをゆっくり眺めていた僕に、影山はもう一度なんだよ、と少し唇をとがらせながら言う。
「君が好きだって言ったら、どうする?」
 さりげなさを装ったつもりだけれど、僕の挙動は不審だったと思う。それでも影山の目をまっすぐに見つめて言えたのは、僕にしては上出来だった。
 怪訝な顔でこちらを見返す影山に、何も答えさせる前に取り消してしまおうと、声をあげようとした瞬間、オマエ、と少し身を乗り出して顔がどんどんと近付いて――ガツン、と額がぶつかった。日向にするよりは手加減してくれているのであろうが、とても痛い。思わずそのまま畳に転がってしまうほどには、痛かった。
「あ、悪ぃ」
 額を抑えたまま転がる僕を少し気まずそうに見下ろすと、うっかりかのように謝った。あらぬ期待をかけてしまった自分を殴りたい。っていうか痛い。
 ていうか、とじとりと見下ろす影山は、もしかしなくてもさっきの話を続けようとしているのか。やめてくれ、今の頭突きで僕の期待は木端微塵だ。そんな気分で畳から見上げれば、強い瞳で僕をじっとみていた。
「嫌いだって言われたんなら落ち込むけど、好きだって言われんなら、うれしい」
 あ、コイツわかってない。
 頬を染めながらいう"好き"は、友情として認識しているみたいだ。こうやってよくしゃべるようになって、友人というのに差支えないほどに接近した僕らは、"相思相愛"の友人。その友人に好きだと言われたらうれしいのはまあ道理だろう。
 痛みでうるんだ瞳が別の意味で決壊しそうだった。自分でごまかそうとしたくせに、こういうときには弱いだなんて、根性なし。
「こうやって無駄話したり、バレーしたり、できんの楽しいし、俺はお前が好きだよ」
 視線をふいっとそらしてしまったけれど、頬を赤く染めたまま言ってのける影山に、勘違いしそうになる。好きだといってもらえたらどれだけ幸せだろう、と考えたことがあった。でもこれは、これは、だめだ。
 僕の"好き"と影山の"好き"が違いすぎて、締め付けられるように痛い、泣きたい。
 なのに、僕のことが"好き"だと言ってくれたその一言が痛いほど、泣きたいほどうれしい。
 うれしいのに苦しくて、くるしくてつらいのに嬉しい。
 踏ん張れなかった滴たちは、ぽろぽろとこぼれた。ぎょっとしたようにそんなに痛かったかよ、と慌てる様に、それでも子供のようには泣けなくて。
 ごめんな、という影山の声が、言葉が、僕に止めを差しているようで、腕に目をおしつけて小さく痛いとこぼした。


****


 以来、僕は影山を避け続けている。そもそも人前で泣くのだってあり得ないのに、影山の前であんなに泣いて、どんな態度取ったらいいのかなんてわかるわけがなかった。
 というのは本当だけれど全てでもなくて。ただ単に僕が辛かっただけだった。そもそもあの二人の空間は僕が意識して作っていただけなので、そんなことしようと思わなければまたこれまで通り、接点なんてほとんどなくなる。さみしいとかなしいとか思う反面、これでよかったのだと頭の冷静な部分が言っていた。
 これ以上一緒にいたら、もっと好きになってしまいそうだった。落ち着くかと思った欲望は、あの空間で多少満たされていてそれで十分なのだと思っていたが、少しだけ手に入れてしまったそれのせいでどんどんと飢えていく。

 その瞳に映るのが、僕だけであってほしい。
 その唇から紡がれる言葉は、すべて僕への言葉であってほしい。
 その手が触れるのは、僕だけであってほしい。

 その心で、僕を想ってほしい。

 どんどんと強くなっていく欲望は、"好き"だと分類したくない黒い感情は、あの空間を欲していた。あのときだけは僕だけを映して、僕だけに向けられた言葉で、僕だけに触れるのだから。僕を想う心も、それが望んでいるものは違っていても、そこにあるのだから。飢えない方がどうかしていた。
 それでも僕は、あの空間を作るのがこわかった。たぶん今度は言ってしまう。恋愛感情の好きだと、友愛ではないと、影山のそれとは異なっていると。そうなってしまったら、部活にも学校にも来にくくなることはたやすく想像がついた。
 そんなことよりも、影山が僕のことを避けるかもしれない、嫌悪するかもしれない、気持ち悪いと思うかもしれない、そちらのほうがよほど怖い。僕が自然と避けているこの状況下、少し物足りなさそうな、僕の主観ではさみしそうな顔をしているのを見るとああまだ好かれているのだと安心できるのに。これすらもなくなってしまったら。
 僕はもう、だめなのかもしれない。

 そう、油断していたのかもしれない。忘れ物をしたのに気付いたのは、坂ノ下を通り過ぎた辺り。山口にちょっと戻る、と声を書けてそのまま戻った。皆で帰っている最中だったから、鍵当番の先輩に鍵を借りて、明日そのまま僕が持っていくことで妥協してもらう。追いつくの面倒臭いし、ヘッドフォンを忘れたのだからそれをしたまま帰ればいいし。
 誰を待たせているわけではない、と思えば自然と足取りはゆっくりになる。もう完全に日は落ちていて、星が空に瞬いているのをぼうっと見上げ、ああちっぽけだな、と自嘲した。
 部室に着いて、鍵を開けて電気をつける。自分のロッカーを開け、ヘッドフォンを取り出した瞬間、部室のドアが勢いよく開いた。
「つき、しま、」
 だから、油断していたんだって、僕が意識して作らなければあの空間ができることはないって。まさか、皆と別れて影山が追いかけて来るなんて、僕のこと追いかけて来るなんて、思ってもみなかったのだ。
 おうさま、と呟いた声は夕闇のしんとした空気には大きく響いたように聞こえる。その声がみっともなく震えていたのが明らかすぎて、声を巻き戻せるなら今すぐになかったことにしてしまいたかった。
 ゼイゼイしている影山はもしかしたら僕のあとをすぐに追ってきたわけではなくて、先輩たちとの分かれ道までいってそのあと追いかけてきたのかもしれない。僕はひどくゆっくりと歩いていて、追い付けないはずがないのだから。
 なんでなんて、僕が一番わかっていたはずなのにどうしてか口からこぼれた。泣きそうなのか、それとも走ったあとだからなのか、顔を赤く上気させ目を潤ませて睨み付ける様がひどく僕の心の中を掻き乱す。
「なんでっ、前みたいに一緒にいてくんねーんだよ!」
 ほとんど叫ぶようにして吐き出された言葉は、まるで僕と二人でいたいと、僕との二人の空間を待ち望んでいると言っているようで。ぎりっと心臓が締め付けられるように軋んだ。
 いつもの僕なら一緒にいたかったの?と揶揄うように笑いながら言えるのだろう、とわかっていたけれど、僕の頬は命令を聞いてくれなくて強張ったままで言葉を吐いた。
 うつむいたまま、いたかった、と呟いた影山に、どうせ友達としてだろという気持ちと、それでも嬉しいという気持ちがせめぎあってどうしようもなくなる。嬉しい、のに苦しい。苦しいのに、嬉しい。
 いたかった、っていうか、と言って少しだけためらう素振りを見せた影山は、それでもそのまま部室に入って僕のヘッドフォンを取り出したままの右腕を掴む。こうやって、呟いたのはひどく小さく掠れた声で、こんな影山を僕は一度だって見たことがなかった。
「オマエの近くにいられないのが、話せないのが、すごく辛い」
 俺のこと、嫌いなのかよだなんて、なんだよそれ、まるで僕のことがそういう意味で"好き"みたいじゃないか。だから、僕が混乱して突発的な行動に出てしまったところで影山の自業自得なのだ。

 うつむいたままの影山を取られている腕を引いて抱き寄せたのも、僕は悪くないはずだ。女の子とは全く違って、微塵も柔らかくないし、ましてやでかいからそんなに大きな身長差だってないし、なんて否定的な意見を並べてみたところでこの胸に沸き上がるのは喜びだけなのだから、もうどうしようもない。
 最悪突き飛ばされるかな、なんて思ったけれど、そんなこともなくて。もしかしたら思考のキャパオーバーで停止してるだけなのかもしれないけど。
 嬉しくて苦しくて焦がれて、このままどうにかなってしまうんじゃないかと思わなくもない。沸き上がるため息は、歓喜に震えた。
 ため息を勘違いしたのかなんなのか、影山はそっと僕の背中側の学ランを握って、なんだよ、と呟く。なんで背中に手を回した?なんでいやがらない?わけがわからない。
「好きだっていったでしょ」
 言ってねぇ、って呟かれても、あれはほとんど好きだっていったようなものでしょ。そう呟いた声はほとんど掠れて聞き取れなかった。それでも伝わったみたいで、じゃあなんで避けんだよ、だなんて、ああ僕にそれを言わせるのか。
 ねぇ、顔なんか見ないように肩の向こうに顔を出して呟いた。影山の耳がすぐそばにあって、こんなときなのにひどく噛みつきたいと思っている頭のどこかは確実に壊れている。
「僕の"好き"と、君の"好き"はちょっと違うと思う」
 やっと絞り出したはずの僕の言葉は、たぶん影山にはうまくつたわらないのだろう。わかっている。でもそれでも、直接なんか言えそうになかった。
 ぐっと力が入って、軽く身体を離されるのを、どこか冷めたような頭の端で感じてゆるりと力を抜いた。うまく伝わらない、なんて僕の願望だったのだろう。
「好きに種類なんてあんのかよ」
 きょとん、とした顔は本当にわかっていない顔で、想像以上にわかっていないようだった。君は、バレーと同じ意味で僕のこと好きなの、だなんてつい口をついて出たけれど、正直なところバレーと同じベクトルでもそれだけ好いてくれてるならいいのかもしれないと思う心のどこかの部分が憎い。
 モノと人はちげぇだろ、と唇を尖らせる様は可愛らしいけれど、この距離だとわりと凶器だななんて、僕はどうしたいのだろうか。
 だって、と前置きしてから言う影山は、
「オマエを触るのも、オマエに触られるのも、嬉しいし。それに二人でいるときにいつもと違ってちょっと優しいのも好きだ。好きなもん独り占めしたい、みたいな感覚は一緒だろ」
 それは、もう、違うのかもしれない、僕は勘違いしている?
 それは他の好きな人たちにも同じ感情を抱いているのか、ひどく気になるところではあるけれど。それでもこれは。勘違いしそうになる、というか本人もわかっていないのだろうけれど。これは、押し込まなくても、このままでも、いいと言うことだろうか。

 そうだね、なんて呟いてそのまま抱き寄せる腕に、反発なんか少しもなくておとなしく抱き締められて、僕の背中に腕を回すのだから。
「もっと、一緒にいろよ」
 うん、だなんて、本当は答えてはいけないのかもしれない。僕のことが好きだなんて、本当は思ってはいけない、影山はもっとまっすぐに生きていかなければならないだろうとわかっていたのに、それでも僕は自分の欲望に負けてうん、だなんて答えてしまうのだから。まだまだ子供なのだ。


****


 ここ数日、僕は"好き"と言う感情が嫌いになりかけている。"好き"が"嫌い"だなんでなかなかにスパイスのきいた皮肉だろう。
 自分の感情は嫌いなのに、影山から向けられる"好き"はひどく心地が良いだなんて都合がいいかもしれない。

 影山の"好き"という感情がどこに向かっているのかわからないけれど、それでも僕の方に向けてくれる"好き"だという感情は、享受してもよいのだと、享受しなければいけないのだと、影山の表情が言うのだからいいのだろう。

 僕は、影山が"好き"だ。
 そして影山は、僕が"好き"だと言う。

 影山が僕の腕を拒まない限り、影山が僕に触れるのをためらわない限り、僕たちはこの関係のまま続いていくのだろう。




「なあ月島、」
 僕の前では上手く笑えるようになった影山は、そう笑って僕の左手を取る。
「好きだ」

「ねぇ、王様」

 もう、これは友愛じゃないよね?