「なあつきしま、」
 僕のベッドでごろごろとしていた影山は、ベッドに背を預けて座っていた僕の肩越しに顔を出した。どう見ても近いけれど、僕も影山も気になんてしない。僕の方は気にしてない、ってふりなのだけれど。
 距離が近いだけで僕らの間には友人という関係しかない。互いの部屋に泊まったり、一緒に出掛けたり、バグだってする。でもそれは、友人としての行動であり、彼に他意なんてきっとないのだ。
 これが男女だったら友達以上恋人未満という甘酸っぱい関係にカテゴライズされるのだろう。でも、この影山という男は気持ちになんか気付かないし、よくわからないままに僕のことを好きだと言うのだ。
 ぬるま湯みたい、だなんて。そんなぬるま湯に浸かって、ささやかな幸せを享受している僕に言えたセリフではないのだけれども。
 なに、と雑誌から視線をあげずに問う僕に、一度だけ頬をすりよせてもう一度なあ、と声に出した。スキンシップ過多だな、頭のはしで思う。これ、誰にでもやってるわけじゃないよね、だなんて文句が口をついて出そうになった。まあ出したところで撃沈することは目に見えているからしないけれど。
「スーツ買うの手伝ってくれ」
 スーツ、はて、とそこではじめて視線をあげる。頬をすりよせられる距離なのだから近いのはわかっていたはずなのに、その近さにぎょっとした。ここで無遠慮にのけぞったり離れたりすると、影山はひどく悲しそうな眼をするからできない、けれど僕の動揺が伝わるのではないかとひやひやする。なんで僕はこんなに、なんて思わないとは言えない。それでも、この好意を受け取れる距離を、この距離を許されている僕は、手放したくなんかなくていじらしい努力をするわけだ。
 なんでスーツ?と動揺なんか一切感じさせないような声色で影山の眼を見つめる。僕の視線なんか微塵も気付かないで、左肩に顎をのせて後ろから抱きつくかのように僕の前側に腕をまわした。
「来月成人式だろ」
「入学のときに着たやつでいいじゃん」
 はいんねぇんだよ、と唇をとがらせるのが視界のすみに入る。入らない?と疑問に思う前に僕の肩や腕をまるごと抱き締める腕が目にはいって納得した。高校生の頃よりも身体は出来上がっていて、少年だった身体は完全に大人のそれになっていたのだから当たり前といえば当たり前だった。
 似合わなさそう、だなんて失礼な感想は本音だけれど、それでもきっとカッコいいのだろうとわかってしまってなんだかもやもやとしてしまう。でも、その姿を選ぶことを僕に託してくれるのは、控えめに表現してもなくほど嬉しかった。泣きなんてしないけれど。
 そっと回された腕に触れて、筋肉がついた大人の男の腕だ、と当たり前の感想を抱いた。高校の頃から美しい筋肉は増して美しくなっていた。様式美ではない。
 肩に乗る頭に、自分の頭を寄せて軽くぶつけた。こめかみに触れる髪がくすぐったい。
「何見てもよくわかんねえし、お前に任せれば間違いないだろ?」
 まあ、影山よりはセンスがあるからね。だなんて嬉しいのを隠しきれない声だったけれど、ぎゅっと力のはいる腕に、すりよる頭に、なんで僕たちは付き合ってないのだろうかという疑問が当たり前のように浮かんだ。
 頭を撫ぜてさらさらと指を通る感触を少しだけ楽しんで、それから軽くはたいた。
「次の休みにでもいくよ」
 君の身体は大きいんだから、仕立て直してもらうのにも時間がかかるデショ。そういってスマホに手を伸ばそうとしたのだけれど、影山の腕に阻まれて背中がベッドサイドから離れない。
 君のために調べてあげようとしてるんだけど、と呟いたところで、まだいいだろ、もうちょっとだけ、だなんて腕の力を強くする影山に、ハイハイ、しょうがないな、だなんてどの口がいうんだ。嬉しいくせに、だなんて自分で思うのは、頭の冷静な部分なのか、それとも。


*****


 成人式か、とぼんやり考えた。高校に入ってからだから、次の春で出会って五年になる。長いようで、とても短い。
 好きだと認めてから、影山の好きだという言葉を受け入れはじめてからは、四年とちょっと。僕たちの関係はどうにもなっていない。
 この距離がもどかしいとは思うけれど、友愛の意味であると信じきっている影山に僕は、なにもできないでいる。というよりも、この距離でさえ壊れてしまうのがこわい。
 高校生の頃の、初めて抱き締めたときから、僕は。
 好きだって言った後の、嬉しそうに笑う姿に心臓をわし掴まれたような気持ちになるのも、そっと後ろから抱きつかれたときに頭をすりよせてくる姿に愛しい気持ちが込み上げてくるのも、なにもかも、全部が。

 伝えたって、たぶん、伝わらない、

 伝わらないなんて言い方は影山に失礼かもしれないけれど、僕が意図して伝えたいことの半分も伝わらないのだろう。それでもいいと、そばにいたいのだと思っているのだけれど、でもやっぱりもっと踏み込んでいい関係になりたい。
 こんなこと考えてるのはきっと、僕だけ。


*****


 出掛けると決めた日は、生憎の雨だった。影山の傘は相変わらずビニール傘で、成人したら傘でもやろうかと考えた自分に少し笑う。
 そう、成人式が来月なのだとしたら今月は影山の二十歳の誕生日がある。二十歳なんて節目の誕生日に、影山はどうやって過ごすのだろうか、なんて考えてすぐにやめた。
 高校生の頃は、なんやかんや部活だったり学校だったりで一緒にいたけれど、去年は影山の誕生日じゃなくなる直前にうちにやって来て、うちに泊まった。僕のうちが影山のうちよりも近かったというだけだけれど。新しくできたオトモダチに祝ってもらった誕生日がひどく楽しかったのだと嬉しそうに語られた。
 そう、たぶん、僕は影山の誕生日に普通に祝うことができるのかすら怪しいのかもしれない。優先されないというわけではなくて、いつでも祝ってくれると影山が無意識に甘えるからだろう。それが嬉しくもあり鬱陶しくもあった。

 少しだけ大きめの黒いチェックの傘を広げて、小さなビニール傘のとなりに並ぶ。傘の下にいる人間の大きさはあまり変わらないのに、傘の大きさの違いだけがひどく目立ったような気がした。
 雨の日は、少しだけゆっくりと歩くことにしている。水がはねると厄介だし、それになにより雨の音で塀された傘の中の空間が僕たちだけのような錯覚を起こすから。
「ここだよ」
 たどり着いたその場所で、軽く水滴を払って傘をたたむ。自動ドアを潜り抜けた先は暖房が効いていて、冷えた身体には痛いほどにあつく感じた。

 僕に完全に任せている影山は、ふらふらと僕の後ろをついてくるだけで自分で選ぶ気はまったくないようだ。別にいいけどさ。
 ちょっとそこ立って、と影山をぴしりと立たせてじっくりと眺める。相変わらず背筋はぴっと伸びて、でもその背中や腕や、様々な所が前よりもたくさんの筋肉に包まれていることを知っていた。
 いくつか手にとって影山にあてる。成人式だし、華やかな方がいい。明るい色はラインですら似合わない、とかなかなか徹底しているなぁと笑ってしまうが、むっと唇をとがらせる気配を感じてきゅっと顔を引き締めた。
 ネイビーとグレーとどっちがいいだろうか、……ダークグレーかな。暗いネイビーのラインがうっすらと入った、細身のシングル三つボタン。後ろの切り込みは一つのもの、シャツはさすがに白だけど単色はさみしいからところどころにブルー系の織りが入ったものにして、スーツと合わせる。
 影山ならネクタイがなくたって似合いそうだけれど、ちょっと成人式には合わなさそうだな、とネクタイに思いをはせた。何色がいいだろうか、ブルー系でまとめるか、いっそ暖色を差し色にするか。ひとまずとスーツを置いてネクタイを手に取る。
 黙ってマネキンになっていた影山が、そこでおい、と声をあげた。店に入ってからゆうに30分、影山は一言も発してないことに今更気付く。
「ネクタイはサイズないから入学式に着けたヤツでいいだろ」
「嫌だよ、それなんかすごい色だったじゃん」
 そう、赤ともえんじともとれない絶妙に似合わない色のネクタイをしめていたのだ。なんでその色、と言った僕に店員が選んだと返した影山は、なかなか強者だと思う。そんなに絶妙に似合わない色を勧めるなんて、と僕は呆れるよりも先に感心した。
 靴はさすがに大丈夫だったはずなので、やっぱりネクタイだな、と濃紺のものを手に取る。一色だけれど、千鳥の織りが入っていてなかなかいいかもしれない。
「頭のてっぺんから爪先まで、とまでは言えないけどそれに近いくらい全身コーディネートしてやるから」
 大人しくしてて、とネクタイを影山にあてれば、ぴっと立ち直す影山がなんだかかわいくて少し笑った。

 一通り揃ったところでうん、と僕は自分のした仕事に満足した。全部着て直すとこ直してもらうよ、と店員さんに声をかけると、影山はそわそわっとした様子で試着室に入っていく。
 それをゆっくりと見送って、あとは店員さんの仕事だ。僕は、ふらりと店内を回った。

*****

 直しが出来上がるのは一週間後、影山の誕生日の前日だった。預り証をしっかりと受け取った影山は、なぜか仕舞わずにじっとそれを見つめて僕に寄越す。
 無くしそうだから、オマエ持ってて、という影山に、子供かよと思わず返しながらも受け取ってしまったのは、また一緒にこれるのだと思ってしまったからか。そっと財布に入れ、そのままポケットに突っ込んだ。

 結局店を出たのは午後七時半、いい時間だった。腹減った、と傘越しにじっと見つめる影山に、わかっているのにどっかで食べてく?と聞いたのは直接聞きたかったからか、はぐらかしたかったからか。
「お前のメシが食いたい」
 なんにもないけど、と言っても、オマエ何だかんだなんか出すだろ、とついてくる気だ。悪い気はしないし、適当に作ったってガツガツと美味しそうに食べてくれるからいいのだけれど。
 僕と影山ってなんなんだろう、と思う。友達、そう友達だ。なのにこの距離、この態度、この感覚。僕がおかしいのだろうか、おかしいのだろうなぁ、自問自答しても抜け出せない。僕は何年、この迷路をさ迷っているのだろう。僕はあと何年、この迷路に迷うのだろう。
 そんなことどれだけ考えたってわからないのに、僕はいつだって考えてしまうのだ。悪い癖なのだろう。
 面倒だから親子丼だよ、と声をかければ、嬉しそうにおう、と言うのだから、もう。僕は底のない影山に堕ちてゆく。
 どこまで堕ちてきたかなんてわからないし、これからどこまで堕ちてゆくのかもわからない。それでも、堕ちてゆくのから逃れられるわけではないし、もう止まらない、止まれないのは確実だった。

*****

 夕飯を食べ終わった後、当然のように僕より先にシャワーを浴びて僕のジャージとTシャツにパーカを羽織った影山がお茶を要求する。たまにおいていく影山の私物は、なぜか使われないままに僕の私物を使うのももう慣れっこになっていた。
 半ば影山専用と化したマグカップにお茶を淹れて影山の前に置き、シャワーを浴びに風呂場へと入る。このシチュエーションにすぐに慣れてしまうような気すらしたのに、まだ一向に慣れないでいるなんて。
 シャワーを浴びて出ると、影山は僕のベッドでごろごろとしながら月バリをめくっていた。なにこれ、泊まってくの。別段特別なことではないのだけれど、当たり前のように僕の部屋でくつろぐ姿になんとも言えない気持ちが込み上げる。
 無遠慮な影山にひどくイラつくのに、ひどく愛しいと思ってしまう自分がバカみたいだ。
 平均をはるかに超えた華奢とはいえない男二人で、セミダブルベッドに狭いと言いながら寝ころぶ。僕一人でもシングルが狭いとセミダブルにしてよかったような、そうでないような。泊まるときは大抵こうやって狭い狭いといいながら二人で一つのベッドへ潜り込む。夏は暑くて僕がベッドにもたれ掛かって寝るのだけれど。どっちが家主だ。
 するりと手がとられて、指がからむ。いつからかなんてわからないけれど、こうやって指を絡めて寝るのが王様はお好きなようだ。
 一度だけぎゅっと握られて、オヤスミと笑う影山に、オヤスミと返す僕はそっと目を閉じる。まぶたの裏で影山が、なぜか少しだけ悲しそうに笑っていた。

*****

 今日は影山の誕生日の前日で、スーツの直しが出来上がる日だ。いつものように駅前で待ち合わせをして、店に向かう。そして、また雨の日だった。
 影山は一週間ではやはり変わらずに、小さなビニール傘をさして僕のあとをついてくる。道はやっぱり覚えていないらしい。
 直しをお願いしていた影山です、と預り証を渡す僕に、なぜ僕が言っているのだろうという気になる。それでも、影山と名乗るのは悪くなかった。
 もう一度着てみて最終確認するということで影山を試着室に押し込み、外で待つ。店内に入っても脱がずにいたコートの右ポケットに手を突っ込んで、左腕につけている時計をちらりと見た。午後七時半、先週はこの時間には帰路についていたが、少しだけ遅くしたのは意図的だろうか、無意識だろうか、わからないのはわかりたくないからか。
 ポケットの中の手袋が邪魔で、一度出した手袋を逆のポケットへと突っ込んだ。はぁ、と吐いたため息が消えるよりも先に、影山が試着室から出てくる。
「うん、いいんじゃない?」
「オマエが選んでんだから当たり前だろ」
 なんで君が偉そうなの、なんて口に出すとそばで見ていた店員が微笑ましそうにくすくすと笑った。僕らは一体どう見えているのだろう、だなんて、無駄な心配。
 大丈夫そうですね、とまだ笑っている店員に、いたたまれない気持ちになって早く着替えなよともう一度そのまま試着室に押し込んだ。ふうと吐いた息は、ため息ほど重くはならなかった。

 受け取ったスーツは濡れないようにビニールにくるまれて、影山の手におさまった。店を出て、前と同じように傘をさして歩く僕らの距離は相変わらず。
 腹減った、と呟く影山に、なんか作ろうか、とちらりと振り返ったのはたぶん初めてのことだったんだと思う。すごくびっくりしたように目を見開く影山に、別になんか食べてってもいいけど、と付け足せば作れ!とあわてていうものだから、上から目線、って少しだけ笑った。内心ほっとしていた、そんなことはおくびにも出さずに笑うのだ。

 いつもよりも肉を多めに、でも野菜も取れるようにして、僕はご飯を作った。影山は、いつもよりも大きく口を開けて、いつもよりもおいしそうに食べてくれて、なんだかそれだけで満足する。
 食べ終わった食器をいつものように洗おうと背を向けて、水道を出した直後、背中にちょっとした衝撃を感じた。犯人は一人しかいないのだとそのまま手を動かす。
「なに?」
「……今日、泊まってって、いいか」
 そうやって聞いたのは、初めてだった。別にいいけど、だなんて声が震えないようにしたのも、背中に感じる頭の重みで全部が落ち着かない。いつもは何も言わずに僕のクローゼットからジャージを取り出して勝手にシャワーを浴びるのに。
 行ってくれば、という言葉は、泡まみれの両手でさりげなく僕の口からこぼれたように聞こえただろう。おう、と頭を一度ぐりぐりっと押し付けて、ふらりと風呂場へ消えた。

 なんだろう、なんなのだろう。

 流し終わった最後の食器をカゴに伏せて、ため息を吐く。そうだ、僕がおかしいのはきっとたぶん、影山が誕生日を迎える日を僕と一緒に過ごしてほしいと思っているからだ。きっと、だとかたぶん、だとか予防線を張って、それでも、ああ、過ごしてほしい、過ごしたい。僕は、間違いなくそう思っている。
 おい、と後ろから声をかけられてびくりとしたのに気付かれないようにそのままでなに、と問うた。お茶、という影山に座ってて、と声をかけて、お茶を淹れてから風呂場へ向かった。

 ほら、いつもと一緒だ。
 違うところといったら、明日が影山の誕生日で、僕が初めて自分からなにか作ろうかと提案して、影山が初めて泊まることに許可を求めた、これだけだ。

 これだけ、だなんて思ってもいないくせに。そう思い込もうとして僕は冷たいままのシャワーを一度頭からかぶった。冷たい、急いであたたかいお湯をかぶって、はあと吐いた吐息は、溜め息に似た重さを持っていた。
 戻った部屋で、ちらりと時計を見る。午後十一時半すぎ、影山の誕生日まではあと三十分もない。
 影山は相変わらず僕のベッドでごろりと転がって月バリを読んでいた。なんだ、やっぱりいつもと一緒じゃないか。
 僕はいつものように寝ころばずに、ベッドのふちに腰掛ける。でもいつものように月バリを覗き込んで、影山の頭を撫ぜた。まだ乾ききっていなくて少しだけしっとりとした、それでもサラサラの黒髪は僕の指をするりと抜けてゆく。まるでこの髪の持ち主のようだ、と少し笑った。
 つきしま、と少し眠そうな影山に、すぐに寝かせてあげたくなるけれど、でも日付を超えてすぐに祝いたいという独占めいた感情が浮かんでしまって。髪を撫ぜていた手をそのまま頬に持って行って指の背で頬を撫ぜる。くすぐったそうに眼を伏せるのが眠気と相まって妙に色っぽかった。
 じゃれて抱きしめて触って。こうやってすごすのはいつものことだけれど、なんだかいつもと違う気がするのは僕がドキドキしているからだろうか。

 ちらりと影山越しに見た時計は、あと二分で日付が超えることを示していた。

 さりげなく影山から離れて、クローゼットの前にかけたコートの右ポケットに手を突っ込む。僕の掌には少し小さい、小箱がそこに入っている。包装は簡易、でもしっかりとした少し横長の箱は僕の掌から、影山の座るベッドサイドへと場所を移した。
 さりげなく視線を動かして、うん、大丈夫。
「誕生日、おめでとう、影山」
 それあげる。と影山の前の箱を指さして、そのままベッドに寝転がった。
 え、と戸惑う影山に、いらないの?と聞けば、いる、とそっと箱を手に取った。黒いリボンをほどいて、そっと持ち上げる先にあるのは、
「……ピン?」
 そう、ネクタイピンだ。ちゃんと僕が見立てたスーツに似合うように選んで、この一週間の間に同じ店で購入した。
 君は動くからネクタイ乱れそうだし。乱れないようにするためのものだよ。
 全部なんて言えないから、最後のだけちゃんと伝えて、もう成人したんだから、しっかりしないとだめでしょ。だなんて思っても見ないことを付け加えた。
 拗ねたように口をとがらせて、それでもサンキュ、と嬉しそうに頬を緩ませかけるのを自制している変な顔が愛しくて仕方がなかった。
 あのな、とベッドサイドの僕のメガネの隣に小箱を置きながら影山は僕に話しかける。うん、とじっと影山を見つめると、そのままなぜか正座で僕の前に座った。
 もう一度、あのな、と呟く影山に、僕も思わず身体を起こしてなに、と尋ねる。改まってこられると、なんだと身構えてしまう。
 顔をあげて、少しだけ眉間にしわを寄せて。つきしま、呟く声に、うん、と返せば。
 すきだ、だなんて、ああ知ってるよ。
 うん、知ってる、と僕が返す言葉にかぶせるように、違う!と眉間のしわを増やした影山に、僕もまた眉間のしわが増えたように感じた。
「何が違うって?」
 あのな、違うんだ。そう続けた影山の言葉は、僕の心をどこかにやってしまったように響いた。

 好きなんだ、こうやって触れたいのがオマエだけなんて知らなかった。
 もっと触れていたいと思うし、もっと触れてほしいと思う。
 オマエが足りないと思うし、オマエにも俺が欲しいと思ってほしい。
 一緒にいると落ち着くのに、どっか落ち着かなくて、おかしい。
 もっとずっと一緒にいたい。
 コレ、全部好きだって気持ちでおかしくない、だろ?

 ああ、ああ、僕はまた勘違いしていたのだろうか。ぎゅっと握ったまま足の上においた手をそっと取って、掌に唇を寄せた。
 ああそうさ、僕だって触れたいし触れられたいんだ、足りないんだよ、影山が。
 そうつぶやいた僕の声が届いた瞬間、影山の顔がへにゃりと崩れて、好きだと飛び込んでくる様子に、ああもう、言葉で表せないような感情が僕の中を渦巻く。


 一度だけ触れた唇は、好きだという気持ちを共有して、もっともっと大きくしてしまったような気さえした。

「なあ、月島」

// 掌に寄せた唇は、懇願。
// どうか僕と同じ気持ちでいて。

// 僕らの関係に、名前はいらない。