「Trick or treat?」
 なめらかに言い切った月島は、バカにしたようにニコニコと笑いながら影山を見ている。意味がわからないとでも思っているのだろう、手のひらを上にして差し出した手はすぐにでもひっくり返りそうだ。
 影山はハッと小馬鹿にしたような瞳で笑い、ころんと月島の手のひらに白い塊を落とした。
「コレでも食っとけ」
 そういって落とされたのは氷砂糖。日向が影山の後ろからいいなー、おれにもちょうだい!と叫んでいる。氷砂糖を欲しがるとは奇特なやつ、と思わなくもないが、部活前のエネルギー補給にはちょうど良いのかもしれない。
 食えば、と日向に答えてパックを差し出す影山は、自分も一つ取って口の中に放り込んだ。口をもごもごとさせながら、山口にも食べるかと聞けば、さんきゅ、と山口も口の中に放り込む。
 月島は自分の手のひらに乗った氷砂糖をもう片方の手でつまみ上げ、まじまじとそれを見つめた。
「氷砂糖?」
 怪訝な様子で他よりも小さなそれを口に入れると、独特の甘さが口の中に広がる。甘いものが好きな月島は、自分の頬が少しだけ緩んだことを自覚した。
 着替えを再開させながら、山口がそれにしても影山が知ってるとは驚きだね、と話しかけてくる。
「ハロウィンだからって今日はL&Sでやったんだよ」
 うちもやった!とはしゃぐ日向に、なるほど、と納得する山口。二人とも寝なかったの珍しい、と口角を上げて揶揄えば、ペアワークが忙しくて寝てる暇がなかったと返された。普段は寝ているのだろう、面倒臭そうにいってのける二人に先生は頑張っているのだ、きっと。
 あっという間になくなった氷砂糖ではあるが、それでもまだ口の中に甘みが残っている。甘いものは部活後に残しておくべきたったな、と月島は少し後悔した。独特の甘みを消すように、甘いが酸味の強いキャンディを一つ、口の中に放り込む。
 それを目ざとく見ていた日向は、部活終わったら食べるからちょうだい!とTシャツから頭を出しただけの状態で手を出した。ハイハイ、とキャンディを一つ、包み紙ごと放り投げる。飛び上がってキャッチした日向はサンキュー!と笑い、鞄へしまった。
 ツッキー俺にも!と両手を出す山口は、いつものようにうるさいと返しながら一つ、ころんと落とす月島に、ゴメンツッキー!ありがと!と満面の笑みをこぼす。学ランの胸ポケットに入れて、そのまま学ランをロッカーに入れた。
 そんなことをしている間に一人もくもくと着替えていた影山は、今日は俺の勝ちだな、とニヤリと物騒な笑顔を浮かべて一人で部室を出て行った。それをみた日向はあーずるい!と叫び、あわてて袖を通してジャージをひっつかみ、続いてドアから駆け出す。相変わらずうるさいやつら、と揶揄うのを忘れない月島に、山口はねー、と同意し笑いながらTシャツに頭を突っ込んだ。

***

「なんで氷砂糖なんて持ってんの?」
 そういえばさぁ、と月島が思い出したように言ったのは、部活も終わり坂ノ下商店を通りすぎた辺り。影山はぱちりと大きくまばたきをしたあと、ああ、と視線を上へ上げた。
「朝母親がくれた。エネルギー補給に良いって聞いたらしい」
 ふーん、と面白くなさそうに答える月島に、影山はなんだよ、と視線で問いかける。別に、と肩を竦める月島に舌打ちを一つ、ふいっと視線を前に戻した。
 そのまま無言で歩く二人の足音は、前方のやかましい声に書き消されている。ふと視線を上げた影山はニヤッと笑って、飴は無しな、と前置きした。
「トリックオアトリート?」
 左手を月島につき出す影山は、ひどく楽しそうに笑う。その表情に月島はきょとん、とした。まさか、影山からそう返されるとは思っていなかったのだ。発音は完全にカタカナだったが、逆に流暢な発音をされても天変地異を疑うことになるので構わなかったが。
 ニヤニヤと笑ったままの影山に、月島はぱっと思いついたようににっこりと笑った。
「はい、甘いの」
 影山の差し出した手をぐっと引っ張り、ちゅっと軽い音を立てて離れた唇から放たれた言葉は、影山に届いたのか否か、定かではない。ぽかん、とした顔をしたままの影山を、月島はニヤニヤと笑った。
 じわじわと実感したのか、カッと赤くなった頬で月島ボゲェと小さくつぶやいた影山は、つかまれた腕をつかみ返して耳元に一気に近づく。
「すき、なんていうと思ったかボゲェ」
 囁くというには大きめの声で、そのまま耳たぶに噛みついた。ぱっと離れた影山は、そのまま前方の集団にかけていく。

いたずら

 噛まれた耳を手のひらで覆い、いたずらのつもりなの、と一人呟いた声は誰の耳に拾われることもなく闇に消えた。