好きだなんて絶対に言えないし、言わない。

 けして柔らかくはない、豆ができていてボールの扱いで固くなった指先は、僕の心の柔らかい部分をひっかく。構成要素の八割以上がバレーでできているかのようなその存在。彼を構成している1%にも満たないだろう僕は、そんなことみじんも気にしていません、ということを全面に押し出して生きている。
 たとえ、付き合ってるとしても。


「次の日曜? 日向と試合見に行く」
 だから、こうやって返ってくることはわりと想定の範囲内だったのだ。だからこそ、じゃあいいや、の一言で済んだ。
 影山の中で、日向はバレーとほぼ同義であり、一番信頼関係を築いているスパイカーだ。同じミドルブロッカーなのに、などと嫉妬したことはない、とは残念ながら言えない。
 付き合って変わったことなんて、ほとんどない。たまに影山とペアを組んで練習するときに日向とまではいかないにしろ、張り切るようになったくらいか。
 ああ、あとはたまにお昼を一緒に食べるくらい。といっても、一年全員で、なのだけれど。そして、食べ終わったら日向と一緒に練習を始めて、最近は山口も加わるようになった。僕はヘッドフォンで柔らかな音を聞きながらそれを眺めてるだけ。
 一年が仲良くなった、と先輩たちは嬉しそうだ。相変わらず日向と影山は怒鳴りあいみたいなこともするし、喧嘩だってしてるし、僕だって揶揄って遊んでいるけれど、それでもこういうところを見れば穏やかになるらしい。

 僕が影山に突っかからなければ、僕たちの間に会話なんて、それこそ試合中しか発生しないだろう。それでも僕は影山が好きだったし、影山だって特別な想いがあるから応えてくれたんだろうと思っていた。
 お互いに嫌なやつだと思ってる。お互いに、バカにしているのかもしれない。
 それでもイラつくほどに真っ直ぐバレーに向かう姿に焦がれるのだから、仕方がない、と自分を納得させていた。影山からバレーを取ったら、それこそ影山ではない。

 部活のない日だったり、午前だけで部活の終わるときなどはボールに触り足りないかのように練習をするのが影山や日向にとっては当たり前で、僕は家に帰ってゆっくりしたり、一人で買い物に行ったりしていた。
 そういう時にはヘッドフォンで音楽を聴いているので、大抵外の音は(意図的にしていることも含めて)聞こえていない。それなのに、今日に限ってはヘッドフォンから流れる音楽よりも大きな、そして不快な声が耳に届くのだ。
「かーげやま! はやく!」
「テメェが遅刻したんだろボゲェ!」
 怒鳴りあいながら走る二人組は、鬱陶しそうな視線と微笑ましげな視線をあびていることに、たぶんちっとも気づいていないのだろう。仲の良さそうな友人であるとだけのはずなのは重々承知であるし、見ている人全員がそう思っていることだろう。それでもその姿に嫉妬をおぼえた。
 友人という過程なんかほぼなかったような僕らだから、友人らしいことなんか一度もしたことがないのは仕方がないにしろ、友人と恋人なんてそうそうすることは変わらないだろう。お互いの意識の違いや、触れあう面積に違いはあれど。
 重くなった吐息を吐き出して、じっとりとプレイヤーの音量を上げた。今の気分には不釣り合いな甘ったるいラブソングなんて、全部とばしてやる。
 見かけなかったことにして、それでも僕の歩みは鈍くなった。何が楽しくて恋人が他人といて楽しそうな姿を見なければならないのか。

好きだなんて絶対に言えないし、言わない

 くそったれ!