「けーいちゃーん」
 自主練を少しだけ早めに切り上げて校門で幼馴染を待っていたわたしは、黒い集団の中にぽっかりと浮かぶ月を見つけて笑った。少しだけびっくりしたように眼を開いた後、ぎょっとしたようにこちらを向く幼馴染、月島蛍。
 なにしてんの、不機嫌そうに聞こえるけれど、これは心配している声だ。まあ、寒がりのわたしが朝着ていたはずのコートもマフラーもしていない状態で立っていればそうもなろう。
 わかっていて蛍ちゃんを待っていたと返すわたしは、なかなかに天邪鬼だなんて言われなくたってわかっている。だから、いらだたしげに続けようとした蛍ちゃんにかぶせて、後ろから衝撃。北山、悪かったって! すまなそうに言うくらいなら最初から気をつけろよ、そう言おうとして振り返る、前に衝撃。
 びっくりする前にとりあえず着ろって呆れたように見せかけて渡してくれるのはジャージ。ないよりましだろだなんて、もう素直じゃないなぁ、蛍ちゃんは。
 蛍ちゃんにカバンを持ってもらって、いそいそと蛍ちゃんのジャージを着ながらこいつのせいだよ、と後ろに感じた衝撃をさした。やっぱり蛍ちゃんのジャージは大きいなぁ、どこもかしこも長くて空気をはらんで、たぶんもうちょっとしたらあったかくなる。
 カバンを受け取って、は? と返す蛍ちゃんに、水撒きしてる水をぶっかけられた、と告げた時の蛍ちゃんの顔と言ったらなかった。どんくさいと言いたげで、馬鹿じゃないのと言いたげで。だから髪ほどいてるの、とマフラーまで巻いてくれる。
 今日は優しいなぁ、だなんて失礼なことを考えながら、部室にあったドライヤーで少し乾かしたんだけどね、と笑った。北山、としつこいなぁ、振り返れば必死そうに、悪かったから、と続けてくる。ああ、笑いがこみあげてくるな、でも、やらない。
 失礼なことして笑ったような奴にはあげません、とその場で蛍ちゃんにあげてしまう。じゃあね、と振り返るといつの間にか結んでくれていたマフラーがふわりと舞った。
「そうそう山口にも忘れないうちに」
「ありがとう! もうもらえないかと思ってた!」
 そう笑う山口に、今年は彼女からもらえるんだからいらないんじゃなかったの?とニヤニヤ笑う。な、ちょっと、なんでと悲鳴を上げかける山口にニヤーと蛍ちゃんと一緒になって笑って、じゃあねっ! と駆け出した。
「けいちゃーん! 今日はー、コロッケだってー!」
 一つ目の電燈で立ち止まって、後ろを振り返って叫ぶ。溜息をつきながら笑って、先輩たちにお先ですといった後に私に並んだ。ぽっけに突っ込まれた腕に腕を通して、少しでも暖を取ろうと引っ付いて歩く。
 山口は彼女にチョコもらったの? そう尋ねれば、これからじゃない? 彼女も山口もそわそわしてたし、と言った。そうか、山口の彼女は谷地さんと言うのか。ニヤニヤと二人で笑う。
「ところで、」
 余り物じゃない僕のは? と笑う蛍ちゃん。作ってるのも知ってるのに、と笑うわたしに蛍ちゃんは余り物先に寄越すからだよ、とまた笑った。
「ちゃあんと、蛍ちゃん用のチョコケーキは蛍ちゃんちの冷蔵庫にありますー」
 ふわふわと舞う雪を見ながら、蛍ちゃんに出すときには上に粉砂糖をのせてもいいかな、なんて。引っ付いたまま笑うわたしは、やなことぜんぶまとめてふわふわと舞う雪と一緒にきえていったように感じた。

ちょこれーとけーき

(ふかふかのケーキに、ふわふわの雪のデコレーション)(蛍ちゃんだいすき)