「ねむい」
 そんなこと──実際は呂律が回っていなくてそんなにはっきりとは聞こえなかったが──をいいながら、抱きついたまま頭をぐりぐりと腹に押し付けてくるのに苦笑して、頭を撫でた。たまに、本当にごくたまに、ひどく疲れているとこうやって甘え方がわかっていない子供のように甘えてくるさまが、なんだかとてもいとおしいと感じる。
 たいていは仕事で嫌なことがあったとか、単に体調があまりよくないとか、それらが重なったりだとか。そんなことでこうして甘えてくるのだが、仕事で嫌なことがあってもそれを言ってくることは、ない。守秘義務がどうとか、そういうことではなくて、単なる性格の問題で、頼るのがあまりうまくないコイツはそうやってため込んでしまうのが悪い癖だ。
 もっと頼ってくれてもいいのに、なんていったところで、頼っていないつもりなのだから、どうしようもない。だから、コイツがしらないところで勝手に存分に甘やかすしかないのだ。
 ゆっくり頭を撫でてベッドへ行くように促すが、「やだ。まだねたくない」と今にも寝そうな声で言う彼女の両脇の下に腕を淹れてそのまま抱き上げてそのままベッドに落とす。ぶーたれた顔で、ベッドサイドのぬいぐるみを抱きしめて、そっぽをむくが、いつものことだ。
 ベッドわきのライトをつけて、部屋ん電気を消してそのまま俺もベッドに入った。後ろから抱き寄せて、脳天にいちどだけ唇をおとす。同じシャンプーを使っているのに、どうしてこうも香りがちがうのか、とは毎度思っているが、でもやはり同じ香りはするのだ。彼女の香りがただひどく自分を安心させる、これと同じことが彼女と自分のにおいでも怒っていてほしいと思いながら。
「おつかれさん。……顔が見たいんだけど、こっちむかねえ?」
 そういえば、しぶしぶ、といった体でぬいぐるみをはなしごろりと身体をこちらにむけ、俺に手を伸ばした。真正面からそれを抱きしめて、さらりと流れた前髪の隙間から、額に唇を寄せる。こうして唇を寄せるぶんだけ、少しずつ力が抜けていって笑えるようになるのだ。
 ぎゅっ、と背中側のシャツを握る手に、足をからめてまるで抱き枕にするようにすがりつくさまに、背中に回した腕でそっと撫ぜる。おつかれさん、よくがんばったな。そんな言葉だけでまた次の日からがんばれるようになってしまう燃費の良い彼女のことが、少しだけ残念に思いながら今日も俺は彼女を甘やかす。

俺だけの特権

 だってこれ、俺だけの特権だぜ? 誰にも譲らねえよ。