イチゴの乗った、一番いいところを口に運んでくれるのに一瞬躊躇する。でも、いつだって一番いいところをくれて、『おいしい』を共有したい、共有してほしいと言われてしまっては遠慮なんかできなかった。
 イチゴの酸味のきいた甘味、そしてクリームのやわらかい甘味にスポンジのすこし柑橘がきいた甘味。全部がおいしいを主張して、口のなかで暴れまわるのに、思わず頬を緩めた。
「うまいだろ?」
「はい、いろんな甘味がわーって!」
「うん、わーってくるな」
 笑いながら自分の口にも放り込んで、目を細めて頬を緩めるあくのさんは、どこからどう見ても優しい笑顔だ。あくのさんはきっとたぶん、おいしいものを食べているときを思い出せば素敵に笑えるのではないかと思う。
 自分のマロンタルトを崩しながら、はたと気が付いた。いつもあくのさんは分けてくれるのに、わたしはわたしの分をそのまま食べているだけだと。『おいしい』を共有したいと言われたのに、気付くのが遅すぎると今までの自分を罵りたくなった。
「あくのさん、はいあーん」
 でも、きっと遅すぎるなんてないのだろう。きょとりと目を見開いて、それでも照れたように笑って口を開いてくれるあくのさんとは、これからもっとたくさんの『おいしい』を共有できるのだから。

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