あくのさんのうちに遊びに来たのは、初めてではない。何度か遊びに来ているし、これまでにチャンスだってなくはなかった。でも実行に移せなかったのはあまりにも人──といってもそもそもあくのさんしかいないのだからあくのさんである──に見られたくなかったから。でも今日は泊まりで遊びに来ているし、今あくのさんはお風呂に行くところであるし、つまりしばらくわたしは一人であくのさんの部屋にいることができるということだ。チャンスは、今しかない。
「じゃあ風呂いってくるから、適当にくつろいでくれな」
 はーい、仕事の書類をめくるふりをしながら手を振る。パタンとドアが閉まり、廊下を歩く音が止んで、お風呂場についただろうと思われる時間から一分、しっかりと心の中で数えて書類から顔をあげた。
 まっすぐに視線が向かう先は、ベッドの横に置かれた青いクッション。あくのさんの部屋にクッションが置いてあることになんとなく不思議な気分を味わって、なんだか肌触りの良さそうな生地で、抱き寄せたらちょうどよさそうなサイズなのも不思議な気分を助長していた。一人で部屋にいるときに抱きしめていたりするのかな、なんて思ったらひどく気になって仕方がなくなってしまったのだ。
 クッションに手を伸ばして(想像以上のやわらかさで思わず目を見張った)、そのまま頬を寄せるように抱き寄せた。しっとりとした柔らかさで、生地自体のやわらかさとクッションの綿のやわらかさが相まってふかふかと抱き心地がよい。それになにより──
「あくのさんの、においがする」
 鼻の頭をクッションに埋め、ああいつまでこうしてようかと思った、次の瞬間。ガチャリとドアが開いて脳から降りてくる命令は全て停止した。

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