柔らかく揺れる毛束が目の前を通りすぎて思わず拳を握りしめた。そうしていないと、この腕の中に閉じ込めてしまいたいと手を動かしそうだったからだ。
風がふわりと一瞬だけ強く舞い、それにとらわれた髪をやんわりと払う手に心臓がきゅっと縮こまって──嗚呼愛しい、と突然ひらめいたようにそう思った。愛しい? そう、いとしいだ。
なるほど、と自分の感情を初めて理解したと同時に納得した。心臓の中の柔い部分が時々きゅっと縮こまるのも、そこが痛くなるのも、君を前にすると優しい気持ちになるのも、全部全部、『いとしい』からだ。
自分の感情がわからずになあなあにして置いておいてしまったこの感情に名前がついた途端、これまでのことが走馬灯のように頭を駆け巡り、『いとしい』という感情に飲み込まれてしまいそうになる。目の前がこれまでよりもワントーン明るく映り、なんだか雨粒や氷を通した光のようにキラキラと輝いているようだった。
笑ってほしくて、笑わせたくて。こうして大切なものが増えていくのか、とはたと気が付いた。
いとしい気持ちが溢れると、誰にも見せたくないとばかりにこの腕の中に閉じ込めてしまいたくなるなんて。「いとしい」と理解できてから納得したのだ。まあそれでも、柔らかく抱きしめることが許されるのは、何年も先のことだったのだけれど。
嗚呼こんなにも