やわらかく響く声は、オレのところに届くときだけ、色を変える。その声が届くと、音が奏でる意味合いよりも色にばかり意識が行ってしまって、すぐにスケッチブックに色を置きたくなってしまうのだった。そうやってうずうずとしていると、決まって彼はしょうがないなぁ、とばかりに笑うのだから、甘やかされているのかもしれない。
 彼が届けてくれる色は、いつだって響く声そのもののようにやわらかくてあたたかくて、愛しい色をしている。そうやってスケッチブックに置いた色を見返すと、彼がその場にいて、声を届けてくれているような気持ちになることができる。ひとりですごす、さみしい夜は、たとえ暗くて鮮明に判別できなかったとしても、そのスケッチブックが必要だった。



 いつだったか、ふたりだけで、満天の星空の下で手をつないで寝転がったことがあった。まるで、すぐそばまで星が降ってくるように感じて、一種のアトラクションのようにテンションが上がったのだった。夜空は光を屈折させて、複雑な色をしている。その上に無数の星が輝いていて、星もそれぞれ届かせる波長を変えていて、色があふれているのに、しっとりとした、美しい光景を映すのだ。
「お星さまって、かずみたいだな〜って思うんだ」
 ぽつり、とまさにこぼされたように届いた声はひどく哀しげな色をしていて、その色はいままで見たことがないくらいに鈍く、じりじりと焦がすように眼の端を焼いた。お星さま、と喩えているからには、褒められている……のだと思うのだけれど、声の色はどう見ても喜ばしいようには見えない。
「どうして?」
 ちらり、とこちらを見た花葉と纁の混ざった瞳は、空から届いた光を反射してその中にいつものサンカクと同時にきらきらと輝く星を携えていた。すぐに空に視線を戻したけれど、その瞳からもやっぱり哀しげな色は隠せていなくて、ぎゅう、と一瞬で心臓がつぶれて呼吸が苦しくなったかのように感じられた。
「きらきらして、みる人を楽しませてくれる。まわりに、いっぱいおんなじお星さまひとがいて、どうやってもひとりじめできない気持ちになるから」
 だから、たまに、ちょっとだけ、さみしくなっちゃうんだ。
 そう続けて伏せられた浅縹色の向こうから、乾いているはずの瞳に潤いをみた気がして、思い切り身を翻した。びっくりとしてぱちくりと瞬きを繰り返す浅縹色を、彼が似ているという星を背にしてじっと見つめる。
「きらきらしてるって、楽しませてくれるって、周りにいっぱい人がいるって思ってくれてうれしい。でも、」
 手をつないでいない方の手で、彼のほくろを撫ぜた。なぜだか、そのほくろはいつも愛嬌を振りまくと同時に距離を感じてしまうから。
「オレが独り占めしたいのも、ひとりじめしてほしいのも、すみーだけだよ」
 指を這わせていたほくろにそっと唇を寄せると、ほろりと哀しげな色を融かした涙がこぼれた。ほろり、ほろり、と続けてこぼれたそれを緩くぬぐうと、くすぐったそうに笑うその瞳に、声に、もう焦がすような鈍く哀しげな色は見えなかった。やわらかくて、あたたかくて、愛しくて、それでいていつもよりも、ずっとずっと──しあわせな色だ。
 額をあわせて笑いあえば、しあわせの色はますます広がって、いっそ夜空を塗り替えてしまいそうなくらいに広がった。じゃあ、と喉を震わせた彼は、かみしめるように一度瞳を伏せた。
「オレは、お星さまを見てるときは、かずをみんなに貸してあげてるみたいな気持ちになればいいのかなー?」
 その表現に一度だけ笑って訂正した。
「違うよ、すみー。こんなにお星さまがあるんだから、オレ一人分くらいなくなっても気が付かない、でしょ?」
 きょとり、としたあとに、これ以上ないってくらいに破顔して、びっくりするくらいにたくさんの『しあわせ』の色で彩られた声で肯定した彼を、そのまま抱きしめたのは、自然の流れだった。



 満天の星で彩られた空は、相も変わらずきらきらと輝いているのに、オレの隣には彼がいない。学校行事で出かけているのだから当たり前のことではあったけれど、それが思いの外さみしかった。
 彼の届けてくれる色を置いたスケッチブックをそっと開くと、開いたページから踊りだすように色があふれる。やさしくて、あたたかくて、愛しくて、ひどくしあわせをにじませた色は、その色を持った彼の声自体を再生するかのように耳の奥に響いた。
 ──嗚呼、さみしいけれど、しあわせだ。
 浅緑をにじませた瞳を伏せると、スケッチブックに置かれた色たちがひしめくように瞼裏に踊る。くふふ、と思わず漏れた声に慌てて手で蓋をした。人に聞かれて、このしあわせを知られたくなかった。
 その静かな空気を震わせた、半身といっても過言ではないほどに共に在る存在に手を伸ばせば、ディスプレイされた名前に瞠目する。勢いよく立ち上がって、声を聴かれることのない場所へと急いだ。
「もしもし、すみー?」

あふれる、色

 スケッチブックからあふれていた色が、機械を通して届けられて、いつの間にかさみしさすらどこかに溶けて消えてしまったようだった。