ぎゅうと握られた手首に、爪先が食い込む。まっすぐとこちらを見つめる瞳は、焼き焦がすものであるかのようにじりじりとしていて、その表情は険しかった。
「それ以上、行っちゃだめだよ」
 一語一語をはっきりと発する姿は、いつもの雰囲気とは随分と異なっていて、オレを戸惑わせるには充分のはずだった。にもかかわらず、オレといえばへらりと笑って、「だいじょーぶ、だいじょーぶ!」なんて手を振り払おうと捻っては、爪先が食い込んで引き留められるのを繰り返していた。
 どこか、自分がおかしいことには気が付いていた。ただ、おかしいからといって、そう行動しないことができないでいる。それも、おかしい。
 ただすみーだけが正常で、その他はおかしくなってしまった世界なのだ。すみーの言葉に従って、進みたくない。それなのに、どうしたって足は歩みを止めようとしない。
 天狗のようななりをした浅縹色が目の端を過っていって、すみーが見たことのないくらい強い視線でそれを制した。「かず、だめだよ」って言われても、オレが動きたくなくても動いちゃうんだって。
 そうして振り返ったオレの瞳に映ったのは、所謂烏天狗と呼ばれるもののような服装をして、お面を着けて、それで──すみーと、同じなりをしていた。

皮膚に食い込んだ爪先