同じように人と一線を引いていて、同じように肯定してくれる誰かを欲していて、でも全く違う。誰かを傷付けないために一線を引く彼と、自分が傷付かないように一線を引く自分。ありのままの自分を肯定してくれる誰かを欲する彼と、肯定してもらうために自分を変えるオレ。
 同じようでいて、その本質は大きく異なる。
 オレは傲慢だ。いつだって偽っているのに、その本質を愛して欲しがっている。みんなに平等に向けられる愛じゃなくて、『オレ個人』に向けられる愛が欲しいのだ。
 その点、彼は優しく、そして時に残酷だ。自分が異質だからと人を避け、それでも肯定してくれる人を愛する。その愛は平等だ。彼は、平等でもいいから愛されたがったし、愛したがった。
 オレは、自分を肯定してくれる『誰か』に愛されたかった。そう、『誰か』でよかったのだ。
 それなのに、いつの間にかその『誰か』が『彼』になってしまっていただなんて、どんな悪い冗談だろう。他人への優しさと同じものを向けられるたび、他人への愛と同じものを向けられるたび、オレはひどく空虚になる。馬鹿馬鹿しい。
 それなのに、どうしてか彼とこれまでのどこでもないこのタイミングで出逢え、そして友人になれたことがひどく嬉しいのだ。このタイミングだからこそ友人になれた。このタイミングだからこそ、オレ達は似ていて、全く異なる存在であることが自覚できた。

出逢えて、よかった

 そう、だからこれ以上は望んではいけないのだ。