その日、三角くんとお月見をしていたのはよくある一日のうちの一つでしかなかった。ああ、今日は空に雲がほとんどなくて月が綺麗に見えるだろう、と思ったから温かい飲み物を二つ用意して、屋根に上っただけ。そう、たったそれだけだ。
 だけれども、ゆっくりと二人で過ごしていたはずの時間は三角くんの元気がなかったせいで月を見ているだけにはならなかった。相談してくれる、とは思っていないけれど、それでも大事な、再度演劇を始めることになった劇団のメンバーだ、なにか力になれることがあるならなりたい。
 マグカップを受け取った三角くんはぎゅっと両手でマグカップを包むと、ふうふうと息を吹きかけながらそっと笑った。そのほほえみは、いままで見たことがないくらいに儚く、まるで――そう、まるで月に帰るのを憂いているかぐや姫のようだったのだ。自分よりも年下であり一見幼げとはいえ、男の子ではなく立派に成人男性に対して、物語の姫をたとえにだすのはどうかとは思ったのだが、そう見えてしまったのだから仕方がない。
「なにか、俺にできることがあったら言ってね」
 聞き出すのは無理だろう、と踏んでそういった。一人になりたいと思っていそうな、独りになりたくないと思っている瞳をじっと見つめて、「役に立たないかもしれないけどね」と笑う。「そんなことないよ」とそうこぼした声は、ものすごく小さくて、ともすれば星の騒めきに消えてしまいそうだった。
 あのね、と小さく続けられた言葉に、声を出さずに頷く。つらいことは、吐き出すだけでも、聞いてくれる人がいるだけでも軽くなるものだ。
「……すみー!」
 かず、と声にならない声で呟いた三角くんは、マグカップをそっと置いて屋根の下を覗き込む。声の通り、カズくんがこっちを見上げて、三角くんを呼んでいた。きゅっと寄った眉、こぼれそうに輝くうるんだ瞳。もしかしたら、いつも仲良しの二人が喧嘩をしてしまったのかもしれない。そうじゃなきゃ、二人ともこんなに苦しそうな顔しないよね、なんて思うのは少しだけ年上であるお兄さんのおせっかいだろうか。
 どちらともなく泣き出しそうな二人は、それでもきっと大丈夫だろうと思えた。なにしろ、二人ともが互いを案じているように見えるのだから。
 これなら俺はもうお邪魔かな、とそう思ってまだ口をつけていなかったマグカップをそのままに、梯子に足をかけて屋根を降りた。
「カズくん、上へいっておいで。俺のココア、まだ口付けてないから飲んでいいよ」
 ゆっくり話しておいで、と背中をそっと押せば、「……つむつむ、ありがと!」とやっぱりこぼれそうな瞳でいびつにカズくんは笑う。三角くんは上でカズくんを待って、そのまま手を引っ張って引き上げた。カズくん、屋根の上にはあんまり上らないのかな、少しだけ危なっかしく見える。
「つむぎ、ありがとー」

月が見守る屋根の上で

 そう笑った三角くんは、もうかぐや姫のようには見えなかった。