きらりと光ったように感じたその建物は、見事なさんかく屋根を有したものだった。セキュリティが甘いのか、窓に鍵の掛かっていない部屋があったので、不法侵入とは知りながらもそこへ入る。雨風がしのげるだけで十分だったが、それがこんなに立派なさんかく屋根を持っているなんて、なんてついているんだろう。
 そうしてそこへ入り浸り始めてしばらくすると、下の階で引っ越し作業をしている様子が目に入った。すこしずつ、人が増えているようで、なにかを始めた様子が見て取れる。じっと息をひそめながら、コレクションしているさんかくが増えてきたこの部屋から出なければならない日を思って少しだけ心のおくがきしんだ気がした。
 もう少し、もう少し、と階下の住人達と出会わないようにひっそりと暮らしていたそのとき、これまで一度も空いたことのなかった部屋のドアが開いた。窓ではない、人が出入りするための、ドアが。
 ――潮時かもしれない。
 頭を過った言葉に、のんびりと答えていたら否定をかぶせるように舞台に立つならばここにそのまま住まわせてくれるという。不法侵入して挙句に勝手に住み着いているこちらの言えたセリフではないが、ここの劇団は大丈夫なのだろうか? この部屋から出なければならない日は、とりあえず先延ばしにされた。



「だって、すみーとオレ、友達だもんね!」
 肩を組まれて言われたセリフに、知らない言葉のように鸚鵡返しに「ともだち?」と返す。それを肯定されると、じわじわとこみ上げる喜びに顔がほころんだのが自分でもわかった。
 初めての「友達」。それは、殊の外幸せな響きを持って耳に入る。祖父以外に自分を肯定してくれる人間はいなかったし、そもそも相手にもされなかった。そうして生きていくうちに、「ひとり」が楽であることに気が付いたのだ。「ヘン」だとも、「オカシイ」だとも言われることのない「ひとり」は、生きていくための日銭さえ稼ぐことができればなんの問題もなかった。
 それなのに、初めてできた「友達」は、自分のことを「ヘン」だとも「オカシイ」とも言わない。「ただ、サンカクが好きなだけだもんね」と笑って肯定してくれる。緩やかに開かれた心が、たくさんのものを運んできて、じわりじわりと温かくさせる。いつか、この部屋から出なければならない日がくることが、怖くなった。



 劇団や寮に人間が増え、たくさんの芝居をして、それでもまだ、あの部屋から出なければならない日はやってきていない。でも、あの部屋から出なければならなくなったとしても、あの宝物たちを手放すことになったとしても。「友達」は――かずはきっと一緒にいてくれる。そう確信できるだけの材料がある今、怖いものはなかった。

いつか出なければならない部屋