「赤葦さん、」
 呼び掛ける声は少しだけ震えていた。ん? と下を向いていた顔をあげて、しっかりと視線をあわせてくるその瞳は、やはりひどく真っ直ぐ。コートから一歩出てしまえば感情豊かな方ではないけれど、その瞳はたくさんの色を含んでいるということを、いつからか理解していた。
 今日の試合のデータをまとめていたノートはそのままだけれど、持っていたペンを横に置いてしっかりと聞く態勢に入ってしまった。そんなにしっかり聞いてもらうようなものじゃないのに、片手間に聞いてくれればよかったのに。そんなばつの悪さが伝わったのか、少し休憩しようとしてたから気にしなくて良いよ、と赤葦さんは少しだけ微笑んで立ち上がった。
 ぽんぽん、と軽く頭を叩いて紅茶淹れるけど月島も飲む? と聞いてくれる赤葦さんはできた人だ。無条件に甘えてしまいそうで、でもそんなことプライドが許さない。ありがとうございます、いただきます、と答えた僕は、気付かれないように小さくため息を吐いた。
 お湯を沸かす音と、茶葉をポットに入れる音が聞こえ、僕は意を決する。赤葦さん、ともう一度呼びかけて、ん? と答える方に顔を向けた。手は動いてて、こっちを見てない。大丈夫。
「僕のこと、好きですか」
 語尾が震えてしまったのは、もうどうしようもない。赤葦さんはびっくりしたような様子すら見せずに、いつもの顔でこちらをむいて、

「なんで? 好きだよ?」

その声色に、表情に、ひどく安心したのは僕だけの秘密。
 いえ、何でもないです。少しだけ笑って、持ってきていたクッキーを出した。