※注意※
【β】の世界の記憶がある影山と、"まっさら"な月島のお話。今回の世界は男同士です。



 ここ最近、いつの間にか避けられるようになった。勘違いじゃないと言い切れるのは、確実に目があった今でさえ、話しかけようと息を吸い込んだ瞬間目をそらされたから。
 山口と一緒にいるのはいつもだけれど、それが今は妙にむかついた。男同士だからあのときよりはまし、だけれど。

 そうだ。なんだかわからないけれど、小さい頃から、すべてが二度目だというよくわからない感覚があった。絶対そうだ、と確信を得たのは『月島』に会ってからだけれど。時間が巻き戻ったのかと思ったけど、『月島』が女じゃなかったから、蛍じゃなかったから。だからなんかが違うんだって思った。
 俺は自慢じゃないがバレー以外のことは全然わからなくて、だからなんにもわからないけど。でも、こんなことが蛍に起こったら、アイツは耐えきれなくてきっとどうにかなってしまうのだろう。センサイ、だから。
 蛍であって蛍じゃない月島は、それでも蛍で。ふとしたときに見せる表情とか、俺に対する態度とか、一人で少しだけ寂しそうにしてる姿なんかを見たら。この『蛍』は俺のこと好きじゃない以前に女じゃないのに、すきだって思った。蛍を思うのと同じような意味で。

 なにがどうなってオツキアイになったのかは、えーとなんだっけ、そうだ。ゴソーゾーにオマカセするんだった。
 まぁとにかく、月島とはオツキアイしているわけだ。それなのに、話しかけようとすれば逃げられ、電話してもでない、メールにも返信はない。これで、俺になにか思い当たる節があるわけでもない。というか、微塵も思い付かない。

 ってことで、部活が終わって早々に待ち伏せすることにした。分かれ道に入ってしばらくいった辺りにして、山口と一緒に帰ってたらまだ一緒にいるだろうところではあるけど、仕方ない。
 しゃがみこんで、頭を下げた。やっぱり男同士だと嫌だとか、俺が嫌だとか、そういうことだろうか。こういう困ったときに相談できるような友達なんていないし、男だったら俺と一緒だからもっとわかると思ったのに。もっとわからなくなったなんて、どういうことだ。オカシイ。
 ため息をついて、頭をぐしゃぐしゃとかこうと手をあげかけた瞬間、
「おう、さま、?なに、してんの、」
 俺に向けられた声なんか、聞いたの、いつぶりだろう。そう思ったら苦しくなって、心臓の奥の方がぎゅっと締め付けられた。泣きそうだって自覚した、鼻の奥のツンとした痛みに顔が上げられない。
 おうさま、と慌てたような、俺の耳がおかしくなったのか心配そうに、俺の前にしゃがみこんで手を伸ばそうとして引っ込めた。月が明るいから、影ができてんぞばかやろう。
「具合でもわるいの、 」
 そう呟くように聞く月島は、少しだけいつもと(つまりみんなでいるときのことだけど)とは違って。そこではじめて山口の影がないことに気付いた。そんな些細なことがひどく不安にさせた。いつも一緒に帰ってるよな、なんでいねえんだよ。いたらいたでくそって思うのに。
 頭をかこうとあげかけた手を、そのまま月島の胸倉に持って行って顔をあげた。泣きそうなのは、見えないことを祈ってる。
「なん、で」
 こっちのセリフだ、と返した声は見事に震えていて、これじゃ顔が見えなくても泣きそうなのがわかってしまう。なんで俺がこんなにすがらないといけないんだ、くそっ、でも、離れていかないでほしいって思ってるからどうしようもないんだけど。
 今度は月島が顔を伏せて、ぐっと唇をかんだのが見えた。そんなにいやなのかよ。心配したみたいに聞こえたのは気のせいだったのか。
「なんで、避けてんだよ」
 びくりと震えたのを学ラン越しに感じて、じわりと焦る。追い詰めたいわけではないのだ。月島は、俺の『蛍』じゃないけど、ある意味『蛍』よりもよっぽどセンサイで。傷付いたのを全部皮肉にかくしてうまく笑うから。月島はそんなところを俺にも全部隠して、薄く感付いた山口が気を配る、だけ。俺が気付くはずないって取り繕うのがつらくて、でもなんでわかるかなんて言えないから言えないけど。
 胸倉から腕に手を移して、腕をつかんだ。筋肉がないからすぐばてるんだ、だなんてカンケーないことふと考えた自分に笑えてくる。こんなに苦しいのに、笑えるなんて、どういうことだ。
「やっぱり男じゃ気持ち悪ぃとか、……俺がやっぱり嫌いか」
 やっぱりって二回言っちまった。やっぱり、って言葉を無意識に使ったのは、心のどっかで思ってたんだろうな、俺が月島に好かれるわけがないって。ぎり、と奥歯をかみしめた。
 顔をあげた月島は、月島の顔には涙が伝って、
「好きじゃなかったら、こんなに、」
 俺がつかんでない方の手で俺の胸倉をつかんで頭を押し付けて、苦しいはずがない、だなんていうから。つかんでない方の頭で思わず頭をくしゃっと撫でた。
 なぁ、とまだ少しだけ震えた声で呼び掛ける。好きじゃなかったら、と言ったから、きっと、俺のこと好きでいてくれてるんだろう。
「なんかしたか?俺はバカだから、言ってくれなきゃなきゃわかんねぇよ」
 できる限り優しい声を作って言う。何も言ってくれなかった、って拗ねたくなる気持ちが大きくてやっぱり少しだけ声に出たかもしれないけど。意識は二回目の人生だけど、どこかやっぱり最初のままの俺だから。思ってることができるほど大人じゃなかった。
 無言のまま震える月島に、撫でる手だけが俺たちを繋いでいた。俺が怒鳴るとか、怒るとか、そういうのを期待していたのかもしれない、だなんて思う。そうすれば、こんなしんみりなんかなくなって、避けようが無視しようが喧嘩って一言ですむから。
 鼻先を柔らかい月色の頭に埋めて、つきしま、と呼んだ。
「あのさ、おうさまは、」
 声が震えてるのには、気付かないふりをした。そんなこと、きっと認めやしないだろうけど、そんな小さな優しさだっていまのコイツには必要なんだろう、押し売りだけど。
 おう、とだけこたえて続きを待つ。
「……女の子じゃなくてほんとに、いいの」
 こっちの台詞だ。オマエは男なんだから女の方がいいんだろ、って思うけれど、それよりも俺の方を気にして、いつ心変わりするんじゃないかってびくびくしているのだろうか。そんなの、俺と一緒じゃねえか。
 オマエこそいいのかよ、だなんて答える前に聞き返したのは、予防線だったのかもしれない。不安になってるのは、きっとたぶん一緒だった。
「僕は、ぼくは、どんどん、好きになって。夢だったけど、夢の中で、優しく女の子に話しかけて、幸せそうに笑ってる君を見たら、もう、」
 ダメだったんだよ、すきなんだ。
 掠れた声は俺の心の中に届いて、ぐわっと心臓をえぐった。なんだってそんな夢を見たのか知らないけど、そんなに好きでいてくれるんだなって想えたなら、うれしい。コイツがこんなに苦しそうなのはよくないんだけど。それで避けられたっていうのもくそだって思うけど。
 そもそも、俺が女子に優しく笑いかける図なんてコイツ想像できたのかってところに疑問だ。そもそも、部活以外の人間としゃっべってるのさえあまりないのに。
「よく俺がそんな優しくしゃべりかけてるのなんか想像できたな」
 おもわずこぼしてしまったそれは、月島の怒りに触れたらしい。ぎっと目付きを鋭くして顔を上げたけれど、瞳は涙が堪っていて、ああ、綺麗だな、なんて場違いな感想を抱いた。
 後にも先にも、蛍以外の女に笑いかけるなんてないんだろうなと思っているわけだから、不思議なもんだ。とそこまで考えて、蛍なんじゃねぇの?という疑問にいきつく。
 まぁ夢の話だし、わからないのだけども、月島は蛍のときのこと、たぶんどっかで覚えてるのだろう。そう思えば。お前だなんて言えたものじゃないけれど。
「お前以外に、好きだっていうような顔するわけねぇだろ、」
 びっくりとしたような顔に失礼だなって思って、でも確かに俺はうまく愛情表現なんかできてなくて。優しく笑いかけてる、ついこぼれてしまうような笑顔はコイツだけだって自覚してたから失念してた。
 気まずそうに視線を泳がせて、女の子じゃないのに、と呟く月島の頬に手を伸ばす。
「いつか離れていくかもしれない、って思ったら苦しくなったんだよ、馬鹿みたいに」
 レンズの向こうで月の光を反射してキラキラと輝く瞳に、吸い込まれるように口付けた。触れるだけのキスを終えて、額を合わせればお互いの瞳にはお互いしか映らない。
「どんなお前でも、まとめて全部愛してやるから安心しろ」
 そういって笑えば、自分で言った言葉に既視感を覚えた。
 ああ、そうだ、俺は前にもこうやって、コイツを抱き締めたことがある。
「なにそれ、すっごいくさいんだけど」
 あぁ!?と返した後に、困ったみたいに笑ってる月島を見て眉間に寄ったしわを緩めて笑った。
「影山の、そういうところが、」
 ぽつりと呟いた言葉の先は、聞こえなかった。

「だいきらいで、だいすき」

(僕はぼくなんだね、影山のなかでは。)