ばかじゃないの、そう呟いた声は間違いようもなく相手の耳へと届いたようだ。
ああ?とギロリと目付きの悪い目をより悪くしてこちらを睨み付ける彼は、僕より少し低い身長で下から刺すような瞳を隠さずにいる。

生きにくそうだな、と思わずにはいられない彼の不器用さは、僕のささくれだった心を癒してくれるはずだった。
天才はそうやって凡人を見下して生きているのだ、そうやって自分を癒し続けていた僕には、不器用ながらも一所懸命な彼を見ると苛立つ。

天才は天才らしく才能にあぐらでもかいてろよ、そう思ったところで好きだからの一言で誰よりも努力することをいとわない彼は、そして誰よりも努力することを知っていた。

そして、たぶんきっとバレーの神様にも愛されていたのだ。

僕らの負けは、彼の負けは彼に必要なことを教えるためのものであり、彼の相棒となる太陽のようなアイツへの課題のように立ちはだかるのだ、いつだって。

太陽と月と影だなんでなんてできた話だろう。

太陽のいない間、それなりに太陽の光を反射して輝くだけの僕には太陽と影の関係を表したようなものだ。
太陽の光を浴びる場所には、必ず影が生まれる。
僕は自ら光ることができないのだ、名前の蛍のようになんて絶対。
でもそれでも、偽りの輝きを纏って影と共存するような月は本来、太陽よりは影に近いはずだったのだ。
本来の月ならば。

僕は月じゃない。
月じゃないのだ。
いくら月影と呼ばれるようなものがあったって、僕らの名前が並んでいたって、僕らの心は絶対に並び立たない。
それは、僕が歩み寄らないからに他ならないのだけれど。
菅原さんという尊敬できる先輩を見つけた彼は、教えを大切にする。
まっすぐとぶつかってくるようになった彼は、ますます僕との差を見せつけるのだ。
自己中な王様が、マトモな王様へ。
くそったれ、としか言えない成長具合に、僕は置いてきぼりの感覚を味わう。
努力したところで、どうしようもない差が埋まるわけではない。
だからいらいらとするのに、日向は……そう、太陽の彼は自分の才能を開花させてしまったのだ、それこそ彼の隣に並び立つにふさわしい才能を。

相棒という名にふさわしい才能を。

鱗片はみせていた、ずっと。
二人が並び立てば、彼の能力は太陽をより輝かせるためにあったとしか思えないようにしっかりと吸収されていく。
ほかの誰かでは比べ物にならないほど、しっくりとあてはまる。


「俺がいれば、お前は最強だ!」


そう叫んだ彼の言葉は、みんなの心にずしりと沈んだ、と思う。
少なくとも僕には、深く沈んだ。

つまりは、その逆もまた真である、とわかったからだ。

彼は一人でも十分に強い。
それでも、最強ではないのだ。
それが、太陽があれば最強になれる。
彼の突出した能力は、自分ですらうまく輝けない太陽を光らせるためのものだ。
影が濃ければ濃いほど、輝く部分は際立つ。
つまりは、そういうことなのだ。
無数にある小さな星の輝きを消してしまう月だけれども、それは地球から見た話であって、所詮小さな衛星。
地球からは弱い小さな光の星だって、実際には非常に強く輝く星だってたくさんあるのだ。
井の中の蛙、大河を知らず。
背がそれなりにあるからといって僕より高い人がいないわけではない。
僕のブロックがはじかれてしまうことだってある、もっと頭のいい奴が、ひっかけることだってある。

僕には"されど空の高さを知る"とは言えないのだ。

大河を知らないが、空の高さも知らない。
大河を見て自分のちっぽけさを感じる前に井戸に閉じこもり、空を見上げて自分の卑怯さを知る前に下を向く。
そうやって生きてきた僕には、見上げることのなかった空に浮かぶ太陽が苦しいほどに焦がすのを、小さな水たまりに使ってやり過ごすしか方法はなかった。
まっすぐにぶつかるなんてできもしない。

そう、だからこそ突っかかってしまうわけだ。

なんでもできるデショ、王様は。
そうやって一線を引いて、それでバレーとは関係のない一般常識と呼ばれるものが欠落していれば嘲笑う。

誰もついていけないデショ、そんな自己中。
そうやって嘲笑って、でも自己中が"自己中"じゃなくなってきて、僕はもうただのコトバとしてしか発せない。
皮肉にすらならないのだ。

理不尽に怒鳴っているようで、本当は不器用で表せないからだと気付いてからは本当に嫌気がさした。
僕に対しては本当にイライラとしているのだろうけども。


僕は彼が嫌いだ。
僕の言葉にイラついている彼は、好きだ。
自分の中がすっと通るから。
でもそんなときは必ず後からイライラとしてくるのだから、やっぱり僕は彼が嫌いなんだ。

嫌い