どの世界でも、それなりに長い人生をおくってきたのだけれど、それでも中学三年で"王様"の試合を見てから高校に入学するまでの間が一番長く感じるし、高校三年間がもっとも輝いて見える。それは、どう考えても影山の影響があるのだけれど、この世界はどうなっているのか?それが気になっているのも嘘ではないけれども、それでも。

 いままで一番強烈だったのは、烏野高校男子排球部全員が逆の性別になっていた世界だった。影山と日向がべたべたずっと一緒にいても、女子だとほほえましいという状況に落ち着いて結局だれもなにも思わないと言う悲惨な状況だった。日向が女子だと手に負えない。
 西谷さんや、田中さんの清水さん大好きなのは相変わらずだったけど、なんていうか、男女逆転してるとすごく不憫だと思うのはなんでだろうか。っていうか清水さんがすごく遊んでそうに見えてしまう。かわいそうに。

 あとは、日向と僕の性別が同じで、影山の性別が違うときが厄介だった。あの二人の競争したがりというか一緒にいる頻度は男女のそれを越えていたからだ。どう考えても付き合ってないなんて誰がみても思わない。僕がどうにかこうにか影山と付き合うことになったって、日向は僕が一緒にいるよりもずっとずっと影山の近くに、そばに、たくさん一緒にいるからだ。
 僕が影山の中でバレーに勝てないのと同カテゴリーで、日向にも勝てないのだろう。同性だったらそうやってどうにか諦めもつけられるのに、異性となるとそうもいかない。
 僕が押して押して、それで付き合うなんてことにならなければ、そのまま自然と付き合ってしまうのだろう、このままずっと一緒にいるのだろう、そう思ってしまうから。どっちかがじれてキスなんかしちゃって、もう片方がそれを意識しちゃって、それで、きっと、たぶん。

 あーやだやだ。考えたくもない。とか、そんなこと思ったって。今まさしくその状況だからこそ、僕が焦れているのだ。日向がスッ転んで、影山の上に倒れて、身構えてなかった影山は女の子だからか日向の体重なんか支えられるわけもなく一緒に倒れ込んで、日向が影山を押し倒したような構図になって。
 僕にとって最悪なことに、そのまま唇が触れてしまったのを目撃してしまったのは僕だけだったようだ。プッスーと笑う山口と一緒になって笑えなくって。菅原さんとか、田中さんとか、東峰さんとかが大丈夫かって心配そうに駆け寄っていくから。僕は僕の中のどす黒くって醜い感情がずるずると重く長くなっていくのどうしようもできなかった。

 日向はそれで影山のことが好きなんだって気づいちゃったような反応だったけど(っていうか、女の子に免疫が無さすぎてどうしたいいのかわかってなかったのかもしれないって今なら思えるけど)、影山は呆然として、いつもの暴言なんか綺麗さっぱり見えなくて、先輩たちが逆に心配しはじめた。
 じわっと薄い涙の膜が張ったのを、遠くなのにすごくはっきりと見てしまって、僕はどうしたらいいのかさっぱりわからない。このまま日向に殴りかかったらいいのか、いつものようにどこみてんのばかなんじゃないの?王様だってそんなチビ目に入らなかったんじゃない?って皮肉に混ぜた本気の中傷をしたらいいのか、それすらもわからなくって。

 涙目で伸ばしたジャージの袖で唇をぐいぐいと拭って、起き上がったはいいがそのまま上から退かない日向を蹴っ飛ばして(へぎゃっと顔からいった日向に、ざまあみろと口から出たのはご愛嬌、だと思うよ)先輩たちに囲まれて大丈夫じゃないですだなんて珍しい。でも、これで強がりだってわかってても大丈夫ですなんていわれたら確実にへこむし嫉妬するからいいんだけど、こんなに素直に来るとは思わなかった。
 先輩たちが囲んでいる輪から抜けて、こちらにずんずんと歩いてくる様は男のときと変わらないけれど、かわいげないなだなんていつも思っていたけれど、撤回しよう。かわいい。

 不機嫌そうに、というか実際至極不機嫌にドリンクを煽っていたのだけれど、その腹に軽い衝撃が届いてビックリして視線をさげれば抱きつく影山がいた。唇を拭った袖を僕の背中に回したままTシャツで拭って、顔を押し付けてやっぱりそのまま僕のTシャツでぬぐっている。
 なんとなく、平然としてそうだって思っていたわけだけれど、何でかってきっとまったくそういうこと気にしてなさそうだから、それでも涙を目に浮かべて僕に抱きついてぬぐうくらい嫌だったのかと思えば、なんだか、ひどくかわいくなった。この状況としては嬉しいものだけれど、こうさせた日向にはちょっとだけ殺意がわいた。当たり前でしょ?

 赤くなるよ、って顔を上げさせたらほとんどこぼれそうな涙が縁にたまっていて、涙に唇を寄せてぬぐった。
 キスしろよ、って背中に回した腕に力を込めていう影山に、回りが固まって視線をそらしたのがわかったが、僕も視線をそらしたい気持ちでいっぱいなのはわかってほしい。こんなみんながいる前でってどんな生殺しだよ。日向が一人だけあーとかうーとか唸ってるのが聞こえるけれど、ため息をひとつだけついて、そのまま唇を落とした。
 ちゅっとわざと音をたてて離れた唇に、へにゃりと笑って、でももの足りなさそうにもっと、とゆする姿はかわいいけれど。
「今は部活中デショ。……あとで、ね」
 そうして唇を親指で軽くぬぐえば、最初にしてほしかった、いまはオマエのだから別に拭かなくてもいいのに、だなんてかわいく唇を尖らせるからたまらなくなる。ほら、部活部活、といえば先輩たちがぎこちなく再開を促すから。
 くたくたになった部活あとでも、彼女をたくさん抱き締めてキスしてあげたいのは、僕のエゴだけれど、彼女の願いでもあるなんてビックリだ。
 部活を再開する直前、日向に覚えてろよ、なんて意味をこめてにっこり笑ってやったら、影山への後頭部サーブのときと同じくらいの顔をしていたのだから失礼なものだ。僕の顔はあそこまで怖くないよ。


 僕は、思っていたよりも影山に好かれていたらしい、だなんて、影山には失礼だけれど。他の男にキス、とまで言えないような事故の、唇が触れることだってなくほど嫌で、僕のところにくるのだから。うぬぼれたって、バチはあたらない、よね?

きす

(はやくこの腕の中に、)(ねぇ、)