なにがしたいのか、わからない。じっとこちらを見つめるだけで、いや見つめるなんて生易しいものではなくて、ねめつけるような視線なのだけれど。
 それはいつものこととして、なにがどうしたのかよくわからないが、正座をして僕のことを見る影山。もうすこし言えば、ここは僕の部屋で、影山が来るのは三度目。そして、もっと言えば、告白したときのキス以来一度もできてない。
 前二回何してたんだ、って言いたいかもしれないけど、緊張なんかどこに置いてきたのか、不思議そうに部屋を見回して楽しそうにする彼女に手を出してみろ、止められる自信あるやつがいるか!
 というか、手を繋ぐだけで真っ赤になってはにかむような子に、子供だましみたいな唇を押し付けるだけのキス以上のことをしたらキャパオーバーで動作停止する、確実に。

 そうやって言い訳を重ねて、僕は影山に手をだしてこなかった。いや、僕が女の時だって影山は、大学に入るまで手を出さなかったんだから負けたみたいで悔しいだろ。キスはたくさんしたけど。よく我慢できてたな。
 そんな言い訳をしながら、目の前の僕をねめつけるように鋭い瞳でみつめる彼女にどうしたらいいのかわからずに溜め息をついた。そのため息にびくっとした影山に、にらんでる気はないのだと気付くが、どうしようもない。
「で、なんなの」
 ぐっと息を詰めて、顔を赤くしたままはくはくと唇を動かすのはそっちを彷彿とさせて、自分にため息が出る。思春期か。いや思春期なんだけど。
「いっ……」
「い?」
 意気込んで何かを言おうとしたらしいけどい、だけで止まる。いってなんだ。
 顔を白黒させてぐるぐるさせるから、とりあえず落ち着くようにテーブルに出したお茶を勧めた。それを一気に煽るからまたむせて、ばかなんじゃないかな。なにをいまごろ緊張してるのかさっぱりわからない。
 とりあえず背中をさすって、大丈夫、と涙目で見上げる影山にいろいろくるものはあるけど、いつものようにばかじゃないの、と頭をぽんと叩いてごまかした。

 頭にのせた手をぎゅっと握って、僕の胸ぐらをつかんで、乱暴に唇を押し付けて。いまにも唇が触れそうなほどの至近距離から影山は喧嘩腰に呟く。

「は?」
 なんていった、いま?ぜんぜんわからない
「だからっ! いっイチャイチャしませんかコラ!」
 なんでこの子はこう困ると田中さん口調になるのか、さっぱりわからない。顔を真っ赤にさせて、うまく言えない怒りなのか羞恥なのかで瞳を潤ませ、手は僕の手をつかんでいて(もう片手は胸ぐらをつかんでいるけど!)、かわいらしいことこの上ないのだけれど。
 そのまま抱き締めたいのをぐっとこらえて、まずははっきりさせないといけないことがある。
「イチャイチャって……具体的にどんなことなわけ?」
 少しだけ遠いところから、でも聞きたいことには変わりない。少し視線をずらして、いつものように唇をとがらせて(いますぐにも触れそうだ!)少しだけどもってきっキスとか抱きつくとか、と語尾を小さくしながら呟いた。
 吐息が唇を撫でていくのがこそばゆい。
「とりあえずこの手、離してくれる?」
 胸ぐらをつかんでいる手をさして言えば、慌てて取り払われ、ついでに顔の距離が適正になった。少しだけ残念だ。
 ご要望にこたえるように柔らかく抱き寄せると、少しだけ身体が震えるのを感じる。自分で言ったのに。
 それでもほっとしたように息を抜くから、安心なのか歓喜なのかわからない。男の時でもかわいらしいけれど、一段とかわいらしい耳にそっと唇を寄せて本題に入った。
「で、なんで急にそんなこと言い出したの? 誰かに何か言われた?」
「及川さんが、男はみんなイチャイチャしたがるものだって」
 そのあと、岩泉さんに殴られてたけど、といいながら頭を擦り寄せてくる。"今"は、及川さんと岩泉さんはお付き合いしているらしい。女性になっても岩泉さんの暴力的なところは相変わらずだけれど、及川さんって実はMなのかなとは思わなくはない。
 岩泉さんは北一時代女バレの副将をやっていたらしい。影山が尊敬していたのは及川さんへの対応もあったとかなかったとか。よくしらないけど。でもあのTシャツのセンスを見習うのはどうにかならないかな、単細胞Tシャツを嬉々として着るのはいかがなものかと思う。かわいいけど。
 閑話休題。それすぎた。
「じゃあなに、僕がしたいのかなって思って言ったってこと?」
 僕の背中に回った手がぎゅっとシャツを握って、首を降った。サラサラと髪の毛が頬を撫でていくのが気持ち良い。
「私が、したかった。……オマエと二人の時だってこういうことしないし」
 触れあうのは、好き。だなんて小さく呟くからたまらなくなる。抱き寄せる腕にもう少しだけ力を込めて、ふわりと触れる程度の距離をもっと近くへと引き寄せた。
 見た目にはほとんどわからない程度の柔らかさが僕を包んで、やっぱり影山ならなんでも好きなんだなぁと実感してしまった。覚えている僕はともかくとして、忘れているというか、まったく覚えていないであろう影山が、押されるようにだとしても僕を選んでくれることがうれしいのは、僕が僕である証拠だって思える。
 それにすがっているだけじゃないなんて言えないけれど、ただの執着とは違うとは言い切れないけれど、それでもこの腕の中の温かさが、いま、大切だって言えることは確かだ。

 耳の後ろに唇を寄せるとくすぐったいのか身をよじり、それでも笑いながらこちらに身を擦り寄せるのだから、僕はよく頑張ってると思う。もう少しだけ前に進んでもいいかもしれないとは思いつつ、舌を入れるのはまだ早いかもしれない。
 というよりも、なんだかわからないような混乱した瞳に見つめられたらそのまま先に進んでしまいそうで、そこまで自分を信用できないからだけど。この無邪気さが、きついなんて。
 そのまま唇に唇を優しく押し付けて、そうすれば影山は僕の背中に回した手をぎゅっと握って、強く押し付けてくる。あんまり押し付けるのを強くしてもなぁ、なんて思いながらもそんな姿が愛しくて、少し唇を食んだ。
 びっくりしたのか、ぴくりと身じろぎするけれど、突き飛ばされないからきっと嫌ではないのだろう。バードキスに慣れてくまれたらいいな、なんて思いながら、本当にそこでやめられるのか自分に自信がなくなっていく。
 唇のさまざまな所を唇で食むのを繰り返すと、そういうものだと納得したのかなんなのか、おそるおそるといったように唇に力が入った。唇の内側の粘膜が触れあって、ぞわぞわとした快感が駆け抜ける。

 ちゅっ、というかわいらしい音をたてて離れた影山は上気させた頬のまま、へにゃりと笑った。日向に恐れられる笑顔なのかも怪しいものではなく、崩れてしまったのがありありとわかる、愛しい愛しい笑顔。
 たまらなくなって、そのまま強く、きつく抱き締めた。
 擦りよってくる頬が、力を込める腕が、好きだと呟くその声が、僕の全てを壊しにかかってくるけども。おでこに一つだけキスを落として。

「すきだよ」

(あいしてる、)また言えなかった言葉は瞳に込めて、こぼれるように微笑んだ。