「せいちゃん、ほらぁ、はやく!」
そう甘えられているあいつは、ぼくのみたことのないあいつで。
見たことのない顔をして、一人称なんかおれとか使ってて、すごくぐるぐるする。
さっさと背を向けて逃げればいいのに、どうしてか目を離せない。
うごけ、うごけ、そう念じたって、根が生えたように足はその場から持ち上がりすらしない。
ほら、あいつらがこっちにくるだろ、その前に、逃げろよ、自分に言い聞かせたってどうしようもなく呆然と突っ立ってるだけのぼくは、ひどく滑稽に映るのだろうか。
「あれ、あすかい?」
みつ、かった。
きょとん、と似たような顔で、あいつらふたりはこちらをみる。
しりあい?と尋ねる女に、うん、…仕事仲間?と答えるあいつ。
なんで疑問形なんだ。
「仕事仲間なわけがないだろう」
(わらえ、わらうんだ)
「商売敵、だろ?」
ぼくはうまく笑えていたのだろうか。
商売敵も違うと思うけどなーとのんきに笑うあいつに、とくに用事もないのにぼくはいそがしいからいくぞ、と笑えたのだろうか。
女に、ぺこりと頭を下げることもできた。
…ぼくは、どうしたんだ。

(わらえ、わらうんだ)

(くるしい、くるしい)(なんだよ、これ)