ブーッとひっきりなしに鳴る携帯に、そろそろ嫌気がさしてきた。赤葦さんの言う通りにメアドまで変えておけばよかったか、と思えど、たぶんもう遅い。木兎さんは日向ともメールしているだろうし、日向経由で流れて行くことが目に見えてわかる。そして木兎さんから黒尾さんにまで飛んで行くのだろう。緊急連絡先なんて先輩が知っていれば充分であるはずなのに、全員分まとめて登録させられるのはなんなの。
 はぁ、とため息を吐いてとりあえず緊急の用件がないかどうかだけ確認しよう。あの人たちのメールのせいで他のメールが埋もれる、と気付いたのは遅かったが別フォルダを作ったお陰でとりあえず今は不便しない。
 メールボックスはほとんどが木兎さんと黒尾さんからのフォルダ、二件ほどメルマガに振り分けられているくらいか、とため息をまた吐きかけて、手に持った状態でもう一度振動することでより深くなって落ちた。ぱっと振り分けられたそれは予想に反して木兎さんと黒尾さんからのフォルダではなく――ひっそりと別に作られたフォルダへと振り分けられる。
 さっきのため息なんてどこへやら、いそいそとメールを開いて小さく笑顔がこぼれるのを自覚した。
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  08/XX 20:39
  From 赤葦京治(梟谷)
  Subject Re: Re: Re:
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  たぶん。この間音駒との合同練習の時
  に黒尾さんがそんなこと言ってたと思
  う。

  この間教えてもらったとこのうまかっ
  たよ。ありがとう。あと、姉おすすめ
  のところがうまいらしい、ティナンシ
  ュ?っていうらしいけど知ってる?今
  度こっち来ることがあったら連れて行
  くよ。男二人で入るのはちょっと浮く
  かもしれないけど、それでもいいかも
  しれない、って思うくらい土産のケー
  キがうまかった。
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 赤葦さんとのメールは、週に一回か二回、多くても三回くらいの小さな交流。途切れたように見えても途切れず、ゆるやかに続く交流は、なぜか面倒くさがらずに続いていて、緊急を要さない、雑談に分類されるようなそれはいつしか僕の小さな楽しみになっていた。
 すぐに返ってくることもあれば、一週間くらい返ってこないこともある。部活の話をすることもあるし、バレーの話をすることもあれば全く関係のない話もしたりなんかしたり。こんな些細なことが楽しいと思うなんて思わなかった。
 今回はケーキ屋の話だ。兄がこの間買って帰ってきた焼き菓子がおいしくて、さらにそこのケーキがおいしいと聞いたらどれだけおいしいのかとわくわくしてしまう。たしか梟谷の近くだった、と店を調べて気付いたときにはもう赤葦さんへのメールに書いていた。おいしいって聞いたんですけど、知ってます? だなんて。
 ショートケーキが好きだなんて子供っぽいと思っていたけれど、モンブランが好きだといった赤葦さんはなんのためらいも感じさせなかったからついうっかりと口をすべられた。へぇ、そうなんだ。どこのがうまいの? からかうでも笑うでもなく、純粋に問い返すそれに、ひどく安心したのを覚えている。
 おいしいのか、そうか、と頬が緩んだ。赤葦さんのお姉さんのおすすめだというティナンシュ、どれもおいしいと聞くけれど、たしかモンブランのおいしいお店として有名じゃなかっただろうか。さすがお姉さん、好みはばっちりか、と思ったところで自分の兄の事を笑えなくなった。僕が赤葦さんに聞いたお店はショートケーキが有名なお店だからだ。そこで焼き菓子を買ってくる兄はどうかと思う。生菓子なんて持って帰ってこれないのはわかりきっているのだけれど。
 今度行く機会があっても合宿じゃあ無理だな、と考えて、どれだけ行きたいのかと自分に苦笑した。木兎さんや黒尾さんが黙ってないし、たぶん山口や日向もうるさいだろうし、そもそも合宿中にそんな暇はない。ティナンシュへ行きたいのか、赤葦さんと一緒に行きたいのか――深く考えたらいけない気がする。
 部活が忙しくてそうそう行けるものではないだろうし、向こうだって部活で忙しいだろうし、時間なんてそうそうとれないだろう、と結論付けてひどく残念に感じた。部活がない時期なんてそれこそほとんどないだろうし。
 今度兄のところに行く機会があったら赤葦さんと会ってみても良いのかもしれないけれど、しばらくはなさそう。あったら絶対に連絡しようと心に決めた。
 そんなふわふわとした気分をぶち壊したのはやっぱりあの二人からのメールで、ああもう面倒くさい。そもそも返事が必要なメールであるように思えないし、かと思えば質問しすぎだったり、とりあえず限度を考えてほしい、特に木兎さん。黒尾さんはわかっててやってる気がするからやっぱり読めない面倒くさい。
『赤葦が構ってくれないー!』という木兎さんのメールに、『鬱陶しいからじゃないですか』とだけ返した。返せば静かになるんじゃなくて、もっとうるさくなるのが木兎さんだ。練習してくれるのはありがたいけどそれ以外は放っておいてほしい、黒尾さんにも言えたことだけど。
 なんて思いながら、はたと、なぜ赤葦さんはいいのだろうかと思った。最初に忠告してくれてからメールをしてこなかったから? うるさくないから? 適度に放っておいてくれるから? だめだ、わからない。でも僕は赤葦さんのことが嫌いではないし、面倒臭いとも鬱陶しいとも思っていない、と言うことだけは確実に言える。
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  08/XX 21:53
  To 赤葦京治(梟谷)
  Subject Re: Re: Re:
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  やっぱり。ありがとうございます。

  それはよかったです。僕も今度兄のと
  ころに行ったらおごってもらいます。
  ティナンシュ、知ってますよ。モンブ
  ランが有名だったはずです。なんでも
  おいしいみたいですけど。宮城にはな
  いのでぜひ連れて行ってください。バ
  レー部の男二人だと身長もあって結構
  見られますけど大丈夫ですか?(笑)
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 他校だけれど先輩に向かって(笑)はやめた方がいいかな、どうかな、と変なところで悩んで時間がかかってしまった。結局つけたのは、つけないと冗談だって言われたときに僕だけ楽しみにしていたようでいたたまれなくなるから。赤葦さんはその手の冗談は言わないと思うけれど。
 次はいつくるだろうか。明日か、明後日か、はたまた来週か。小さな楽しみを抱えて携帯の電源を落とした。なんにせよ、今日はたぶんもう返ってこないだろうし、ね。なんて小さく笑っていつになるか全くわからない赤葦さんとの予定を胸にそっと瞳を閉じる。真っ暗なはずのまなうらには見たことのないはずの、モンブランを頬張る赤葦さんが映っていた。
 

まなうらにうつる

目元が緩む姿が、想像付くようで付かない。