「……姉さん」
そっと音にした言葉が、甘い棘となって僕に刺さる。
そう、姉さんだ。
いくら僕が認めようとしなくても、いくら血のつながりがなくとも、戸籍上姉さんは僕の姉で、家族。
僕がからかえばすぐに顔を赤くしたり青くしたり、僕がすこしわがままを言えば怒ったり困ったり、見ていて飽きないし、面白い。
僕は他人にこれほどの興味を抱いたことがなかった。
実際に家族に……キョーダイにならなければこんなふうに会話することもなければ、こんなふうに出会う事すらなかったのだろう。
僕は一般人とは違う。アイドルだ。
何かを隔てた関係なんていやだ。
全てこの腕の中に閉じ込めてしまいたい、そう思ったって、僕には力がない。

無防備に眠る姉さんの頬にそっと指を伸ばして触れた。
わずかに身じろぎした姉さんを上から覗き込む。
……すごくあほづら。
そう思う気持ちは前から変わらないはずなのに、どうしてかそこに柔らかな痛みすら覚えるようになったのはいったいいつからか。
じんわりと広がる痛みを無視して、そのまま頬をつねりあげる。能天気に寝てる姉さんが悪い。
「ふぁあ!? なに!?」
「ねえ僕待っててって言ったよね?なんで寝てるワケ?」
笑顔を浮かべて頬をつねりあげる。
最近姉さんは僕の帰りを待っていてくれているみたいで、疲れているようだ。
それがひどくうれしくて、同時にひどくくるしい。
僕の"これ"は非常に理不尽だとわかっている。
それでもしてしまうのは、まだまだ未熟な僕が一番悟られずに演技できるのがイライラとしている状態だからだろうか。
そんなことを考えながら意図的に冷たくした視線をおろす。
目の下の色濃く残るクマが、なんだかひどく僕を責めているような気がした。
視線が泳ぐ姉さんに、僕はめいっぱい悲しげな表情を作ってクマを優しくなぜて顔を寄せる。
「僕のせいでクマができてる? ……ごめんね、」
「そ、そんなことないよ……っ!」
ぱっと表情を冷たくして、だよねーと返せばむっとした表情。
少し心配するだけでも演技を装わないとできないのが何とも言えない気分にさせる。
演技ではない、本当の言葉だとしても、結局茶化してしまう。それじゃあ、なんの意味もない。
もごもごとしゃべる頬が、僕がつねったせいだけではない赤みをさしていることに気付いて眉根を寄せた。
ぺちりとおでこをたたけば、普段よりもわずかだがほんのりとあたたかい体温が指先から伝わる。
ばかじゃないの、思っただけのはずの言葉は口からこぼれていたようでえっ?と聞き返す言葉にぎっと睨みを聞かせてドアの外へとぽいと放った。
「無理して体壊される方がメーワクってわかってる?自分の体調管理くらいしっかりしてよね」
寝不足なら寝てろこのバカ女、そう言い捨てて僕はドアを勢いよく閉める。
ドアに寄りかかって、ずるずるとうずくまってしまった僕は、ひどく情けない。
寝てまで待っていてくれていることがうれしいのに、僕のために体調を崩されることがひどくつらい。
そんな不安定な気持ちが、うまく表すことすらできない僕が、ばかばかしくて苦しくて悔しくて。
ドアの外からごはん置いてあるからチンして食べてねと声を残して足音が遠ざかる。
追い出されたというのにお優しいものだ。
部屋の中に戻って置いてあるという夜食を見れば、僕の好きなものばかりで。
くそっ、吐き捨てた言葉には悔しさ以外にも何かが多分に含まれていて。

好きすぎて、溢れる

(溢れた想いが、)(アンタを傷つけるとしても、僕は、)