「いただきます」
 ぱちんと手を合わせてご挨拶をしたところ、周囲からなぜか「えっ」と声が上がった。なんなんだ。
「プロデューサーさん、お昼それだけ!? 絶対少ないってば!」
「さすがに少食すぎるだろう。もう少し食え」
「プロデューサーちゃん食欲ない? ゼリーとかでもいいからもうちょっと食べよ?」
 畳み掛けるようにそう発した彼らは、ごろごろと机の上に食べ物を追加していく。いや、さすがにこんなに食べれないですってば、と断ろうとしたところにピエールくんをよこして、「プロデューサーさん、たくさん食べる! ダメ? ぐあいわるい?」なんて言わせるのは反則でしょう!
 渋々と受け取って、食べきるのを見られているのは非常に居心地が悪い。さすがに食べ過ぎだ。もともとの倍以上ある。
 いや、普段から食べる量が変動しやすい体質で、某チェーン店の牛丼が半分も食べられないときと、一杯まるまる食べても足りないときがあるくらいには変動する。今日は半分も食べられないときなんだよ、察しておくれ。
 ごちそうさまでした、と手を合わせたところで周囲がばらばらと散っていって、ふうと一息はいたら気持ちが悪いのを思い出させた。むりむり、これ、吐くでしょ。
 動くと吐く、と思いつつ、のんびりとできるだけ時間をかけてゴミを仕分ける。うん、お腹動かしたくない。午後イチでFRAMEとTHE 虎牙道二組のダンスレッスンとか、だめだきっと見てるだけで吐く。あと三十分後にはレッスン室にいなきゃいけないとか信じられない。
 はああああ、と椅子に体重をかけて反らした。下を向いてはいけない。もう少し消化してくれれば動けるはず、と自己暗示を掛けながら天井を睨んでいたら、ひょこりと覗かれた。
「プロデューサー、何してるんだ?」
「やあ握野くん。ちょっとみんなに強制餌付けをされ過ぎてね、お腹がはち切れそうなんだ」
 呆れたように目を眇める握野くんを、少しだけ恐ろしいと思った。三白眼だからか、目元を和らげないときつい印象を抱かせてしまうようだ。顔面に対して興味が薄いと言うとなんでオマエこの仕事してんの、などと聞かれるが顔じゃないんだよ! のわたしとしては、そうなのか、と握野くんの顔面について心のメモに付け加えていただけなのだけれど。
 うーん、たしかにこうやって目を眇めて見られたら怖いかもしれないな? 気を付けるように言っておこう。
「阿呆か。無理なら無理ってちゃんと言えよ、食いすぎだって良くないことはみんなわかってんだろうから」
「いや、ピエールくん持ってこられたら断れないじゃん?」
 あの純真無垢なキラキラの瞳には勝てない。よーし、プロデューサーなんでも買ってあげちゃうぞ、なんて言いたくなる。恭二に呆れられそうだけど。
 握野くんはというと、深くため息を吐き出して、上を向いたままのわたしにデコピンをかました。なにこれ痛い。思わず額を押さえて浮かんだ涙がこぼれないように目に力を入れる。
「だから、そう言うのがダメだっていってんだ。いつか人の良さそうな悪徳訪問販売にたっけえもの買わされるぞ」
 ズゴゴゴゴ、と恐ろしい音を背負って真上から見下ろす握野くん、めちゃくちゃ怖い。龍のいう『英雄さんこわい』が今わかった。なんとなくで対応しててごめんな。これ、めちゃくちゃ怖い。次からはもっと真摯に対応できる気がするよ。
「全く……食っちまったもんはしょうがねえ。吐く前に言えよ」
 くしゃりと頭を撫でられて、仕分けしたゴミを持った握野くんは出入口横のゴミ箱にちゃんとわけて捨ててからこちらを振り返った。
「あんまキツいなら車出すけど、どうする?」
「いや、大丈夫……歩いた方が消費できそうだし。ありがとう」
 さすがに歩いて十分の距離に車を出させるのは申し訳ないし、まずそもそもアイドルに運転させて自分は乗ってるだけってどうなの。お前何様だよって色んな人に言われそう。プロデューサー様です、なんて言えないわたしは大人しく歩くのです。
 握野くんはというと、無理するなよ、と今度はちゃんと微笑んでくれて、調度ドアから射し込む光を背負ってこれはまるで。
「握野くん、今ならBeitの衣装似合うくらいに王子様だよ」
「王子様の基準がBeitの衣装ってどういうことだよ」
 呆れたように笑いながらいくぞ、とドアを開けて待っていてくれて、うーん、本当に王子様のようだ。アイドルってすごい。
 はーい、と答えて、ゆっくりと立ち上がった。いつもよりもゆっくりと歩いたのに、いつもと同じくらいに着いたのは、早めに出るのを促して、気持ち悪くならないように歩調を緩めてくれた握野くんのお陰かな。

光に透ける