「なあ佐鳥、あの子」
 広報部隊・嵐山隊の隊員である佐鳥は、同い年のボーダー隊員の中の誰よりも顔が広い。それだから、ついつい気になる子の情報を聞いてしまう。まあ佐鳥本人も女の子好きで、情報収集を怠らないからかもしれないけど。
 ニヤリと笑った佐鳥は、三門に越してきた珍しい子だよ、と声を潜めて言う。ボーダースカウトで三門にやって来た子。それじゃあ、きっとなんなすごい才能があるんだろう。かわいいのに才能まであるとか、俺じゃ相手にしてもらえないかも。
 というか、俺が話しかけただけで情報くれるとか、佐鳥はサトリの才能まであるのか、なんてギャグみたいなことを考える。よく見てるから、佐鳥は気が利くタイプなんだけど。
 そうやってあの子の情報を手に入れて、俺はこっそりほくそ笑んだ。振り返った先の佐鳥はもうどこかにいなくなっていて、よっぽど急いだ用事があるのかと疑問が過ったが、そんな疑問はすぐに消えてなくなった。


 くそ、くそ、くそ、くそっ! 佐鳥から聞かされた情報のひとつも合ってなかったせいで、不審な目でみられた! 佐鳥がガセを掴んだなんて信じられない。俺に嘘をついたんだろう。すげえ仲が良い訳じゃないけど、悪いわけでもないのに。
「佐鳥! この間の……!」
「えっ!?」
 ぎょっとした佐鳥は、俺の話を聞くうちにものすごく不思議そうに首をかしげた。とっきー、と時枝を呼んで目を見合わせる。
「オレ、この間とっきーと一緒に広報で学校いなかったよね?」
「あの日だよね? あの日なら、佐鳥と言わずほとんどのボーダー隊員が本部に居て、学校には誰も来てないはずだよ」
 は、と声に出たのは俺だった。時枝は手帳を開きながら、「やっぱり嵐山隊全員で広報の日だね。少なくとも、佐鳥は来てないよ」と頷く。どういうことだ?
 佐鳥のニセモノに会った? でもあれはどう見ても佐鳥だった。声だって、表情だって。──でも、目を離した一瞬のうちにいなくなった。きっと急いでいたんだろう、なんて思っていたけれど、あそこは俺がいたところしか外に繋がっていない。消えていなくなったのかもしれない、なんて、アレはなんだったんだ?
「えー、もしかして佐鳥のソックリさん見た?」
「見た、というか、佐鳥だと思って会話したというか……」
「あ」
 ふと思い出したように声をあげた時枝を、佐鳥と一緒に振り返った。時枝はあんまり表情が変わらないから、たまに怖いときがある。今がまさに、その怖いときだ。
「ドッペルゲンガー」
「ドッペルゲンガー? あの世界に三人はいるというソックリさん?」
「違ぇよ、それは普通に顔の似た人は世界に三人存在するってやつで、ドッペルゲンガーは……ええと……」
「本人が見たら死ぬ、とか言われてるやつ」
「ええ!? オレそんなの見て死ぬなんて嫌だよ!?」
 ぎゃいぎゃいと騒ぎ出した佐鳥に引きずられて周囲の空気は元に戻ったが、それでも俺の嫌な感じはぬぐいきれなかった。それでも、どこか安心していたのに。

ドッペルゲンガー

 嫌な感じがぶり返したのは、ドッペルゲンガーは喋らないということを知った時だった。一体、なんだっていうんだ。どうしようもなく嫌な汗が、背中を滑り落ちた。