今日は仕事始めである。バルカークの伝手でシンドリア王国の文官を紹介してもらい、少し話したところであっさりと働いてみないかとお誘いを受けたのだ。
 万年人手不足、というわけではないが、新興国であるためまだまだやることは多い。少しでも能力があれば役にたってほしい、ということらしかった。ましてや国王は外交中心で内政は主に文官の仕事だとか。
 こうして仕官する文官及び武官はそれなりにいるらしいが、ほとんどは国外からくるため仕官の人数は多く、船の多い期間に集中する。今日も私以外に何人か仕官する予定があるそうだ。
 文官は私を含めて五人、これは少ない方らしい。まだ着慣れない官服を身にまとい、王宮の中でも執務を執り行うという白羊塔へと足を向けた。
 そこには三人ほど来ており、私が着いた少し後にもう一人が着き、全員がそろう。全員が全員、まだ官服に着られているような有様である。一か月もすれば着慣れるのだろうか。
「そろいましたね」
 そう声を発した先輩文官に手を組み頭を下げた。私達新入りの文官は各々別の政務に割り当てられ、基本的な業務のやり方を教わる。こうして、私の仕事は始まったのだ。

 勤務を始めてから一週間、唐突に直属の上司からお声がかかった。この上司、頭が悪くはないのだがどうも使い方をわかっていない。
 気に障らぬよう遠まわしに業務改善の勧めをしたところ、これがうまくいき、どうやら上の目にも留まったようだった。
「きみの仕事ぶりが気になるようでな! 異例のはやさではあるが、上の取りまとめの方に行くことになった、頑張ってくれ」
 そういって笑った上司は、これまでの嫌味な上司とは違い、心から笑っているようで不思議な気分になる。このとりまとめを行っている文官、八人将のおひとりで、とても仕事が早く、頭もよいらしい。
 その方の直属に配属になったようだ。仕事ができてありがたい、そう思って貰えるのは最初だけ。もっと頭のいい上司に巡り合いたいものだと、そう強く願ってはい、と手を組み頭を垂れた。

 ――、早いもので、仕官から二か月余りが過ぎた。私はというと、直属の上司ジャーファルさまのもとで執務を執り行っている。
 ジャーファルさまはとても頭がよく、また、人の使い方をわかっておられた。これまでのように、私がイライラとそこは違うだろうが! やどうして面倒なことを! と思ってしまう場面がまだ、ない。
 尊敬できる上司だと、すごい上司だと、思った。ただ、この部署、というか仕事では、やめたり、倒れたりする人が多いことが気になる。先輩文官にそれとなく聞いてみたところ、……うん、とあいまいな笑顔でなあなあにされてしまった。
 仕官から三ヶ月が過ぎた頃、たまたま執務室に私と、ジャーファルさまが二人になったことがある。ジャーファルさまから仕事を受け取り、執務机に戻る際にぽつりと声が聞こえた。
「あなたはやめたり倒れたりしませんでしたねぇ」
 本当に独り言かのようにいうものだから、そして内容が内容で、きょとん、としてしまった。どういうことだろうか、と首を傾げていると、ジャーファルさまは少し苦く含んで笑う。
「どうやら私の仕事の振り方が多いようで……一か月も持たないのですよ」
 ああ、と納得したように深く頷けば、ジャーファルさまはそこで初めて顔を上げ、私をまっすぐ見た。あ、この人と目があったのは初めてじゃないだろうか。
「ウェルテ、これからもがんばってくださいね」
 そう言葉を発しながらゆるく微笑んだジャーファルさまは、ひどく美しくて。私は意気込んではいと返事をしたのだった。

 勤め始めて何年がたったのだろうか、あの時の話をふと蒸し返してみるとジャーファルさまはからからと笑いながらこういったのだった。
「あのころはすぐやめてしまう人が多くて。ウェルテがいなかったら執務もままならなかったでしょうよ」
 助かっていました、いまも助かってますけどね。そうやわらかく微笑んだジャーファルさまに心臓が変な方向に跳ねる。
「私の扱いがお上手になったことで」
 そう微笑めば、本当のことなんですけどねぇ、と笑いながら言ってくださるジャーファルさまのもとで働けていることが非常に幸運なことだとじわじわと実感できた。

仕事と幸運

(ああ、仕事だけではなくて)(上司に恵まれるなんて)(なんと素晴らしいシンドリア!)

 ――余談ではあるが、上司の上司、つまりこの国のトップであるシンドバッド王はあまり尊敬できる人物ではないとわかるのはそう遠くないお話。