ジャーファルさまが帰ってきた。なんだか、見覚えのある少年をつれて。
「若……!」
「ウェルテ……? ウェルテ!」
 なんだか疲れたような笑顔を浮かべる若は、もう私の知っている少年ではなくなっていた。お久しぶりです、とついいつものように手を組んで頭を垂れれば、本当に、とかすれた声でに言ってくださって覚えていてくれたことを誇りに思う。
「おねえさんはアリババくんと知り合いなのかい?」
「はい、昔バルバット王宮で若の指導にあたっておりました」
 バルバット王宮に仕えていたことを、ジャーファルさまや王は知っているはずなので小さな少年に向かってそう答えた。僕はアラジン、アリババくんの友達さ! とやつれた瞳で口角を上げる少年――アラジンくんに違和感を覚える。心なしか若も、やつれたように佇んでいた。
 ジャーファルさまから早急に緑射塔の手配を頼まれ、手を組んで頭を垂れかしこまりました、と礼をとる。若とアラジンくん、ファナリスらしき女の子に、ではまた、と告げてから白羊塔へと足を向けた。

 三人一緒の部屋でいいと仰せつかっていたため、大きめの部屋を用意した。彼らのやつれた瞳や、雰囲気が簡単に触れて良いといっていなくて、彼らが存分に休めるだけの場所を提供するしかできない。
 ジャーファルさまに部屋の手続きが終わったことを報告し、三人を案内した。

 ところで、若を王にするためにシャルルカンどのを筆頭に三人ほど八人将を送り出したはずである。向こうにいたジャーファルさまとマスルールどのを含めて五人もいたはずで、彼らを背後につけた七海の王であるシンドバッド王の推挙で若はバルバットの王になったと考えるべきである。
 それにもかかわらず、若を引き連れてシンドリアへと帰還したとは一体どういうことなのだろうか。彼らの扱いに関しての書類作成はお願いしようと思っていたのだが、ジャーファルさまにはこの外務の間に溜まったジャーファルさまにしかできない政務がいくらかある。
 一緒にお願いしても良い量か概算し、問題ないと判断を下した私はまとめてある書類に食客に関する書類を追加してジャーファルさまの元へと赴いた。
「ジャーファルさま、留守中の書類のまとめと、食客の件の書類です」
「ああはい、ありがとうございます」
 留守中の書類のまとめを確認したジャーファルさまに、サインが必要な書類を続けて渡す。あなたがいるとここを留守にしても仕事がたまらなくて本当に助かります、と柔らかく微笑まれると、とても誇らしい気持ちだ。
 はぁ、とため息をついたジャーファルさまに、お疲れなら急ぎの仕事はないので休んでもらってもかまわないことを告げるが、大丈夫だといわれてしまったら引き下がるしかない。しばらくサインの音だけが響く部屋で、ぽつりとバルバット王国ですが、と切り出された。
「バルバットは王制を廃止し、共和国となりました」
「……は、」
「そして、七海連合に加盟することになります。シンはそのことを示しに煌帝国へと行かねばなりませんから、また忙しくなりますよ」
 バルバットが王制を廃止した? 共和国になった? しかも七海連合に加盟する? シンドバッド王が煌帝国まで行く?
 頭の痛くなるようなことを立て続けに聞いて、私は混乱していた。とりあえず、七海連合にバルバットを加盟させるにあたっての必要な書類を整えることで心を落ち着けることにする。バルバットにいったい何が起こったのか、ジャーファルさまがぽつりぽつりと話し始めてくれた。

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 若が頑張ったことはわかったが、共和国立案者である若をバルバットから連れてきてしまってよかったのだろうか? まあ、共和国で七海連合に加盟することになったのなら、さまざまな国の人が集まるここシンドリアで情報を集めたり、勉強したりするには都合がいいのかもしれない。
 あらかた加盟させる書類を整えた私は、代表者のサインは若でいいのかと疑問に思ったが、これ以上は私の仕事ではない、ジャーファルさまに提出して、そのまま退出した。

 部屋へと戻り一息入れれば、どっと疲れが押し寄せた。しかし、その疲れが心地よいと感じられるように、ジャーファルさまが帰還されたことが喜ばしい。
 二カ月ほどで準備が整うだろうと目算し、王はそれくらいに旅立たれるだろう。向こうでの滞在が、さして長くはないだろうが煌帝国までの道のりは長い、王の不在もそれなりに長くなると考えられる。
 仕事が増え忙しくはなると思うが、ジャーファルさまがいるというだけで仕事へのやる気が違うのは、どうやら部下だけではなく私もだったようだ。

さあ仕事、だ

(どうしてこんなにやる気が出るのか)(私は、理解していない)